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僕の青春は怪異と共に  作者: 夢乃間
第一部 怪異探偵編 第1章 日常に潜む非日常
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忘れられない 忘れられたくない

 黒宮アキトは再び掛け軸の世界へと来ていた。妖刀となった怪異には未だ力が残っており、あの掛け軸の世界へと連れて行く事ができ、そこで黒宮アキトは修業を行っていた。

 何故、黒宮アキトが修業を行っているのかは、今から3日前の出来事が関係している。黒宮アキトは西連寺家の任務を横取りした事で、処罰を受けるはずであった。自分だけならその罰を受け入れられたが、宮田達也と斎藤響の二人も処罰対象にされてしまう。二人を生き長らえさせる為、二人が反発する事を分かっていながらも、黒宮アキトは西連寺家の請負人になる事を選んだ。処罰の実行役をしていた西連寺マコトは、請負人になる覚悟と準備を持たせる為、三人に1週間の猶予を与えた。

 その後、家に帰宅した黒宮アキトは不安を覚えていた。その不安とは、自身の腕である。掛け軸の怪異と戦った際、幸運が積み重なった末に勝利する事が出来た。

 しかし、それは実力では勝てなかったという事になる。黒宮アキトだけでは怪異に勝てたとは言えず、怪異が繰り出す素早い動きに目がついていけてなかった。特に、術を使った際に起こる幻聴や、術を使った後の激しい疲労は、これから怪異を祓う任務をする上で、解消しなければいけないデメリットであった。  

 幸運だった事は、妖刀に力が残っており、修業場所として扱えた事だ。黒宮アキトが育った祓い士の村とは違い、町で修業出来る場所は存在しない。

 そうして修業場所を得た黒宮アキトは、三日三晩、寝る間も惜しんで修業に打ち込んでいた。体力や反射神経、様々な怪異や異形に対応出来る体術を1週間という短い期間で、通常の祓い士と同等程度にしなければいけない。

 その為、日に日に黒宮アキトの体には痣や傷が増え、遂には血反吐を吐くまでとなった。


「……アキトよ、少し休まぬか?」


 地面に突き刺された状態で修業を見守っていた妖刀は、黒宮アキトに休む事を勧めた。実際、黒宮アキトがしている修業は、本来祓い士が4ヶ月掛けて行うものを1週間にまとめた修業だ。本来の内容でも死人が出る祓い士の修業を濃密にしたものは、苦行を超えた地獄であった。


「これ以上の修業は寿命を削るだけだぞ」


「ハァ、ハァ、ハァ……黙ってろ! 今のお前は刀だ! 物は喋らんだろ!」


「アキトよ。何故そこまで焦る? お主の力は確かだ。現に、この我を打ち倒したではないか」


「その過程に納得していないんだよ! 僕は術を使えば、必ず意識を失ってしまう……実際、最初にお前と戦った時、宮本達也がいなければ死んでいた……術の反動に耐えられるようにしなければいけないんだ……!」


「ならば、あの二人にも修業をさせるべきではないか? 逃げていた男はともかく、我を斬ってみせた女は中々見所がある」


「あの二人は巻き込ませない。請負人という名だけを受けさせ、実際に解決するのは僕だけでいい。西連寺家は名家だ。危険な任務ばかりになるだろう」


「……」


 すると突然、掛け軸の世界が消失し、黒宮アキトは自室へと戻ってきていた。


「っ!? おい! 勝手に―――」


「アキトよ。確かにお主は我が見込んだ男だ。だが今のお主は見ていられん」


「はぁ?」


「お主は、我に一人では勝てなかったと言ったな? 確かにそうだったな。だからお主は、あの二人に役割を与え、我に勝ってみせた。策もさることながら、実に見事な連携だったではないか」


「……」


「とにかく、お主は少し休め。休む事の偉大さを覚えるんだ。それまで、我はお主をあの世界に連れて行きはせんぞ」


 そう言って、妖刀は自ら動いて黒宮アキトの指輪へ取り込まれにいった。黒宮アキトはすぐに妖刀を出そうとするが、一向に出てくる気配が無い。苛立った黒宮アキトは指輪を部屋の壁に投げ飛ばし、自室から出ていった。

 自室から出ると、リビングのテーブルの椅子で西連寺マコトが寝ていた。テーブルにはラップがかけられた食事が置かれており、どれも冷えて固まってしまっている。

 すると、眠っていた西連寺マコトは黒宮アキトの気配を感じ、目を覚ました。眠りから覚め、黒宮アキトの姿を目にした西連寺マコトは、安堵と申し訳なさが混じった微笑みを浮かべる。

 

「兄様……戻ってきてくださいましたのね」


「……もしかして、三日前から?」


「はい。兄様がいつ帰ってきてもいいようにと、お食事を作ってここで待っておりました」


「……請負人になる件で申し訳なさを感じているなら、気にするな。むしろ、それで事を収めてくれた事に感謝しているよ」


「いえ、まぁ確かにそれもありますが……ねぇ、兄様。兄様は私の事が、嫌いですか?」


「嫌いだよ」


「フフ。相変わらずハッキリとおっしゃる……ですが、安心致しました」


「え?」


「私、兄様に嫌われても構いません。もちろん、好いてくれるのであれば嬉しいですし、それ相応の式を挙げたいと思っております。ですが、たまに思うのです。兄様がもし、私を見なくなってしまったら、と」


 西連寺マコトはテーブルの上に出している自分の手を強く握りしめた。表情も普段の自信に溢れた表情とは違い、不安に満ちていた。

 黒宮アキトは西連寺マコトの話を聞く為に、彼女の向かい側の席に座った。興味や優しさからではなく、自分に向けられた想いを受け止める為に。


「兄様が村から離れた時、私は忘れられたと思いました。そしたら、涙が出ました。泣いても泣いても涙は止まらず、立ち止まってはいられないのに動けず……私は初めて、恐怖を覚えました。兄様に忘れられたら、私の生きる意味は無いも同然です。そして、私は兄様に会いに行きました。兄様と会って、もしも私の事を憶えていなかったら、もう死んでしまおうと決めて……」

 

「フッ。忘れるはずないだろ。ずっと引っ付いてきていた君を」


「そうです、忘れてはいませんでした。兄様は私の姿を見て、とても嫌な顔をしてくださいました。嬉しかった……村を離れても、兄様は私の事を憶えてくださっていた。好きも嫌いも関係ありません。憶えてくださっていた事が大事だったのです」


「……なぁ。なんで僕の事をそんなに想ってくれるんだ?」


「愛しているからです。この気持ちは、婚姻の証である花の作り物を贈られたからではありません。兄様の優しさに、心を奪われたからです。自分の身や心を犠牲にしてでも他者を助ける優しさが、私は狂おしい程に好きなのです」


「……そうか。そう見えるんだな、僕は」


 西連寺マコトの想いを受け止めた黒宮アキトは、箸を手にし、料理にかけられていたラップを取った。西連寺マコトは料理を温め直すか作り直すかと提案しようしたが、その提案が口に出される前に、黒宮アキトは冷え切った料理を食べ始めた。


「兄様、それ冷めてますよね? 今からでも作り直しましょうか?」


「いい。三日間何も食べてなかったら、冷めてても関係ない。それに、作った物を捨てるのは勿体ないだろ」


「……やはり、優しいですね」


「どこがだ。僕は酷い人間だよ」

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