求めていた存在
三人称になっています。
怪異は捜していた。かつて人であった時に見た荒武者のような強者になる者を。その想いはやがてその身を一つの世界へと変え、素質のある者をこの掛け軸の世界に引きずり込む怪異となった。
怪異は物乞いをしていた男に呪いを掛け、男の特技であった口の上手さで腕に覚えのある者を誘い込ませた。その物乞いの男こそ、猿田壱の先祖である。
幸運な事に、猿田一族は怪異の呪いによって富を得る結果となった。他の追随を許さない強者へと変化させる掛け軸の評判は瞬く間に広がり、掛け軸を見せるだけで金が舞い込んでくる。自分達が呪いを掛けられている事など知る由もなく。
しかし、怪異は不満であった。初めこそ素質のある者が前に現れていたが、猿田一族が富を得れば得る程に、挑む者の力は弱くなり続けた。
それでも怪異は諦めなかった。いつか、荒武者になるに相応しい者が現れると。そう信じて、挑んできた者を斬り殺し、そして取り込んできた。
その結果、何百という魂によって強大となった怪異自身が荒武者となってしまう。それは怪異に取って、屈辱的な皮肉であった。
それから何年もの月日が流れ、怪異は黒宮アキトと出会う。怪異はいつものように斬り殺し、いつものように取り込もうと、いつも通りの言葉を口にし、黒宮アキトに斬りかかった。
歓喜……まさに、怪異の心は喜びで満ち溢れた。自身が振り下ろした一撃を躱し、瞬時に懐に飛び込んできた俊敏さ。傷一つ付けられない鎧の一部を破壊する衝撃の一撃。黒宮アキトは、これまでの挑戦者の中で、一番の素質を持つ存在であった。
怪異は興奮していた。追い求めていた荒武者となり得る黒宮アキトに。長年の悲願が、今まさに達成されようとしている。
「ドコダ……ドコニイルノダ!」
息を荒立たせながら黒宮アキトを捜していると、道を走る男の姿が見えた。その男の正体が黒宮アキトと決めつけ、怪異は周囲の木々をなぎ倒しながら走った。
道に出て、その男が黒宮アキトではなく、宮本達也である事を知ると、色めいていた怪異の心は一気に錆びついた。
「キサマカ……コロス……!」
怪異は刀を振り上げた状態で、宮本達也を追いかけた。怪異が追いかけてきているのを目にした宮本達也は、目に涙を浮かばせながら叫んだ。
「助けてぇぇぇ!!!」
その叫び声が鳴り止むと同時に、木々が作り出す暗闇の中から石が投げ飛ばされた。石は怪異の鬼の面に直撃すると、ただの石ころとは思えぬ威力で鬼の面を弾き飛ばした。
「グヌォ!? コノチカラ、キデンカ!?」
妙な力を持つ石の異常さに、怪異は石を投げたのが黒宮アキトと直感する。怪異は宮本達也を追いかける足を止め、嬉々として石が飛んできた方向へ体を向けた。
「サァ、コイ! ワレニチカラヲ―――」
怪異は黒宮アキトを待ち構えていたが、既に黒宮アキトは怪異の懐に忍び込んでいた。怪異は懐に忍び込んできている黒宮アキトの存在に気付くが、もう手遅れであった。
黒宮アキトは術で壊した鎧の一部分に手を当て、今まで怪異が取り込んできた魂を一気に引き抜いた。次々と怪異の中から抜け出ていく魂達。やがて怪異の鎧は崩れていき、刀が手から放れていく。
「今だ!!!」
黒宮アキトが叫ぶと、先程石が飛んできた暗闇の中から斎藤響が飛び出し、黒宮アキトの術で強化された竹刀で怪異に斬りかかった。
「チェストォォォ!!!」
女性とは思えない雄々しい叫び声を上げながら、斎藤響は怪異の首を斬り飛ばした。黒宮アキトは即座に右手の指を銃に見立て、宙に浮かんだ怪異の頭部に術を放つ。術の威力は怪異の鎧を破壊した時よりも抑えられているが、弱った怪異を祓うには十分であった。
「っ!? どうなったの!?」
「祓えたのか、アキト!?」
状況を理解出来ずにいる宮田達也と斎藤響。そんな二人に対し、黒宮アキトは何も言う事はなく、ただ親指を立てた。それを見た二人は恐怖から解放された安堵感から、その場に座り込んだ。
「良かった……!」
「俺、生きた心地がしなかったぜ……! これで帰れるな! 響! アキト!」
「ちょっ!? 抱き着かないでよ! もう、全然嬉しくなんかないんだから!」
宮本達也が二人に抱き着いていると、すぐ傍の空間に穴が開いた。その穴の先に見える光景は、元の世界にある道場であった。何気ない日常の一部の光景だが、今は楽園のように見えた。宮本達也は斎藤響が元の世界へ繋がる出口に飛び込み、その後を追おうと黒宮アキトも出口へと足を進める。
「我が力を持っていけい!!!」
黒宮アキトが元の世界に戻る寸前、生気に溢れた男の声が響き渡った。黒宮アキトが振り向くと、自身に向かって刀が飛び込んできていた。その勢いは凄まじく、刀を上手くキャッチしたというのに、黒宮アキトの体は出口を通って、道場の壁にまで吹き飛んでいく。
壁に激突した背中の痛みに表情を歪ませながら、黒宮アキトは自分が手にした刀を見た。その刀には見惚れる程の魅力と、生物のような明確な意思があった。
「妖刀か……ふっ、手土産なんか寄こしやがって」
「アキト、大丈夫か!?」
「……ねぇ、その刀って」
「妖刀だ。あの怪異の意思が宿っている」
「捨てなさい! いや、壊しなさい! 刀ってだけで危険なのに、更にヤバい物じゃない!」
「俺も響に同意見だ! そんな物持ってると、金持った老人共に追っかけられる羽目に―――痛っ!?」
「馬鹿! そんな心配しなくていいのよ! 私が言ってるのは、またあの侍みたいな化け物が現れるかもしれないって意味よ!」
「……大丈夫だよ、二人共。それに下手に壊したりしたら、何が起きるか分からん。こいつは、僕が責任を持って保管しておく」
そう言って、黒宮アキトは指輪の中に刀を取り込んだ。まるで溶けていくように刀が消えてしまった光景に、宮本達也は興味津々で興奮し、斎藤響は手で顔を覆って現実を受け止められずにいた。
「な、なぁアキト! 今の何やったんだ!?」
「この指輪は祓う為に作られた物だが、他の用途もある。こうやって収納したりな。まぁ、怪異にとっちゃ居心地が悪いかもしれないがな」
「スッゲェ! なぁ、その指輪には何でも入れられるのか!? デカい物、冷蔵庫とか!」
「当然だ」
「おっほ! その指輪があれば無人島で遭難しても怖くねぇなぁ!」
「よく受け入れられるわね、あんた……私はまだ受け止められないよ……」
「とりあえず、学校から出よう。あれから長い時間が経った。家に帰って、二人の親を安心させて―――」
その時、黒宮アキトの腹の音が鳴った。黒宮アキトは言いかけていた言葉を飲み込み、本来言おうとしていた事とは別の事を二人に話す。
「よし、飯行こう。腹が減っては何とやらだ」
「腹が立っては何とやらだな! よっしゃ、行こうぜ!」
「……はぁ。それを言うなら、腹が減っては戦は出来ぬよ。まぁ、お腹空いてるのは確かだけど」
三人は夜の学校を抜け出し、疲弊した体を癒す為に飯屋へと向かった。
次話も三人称を予定していますが、話によっては一人称に変わる事もあります。