友達
黒宮アキトは西連寺マコトに腕を組まされながら、町にあるショッピングモールに来ていた。心底嫌そうにしている黒宮アキトとは裏腹に、二人の姿を見た人々は仲の良い兄妹だと微笑ましく思っていた。
「嬉しいですよ、兄様。こうして兄様と腕を組んでデートをするなんて」
「デートじゃないし、強引に腕を組まされてるだけだ。強く絞められて腕が圧迫してるよ」
「それで? 今日は何をお買い求めになるのですか?」
「まぁ、食い物だな。休憩を挟まないと、あいつ僕に修業場所を出してくれないんだよ」
「あいつとは、妖刀となった怪異の事ですね。あれは大事になさった方がいいですよ? 独自の世界を展開出来る力もそうですが、あの刀自体も強力です。西連寺家としても、是非手に入れておきたかった代物ですから」
「悪かったよ、横取りしてさ」
そうして、二人はまず食品売り場へと入っていった。このショッピングモールの食品売り場はかなりの規模で、肉や魚や野菜はもちろん、冷凍食品やお菓子、更には珍しい食品も置かれている。
こういう様々な食材が並ばれている光景を初めて見る西連寺マコトは好奇心が騒ぎ出し、目に付く全ての物に興味が湧いていた。そんな西連寺マコトに構う事なく、黒宮アキトはカゴを乗せたカートを押していく。
「兄様、野菜が沢山置かれてますよ。謙譲する農家の方が多いのですね。ここの主はどういった方なのでしょう?」
「あそこで値札シール貼ってる奴がここの主だよ。おぉ、訳あり商品。多く入っているのに安くて助かるな」
「兄様、あれは何ですか? 様々な袋が沢山並べられてますよ」
「菓子、肥満の元だ。魚か……まぁ、あっちの世界じゃ薪になりそうな木は沢山あったし、買っとくか」
「兄様、妙な言語で書かれた謎の商品がありますよ? あれは何ですか?」
「知らん。言っとくが買わないからな? 必要な物だけを―――おい、カゴに入れようとするな。よりによって一番目立つ虹色の奴を選ぶな。というか本当に何だよそれ」
西連寺マコトの質問を適当に返しながら、黒宮アキトは必要な物だけをカゴに入れて会計を済ませた。買った物でパンパンに膨れた袋を指輪の中に保管し、相も変わらず西連寺マコトに片腕を占領されながら、二人は食品売り場から出た。
ショッピングモール内を歩いていると、見知った人物と出会った。宮本達也と斎藤響である。二人は仲良く談笑していたが、黒宮アキトと西連寺マコトの姿を見るや否や、先程まで浮かべていた笑顔が沈んでいった。
「アキト。それから、西連寺マコトさん……ですよね?」
「お久しぶりです、兄様のご学友様方」
「ふん」
「お、おい響。そんなあからさまに嫌な顔しなくても……」
「こんな奴らなんかどうでもいいでしょ。自分達の事情に、私達を勝手に巻き込んだんだよ?」
「まぁ、そりゃそうだけどさ……」
「……私、ちょっと服見てくる」
「え? おい、響!」
去り際に黒宮アキトと西連寺マコトを睨み、斎藤響は去っていった。宮本達也は彼女の後を追おうとするが、怒っている彼女が怖くて、結局その場から動く事は無かった。
「……悪いな、アキト」
「いいんだ。恨まれて当然の事をしたからな」
「あいつは俺とは違って、オカルト的なものに興味も体験もなかったからな。普通じゃあり得ない事を信じられないんだ。実際に見たってのにな……あいつは、普通の奴なんだよ。普通の女子高生で、他の学生と同じように青春を謳歌してたんだ」
「お前はどうなんだ?」
「俺はこの通り! 超常現象や化け物が大好きさ! 請負人ってのになる事がどういう意味かはまだよく分かってないが、俺は前向きに考えてるよ。元々、お前と一緒に色々な怪現象を解決しようと乗り気だったしな」
