4話 二人の一日
次の朝、友哉はいつもの時間に目が覚めた。
(ここはどこだ?)
高く真っ白な天井、豪華なライトが目に映る。
見知らぬ部屋に戸惑うが、隣の気配にそちらを向き、寝ている美しい女を見て、昨晩の記憶が蘇ってくる。
まず、昨晩家に連絡しなかったので携帯を見ると、妹から何度も電話やメールが来ていた。
とりあえず、仕事で他に泊まることになったと伝えておく。
早く帰りたかったが、さすがに勝手に帰るわけにもいかない。
そして、シャワーを借りて昨晩の汗や体液を流した後、脱ぎ捨てた服を片付けようとすると渡された封筒が出てくる。
取り出してみると厚い札束が入っていた。
(百万円はあるな。一晩の奉仕料か)
自分が男娼のように思えて惨めになった友哉はいつもにもましてハードなトレーニングをおこなう。
スクワット、腕立て伏せ、腹筋などを汗をかきながら行なっているうちに、奈保が起きてきた。
「おはよう」
友哉を見ても平然としている。
(慣れているな。いつも男を連れこんでいるのか)
友哉はそう思いながら、トレーニングを中断して「おはようございます」と挨拶する。
会長の娘だ。ぞんざいに扱うわけにはいかない。
友哉は挨拶して帰ろうするが、先に声をかけられた。
「少し待っていて。
シャワーを浴びて朝食を食べましょう」
そして友哉が断る暇も与えず、そのまま姿を消す。
(面倒だな。出勤時間も迫っているのにどうすべきか)
迷っている間に、奈保は浴室を出てキッチンで鼻歌を歌いながら調理を始めた。
ここまできては断るわけにもいかない。
「できたわよ。食べましょう」
奈保の言葉に友哉はダイニングに行き、重厚な一枚板のテーブルに乗せられたサラダ、野菜や卵料理、ハムやベーコン、ステーキなどの豪勢なメニューに驚く。
「時間がなかったから簡単なものしか作れなかったけど食べて」
昨晩から飯抜きであったことを思い出し、友哉は遠慮なく食べることにする。
「ありがとうございます。では、いただきます」
テーブルの料理は見る間に友哉の胃袋に入れられていく。
「いい食べっぷりね。
満足したらまたベッドで楽しみましょう」
奈保の言葉に、友哉は出勤しなければと抗うが、私が言っておくから大丈夫と一蹴される。
そう言われると渡された金のことも頭をよぎり、断れない。
そして食事が終わるとそのまま寝室に連れて行かれる。
友哉の体力は睡眠と食事で回復していたが、いつまで付き合わされるのかと思う。
その頃、士郎は会長室で、自分の携帯に来た奈保からのメールを見てほくそ笑んでいた。ちょうど来ていた正彦にそれを見せる。
『今日は所用で休みます。
運転手の北郷さんも一緒です。
彼も休むので中谷室長に伝えておいてください』
「奈保は気に入ったようだ。少なくとも身体の相性は良さそうだし、しばらく付き合わせてみよう」
父の言葉に正彦は注文を付ける。
「奈保のためなので仕方ありませんが、彼とは育ちが違うことを心得ておくように言っておかないといけません。
それと北郷が豹変したときに備えて見張りも必要です」
「わかった。
しかし、まずは奈保の気持ちを優先だ。
そこを間違えるな」
友哉はその夕方になってようやく解放された。
奈保はもう一晩と望んだが、さすがに弟妹が心配すると断った。
ならばと、奈保は友哉の運転で百貨店に行き、彼に特上の服を購入する。
「これはプレゼントよ。
次回来たときのために、私の家にあなたの着るものを一式揃えておくわ」
(えっ、またご奉仕しなきゃならんのか)
驚く友哉をよそに、奈保は有無を言わせず高級中華料理の店に彼を連れて行き、夕食を共にし、テーブルに溢れんばかりに料理を持ってこさせる。
友哉は高級店の雰囲気に戸惑いながらも、その美味さに驚き存分に食べる。
奈保はその食べっぷりを満足気に見ていた。
(この料理を恵や拓哉に食べさせてやりたいなあ)
友哉の表情が翳ったことに奈保は気づく。
「どうかした?何か気に入らないことでもあった?」
「いや、とても美味しい料理なので弟妹にも食べさせてやりたいと思って。
ここに出してもらった料理はとても食べきれないので包んで持って帰ってもいいですか?」
この高級店に来る客でそんな事を言う者はいない。
それを聞いた店のスタッフは密かに嘲笑する表情を浮かべる。
友哉はそれに気づくが、これまで散々辛酸を舐めた彼には何ほどのこともない。けれど奈保の気に障ったかと彼女の顔を窺った。
「いいわよ。
じゃあ残った料理を包んで。
それと他にお土産用に何か作って」
奈保は気にする様子もなくスタッフに命じる。
友哉は彼女に感謝して土産を受け取り、ようやく自宅に帰ることができた。
その夜、奈保は実家に帰り父と会った。
「お父さん、友哉君と会わせてくれてありがとう。
彼と一緒にいるととても落ち着くわ。
あの事件以来、ずっと不安で苛つき、発作的に男を求めていたけど頼りない男ばかり。でも彼となら安心できそう」
「それはよかった。なかなか苦労したためか、しっかりした男だとワシも見ていた。夜の方もお前の要求に応えられているか」
父のあけすけな問いかけに奈保は顔を赤らめるが、自分の病的な状態は父には知られているので仕方がない。
「そうね。
とてもよかったわ。
これまでの男とは比べ物にならないわ」
その言葉を聞き、士郎は少し微笑んで言う。
「わかった。
暫く北郷と付き合ってみるがいい。
そうするとアイツにお前の事情も多少は話した方が良かろう。
ワシから話しておく」
奈保はそれを聞き、笑みを浮かべた後、憂い顔となる。
「彼とは、これまでの男とは違って長く付き合いたいわ。
でも、運転手の彼と付き合うことに、学歴だの生まれだのにこだわる兄さんが何というか」
「井藤以来、お前が付き合いたいと言ったはじめての男だ。体面とかよりそちらの方がずっと大事な事だ」
それを聞いた奈保は叫ぶ。
「あの男のことは言わないで!
思い出すと身震いがするわ」
「すまん。
そもそもはお前をアメリカに行かせて、実績を上げろとプレッシャーを掛け続けたワシのせいだ。慣れない環境でのストレスであんな男に引っかかって・・・
お前の幸せのためならワシはなんでもしてやる」
士郎の言葉は小さく、耳を塞いで俯く奈保には聞こえていない。
士郎は奈保の肩に手をやり、声をかける。
「母さんがお前とお茶をしたいと、美味しいケーキを用意しているぞ。
居間に行こう」
父の言葉を聞き、娘はゆっくりと立ち上がると母のところに向かった。
思ったより長くなってきましたが、のんびり書いていきます。