一難去ってまた一難
ほとんどの人が寝静まる深夜。以前、黒宮アキトと宮本達也が来たラーメン屋に三人は訪れていた。時間帯も関係しているが、相変わらず店内に客はいない。
三人は席に座り、各々自分が食べたい物を考えながらメニュー表を眺めていると、若い少女が席に水を運んできた。黒宮アキトが水を飲もうとコップを手にした時、その手を包み込むように少女が触れてくる。何事かと黒宮アキトが少女の顔を見ると、思わず二度見した。
その少女は、西連寺マコトであった。
「お疲れ様です、兄様」
「……なんでここにいるんだ?」
「ん? なんだアキト、お前の知り合いか?」
「初めましてご学友様方。私は西連寺マコト。兄様の妻です」
「兄様の妻……兄、あぇ、妻?」
「うわぁ……あんたさ、年下の子に兄様って呼ばせてるの? 気持ち悪い……」
「信じるな、全部彼女が勝手に言ってるだけだ。だからそんな目で僕を見るな二人共」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか世間の目など」
「よくないよ? あとさ、いい加減に手を離してくれ。そしてそのまま家に帰ってくれ」
「あらあら、照れ隠しですか兄様? 兄様のような方をツンデレと呼ぶのですよね。本で知見を得ました」
「ツンデレ? なんだそれは? とにかく、一旦離れてくれ。二人の視線が嫌になってきた」
「フフ、分かりました。私は聞き分けがいいので」
そう言うと、西連寺マコトは手を離し、黒宮アキトの隣の席に座った。
「結局家に帰らないのか……それで? なんでここにいる?」
「お話、ですかね。兄様だけでなく、ご学友様方にも。ですが、まずはお食事としましょう。みなさん、お腹が空いているようですし」
西連寺マコトが手を二回叩くと、厨房から彼女の召使い達が料理を持ってきた。ラーメンはもちろんのこと、炒飯、エビチリ、ギョーザ、八宝菜などがテーブルに並んでいく。どの料理も出来たての湯気を出し、その湯気に乗った香りが三人の腹の音を鳴らせた。
「ここの店主様は西連寺家と少々交流がありまして、失礼を承知でお願いしてみたら、快くご協力してくださりました。費用などは私が支払いますので、思う存分召し上がってくださいませ」
「「いただきます!!!」」
宮田達也と斎藤響は西連寺マコトに頭を下げた後、テーブルを埋め尽くす料理の数々に食らいついた。飲まず食わずの日々が続いていた二人にとって、口に運んだどれもが極上で、料理を口に運ぶ手が止まらない。
二人が手を休める事なく食らい続ける中、黒宮アキトだけは料理に手をつけずにいた。
「あら? どうしました兄様? そうだ、私が食べさせてあげましょう。はい、あ~ん」
西連寺マコトは炒飯をスプーンですくい、それを黒宮アキトの口に運んでいくが、腕を掴まれて止められてしまう。
黒宮アキトは無理矢理にでも食べさせようとしてくる西連寺マコトの様子に、疑いを持っていた。
「兄様? 急に腕を掴んでどうしましたか?」
「何が狙いだ」
「狙いだなんて人聞きの悪い。私はただ、兄様やご学友様方をもてなそうと―――」
「恩を売ったのか、僕らと西連寺家に繋がりを持たせようと。正直に言え、何が狙いだ?」
「……はぁ。やはり、兄様にはバレてしまいますね……ですが、少し遅かったようですよ? 既にご学友様方は召し上がってくださいました。西連寺家が用意した物を」
食べながら聞いていた宮本達也と斎藤響は、西連寺マコトが言った不穏な言葉に、料理を口に運ぶ手が止まった。額から流れていた汗が冷や汗へと変わり、熱い料理で温まった体は冷え込んだ。
「な、なぁ……俺達、何かやらかしたのか……?」
「お前達は悪くない。悪いのは、祓い士の事情に巻き込んでしまった僕だ」
「祓い士? 事情? ねぇ、私何も知らないんだけど……」
「祓い士は怪異を祓う者。僕もその内の一人だ。祓い士は怪異を祓って家の名を上げ、富を得る。だが無作為に怪異を祓う訳じゃない。祓い士より上の存在である五賢人の爺さん方が任務を与え、任務を受け持った祓い士が怪異を祓う」