「……兄様。私、ここを少し見て回りたいのですが、よろしいですか?」
「あ? ああ、別にいいぞ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
そう言って、西連寺マコトは二人のもとから離れていった。黒宮アキトと宮本達也、男二人だけが残される。
すると、宮本達也が黒宮アキトの肩に腕を回し、内緒話をするかのように顔を近付けた。
「なぁ、アキト。俺と楽しい事しないか?」
「楽しい事?」
「男同士で楽しい事といったら……あれしかないだろ?」
黒宮アキトは肩に腕を回されたまま、宮本達也が言った楽しい事が出来る場所へと連れて行かれた。
連れて行かれた先は、ショッピングモール内にあるゲームセンター。そこには小さな子供や大きな子供が点在しており ミチミチと設置されている筐体からは騒がしい音が鳴り響いている。今まで娯楽に触れてこなかった黒宮アキトは、眩しい光を灯す騒がしい筐体の数々と、それを狂ったように笑いながら遊んでいる人々に眉をひそめていた。
「……ここは?」
「ゲーセンだ! 男の遊び場といったら、ここしかないだろ!」
「喧しい。眩しい。気味が悪い」
「め、珍しい反応するなー……ま、まぁ、遊んだら絶対楽しいって! まずは、レースゲームで遊ぼうぜ!」
宮本達也が最初に選んだのは、車を操作してゴールまで競争するレースゲームであった。黒宮アキトは座席に座ると、隣にいる宮本達也の見よう見真似で姿勢を作り、ゲームをプレイし始める。
最初の一戦の結果は、大差での宮本達也の勝利であった。
「ウェーイ! 俺の勝ち―!」
「……」
「おいおいおいおい! 全然前に進めてなかったなぁ、アキト!」
「……もう一回だ」
「そうこなくっちゃ! まぁ、また俺が大差で勝っちまうけどな!」
意気揚々と宣言した宮本達也であったが、二戦目の結果に、目を大きく見開いていた。二戦目の結果は、一戦目とは真逆、大差での黒宮アキトの勝利であった。続いて三戦目を行ったが、差が更に開いての黒宮アキトの勝利だった。
「……」
「おいおいおいおい、どうしたんだ? お前の姿が何処にも見えなかったが?」
「っ!? つ、次だ! 今度は違うやつをやるぞ!」
それから二人は様々なゲームで対決した。どのゲームでも初めこそ勝利を収められていた宮本達也であったが、二度目からは黒宮アキトに勝つ事が出来なくなっていた。
ゲームセンター内にあるゲームを一通り遊び終えると、宮本達也は魂が抜けたような姿でベンチに座っていた。負け続けたショックで、心が折れてしまっている。
「今までの俺の人生……一体、何の意味があったんだ……?」
「大袈裟だ。あんなの、仕組みが分かれば簡単だろ」
「お前みたいな奴を天才って呼ぶんだろうな……それに比べて俺は凡人……いや、凡人以下だ……」
「……楽しかったよ」
「……うぇ?」
「この場所は喧しいし、眩しいし、気味が悪い。僕一人だったら、絶対に立ち入らないだろう。でも、お前と一緒に色々とやって、悪くないと思った」
黒宮アキトは宮本達也の隣に座り、中指に着けている指輪を眺める。
「祓い士としての暮らしが嫌で、村から離れて、この町に来た。でも環境を変えても、結局何も変わらなかった……僕は遊びを知らない。だから、たまにでいいから、こういった場所を教えてくれるか?」
「……へへ。なんだかな~。不思議な感覚だよ。俺とお前、全然違う環境で育ってきたってのに、こうして仲良く遊ぶなんてさ。まぁ、暇があれば、また俺が教えてやるよ。男の遊びってやつをな」
「ああ、頼む」
全く違う人生を歩んできた黒宮アキトと宮本達也。そんな二人の間に、確かな友情が芽生え始めていた。