「ご説明、ありがとうございます。それで、兄様。そこまで分かっていらっしゃるのなら、兄様が何をしてしまったのか理解されましたね?」
「……誰かの任務を横取りした。そうだろ?」
「そうです」
「だが言わせてもらうが、さっさと任務を果たしに来ないのが悪い! もう少しで二人は死ぬところだったんだぞ! 任務を受け持ったのはどこの家の奴だ!」
「西連寺家です」
西連寺マコトの言葉に、黒宮アキトは頭を抱えた。西連寺家から料理をもてなされ、更には西連寺家の任務の横取り。知らず知らずの内に、三人は西連寺家に対して、言い訳や謝罪が通じないところにまできていた。
「兄様。そして、ご学友様方。あなた方は私達に対して恩があり、あなた方は私達にとって仇となる存在です。そこで二つの選択肢をご用意しました。一つは、西連寺家の奴隷になる。もう一つは、今ここで殺されるかです。さぁ、選んでください」
西連寺マコトは淡々と話し終えると、ニッコリと微笑んだ。そんな彼女に対し、宮本達也と斎藤響の表情は焦りと恐怖で満ちていた。そんな二人を見て、黒宮アキトは打開策を必死に考えた。
考えに考えた結果、一つ考えつくが、結局は二人を巻き込んでしまう結果になってしまう。しかし、奴隷や死ぬよりはマシな選択であった。
「……僕らは、西連寺家の請負人になる……!」
黒宮アキトは歯を噛み締めながら西連寺マコトに言った。これが、宮本達也と斎藤響の命を助け、西連寺家の奴隷にならない方法。西連寺家の下につき、与えられた任務をこなす。
当然、黒宮アキトが勝手に決めた事を斎藤響は納得しなかった。
「ちょっと待って! なんで私達まで巻き込まれてるのよ!? 私と達也は被害者なのよ!? 祓い士なんて訳の分からない組織の事情なんか、私達に関係ないでしょ!?」
「よせ、響」
「達也……なんであんたは、あいつの味方ばっかりするの!? あいつと関わってから、あんたも私も酷い目に遭ってる事は分かってるよね!?」
「分かってるよ! 怖い目にも遭ったし、殺されそうになったりもしたさ!」
「じゃあ―――」
「でも、アキトは助けてくれただろ? 俺は二度も助けられたよ! もう返しきれない恩があるんだ、アキトには!」
「なによ、それ……分かんないよ……怪異とか、祓い士とか……私、理解出来ないよ……!」
斎藤響は泣いた。今まで普通の日常を歩んできた斎藤響にとって、怪異や祓い士という非日常的な存在は、簡単に理解出来るものではなかった。そんな彼女を不憫に思った宮本達也は、彼女を優しく抱き寄せた。
「アキト。それから、西連寺さん……少しだけ、俺達に受け入れる時間をください。俺はともかく、響は普通の日常を歩んできた普通の人間なんです。だから……お願いします」
「分かりました。それでは、1週間だけ時間を与えましょう。1週間後、あなた方は請負人として仕事をしてもらいます」
「……はい」
「お食事の続き、とはいきませんよね。今日のところは解散としましょう。私の召使いが家にまで送っていきますよ」
西連寺マコトが召使いを呼ぶと、宮本達也と斎藤響は召使いに連れられて店から出ていった。店の中に黒宮アキトと西連寺マコトの二人だけが残ると、西連寺マコトは黒宮アキトの肩に頭を乗せた。
「……ごめんなさい、兄様。でも、こうするしかなかったんです。私が言わなければ、他の者が来ていました。そうなってしまえば、兄様方に選択権など与えられませんでした」
「分かってるよ……僕の方こそ、悪かった。嫌な役をやらせてしまったな」
「……私、兄様の負担になるような事しかしていませんね」
「気にするな。恨まれる事は慣れてるよ。さぁ、僕らも帰ろう。」
「……はい」
黒宮アキトが立ち上がると、西連寺マコトが腕に抱き着いてきた。普段ならすぐに引き剥がすが、落ち込んでいる様子の西連寺マコトを見て、黒宮アキトは何もしなかった。