3話 ファーストコンタクト
それから友哉は会長と呼ばれる初老の男やまだ若い社長を乗せて、あちこちと運転していく機会が増える。
彼らは車中であれこれと話しかけてくるし、時には出先で昼飯を一緒に食べようと言われるときもあった。
(なぜ運転手ごときに話しかけるのか)と友哉は怪訝に思うが、中谷からは、会長や社長が話しかけてきたら丁寧に返事をするように言われており、なるべくちゃんと答えるように心がける。
ある晩、会長と社長、さらに秘書の奈保という若い女性を乗せて友哉は少し遠い場所に運転を命じられた。
その出張は時間がかかり、帰りは夜になる。
「北郷くん、夜まで待ってもらってすまんな」
会長が声をかける。
友哉は待ち時間に建築士の勉強をすることができて不満はなかったが、そういう訳にもいかず、「仕事なので当然です」と言葉少なく言う。
後部座席で交わされる経営議論を聞くともなく、友哉は運転に集中する。
トイレ休憩に寄った途中のサービスエリアで問題が起こった。
女性秘書がトイレから戻って来ない。
「北郷くん、見てきてくれ」
そう言われて友哉が探しに行くと、彼女はチンピラ風の男女に絡まれていた。女がトイレの順番を並ばなかったのを注意したところ、それを男が文句をつけにきたようだ。
その仲間も集まり、秘書を囲んでいる。
「何をするの。やめてよ!」
「ちょっと来い。こんないい服着やがって。金がありそうな女だ。
俺らの相手をしてくれよ」
周りに見ている人は関わり合いにならないように目を伏せている中、抵抗する彼女の手を引き、車に乗せようとしている。
友哉は無言で走り、そのまま彼女の手を掴む男の尻を思いっきり蹴り飛ばす。
吹っ飛ぶように倒れ込む男をよそに、友哉は秘書に向かって「車まで走れ!」と怒鳴りつけ、自分は相手に向かう。
「貴様ら、女ひとりに寄ってたかって襲いやがって!
俺が相手をしてやる、掛かってこい!」
友哉は妹が連れ去られて以来、女を襲う男が大嫌いである。
怒り心頭のマッチョの男に立ち塞がれたチンピラ達は、覚えてろと捨て台詞を吐いて立ち去る。
友哉は彼らが立ち去るのを確認して車に走り戻る。
偉いさんを待たせるとろくなことはないとこれまでの経験から思い知っている。
全力疾走した友哉は、車の中に女性が乗っているのを見て安堵し、ゼイゼイ言いながら運転席に乗り込む。
「お待たせしてすいません」
と謝る友哉に、会長は機嫌よく言う。
「よくやってくれた。あのままでは奈保も何処かに連れて行かれていたかもしれない。助かったよ」
当の奈保と呼ばれる女性は、はあはあ喘ぎながら後部座席で顔を伏せている。
よほどショックだったのかと友哉は心配するが、会長は慌てることもなく、彼に飲み物を渡す。
「息が上がっているぞ。これを飲め。疲労回復剤だ。
事故を起こしては困るからな」
友哉が一気に飲むと、もう一本勧める。
妙な味だと思いながら、友哉はそれも飲み干して車を出発させる。
その後、後部座席の3人のやり取りを聞いていると単なる秘書ではなく、会長の娘らしい。
(なるほど。心配して見に行かせるわけだ)
友哉は喘ぐ奈保が気になり、可能な限り急いで車を飛ばす。
無事に会長の豪邸に着く。
「では、お疲れ様でした。失礼します」と三人を降ろして、車を会社に返しに行こうとするが、小声で女性と話していた会長に話しかけられる。
「すまんが、奈保を自宅まで送ってやってくれんか」
(ああ、結婚していて別に住んでいるのか)
「わかりました」
「この様子では家の中まで入れてもらった方がいいかもしれん。
面倒を見てやってくれ」
そして、これは今晩の礼だと厚い封筒を渡される。
これくらいのことでチップか、金持ちのすることはわからんなと思いながら、友哉は奈保だけを再び乗せて指示された場所に運転する。
彼女は窓を向いていて表情は分からないが、息遣いが荒く、太腿を擦り合わせている。
(小用か?急いだほうがいいな。
それになにか俺も体調がおかしい)
興奮するようなこともないのに一物が痛いほど勃起している。
こんなことはこれまでなかっただけに友哉は少し驚いていた。
奈保の家はさほど遠くない場所だったのですぐに到着した。
豪華なタワーマンションの駐車場に車を停めるとドアを開けて「着きました」というが、友哉を見上げる彼女の顔はまるで酔っているかのように赤い。
「立てないの。肩を貸してくれませんか」
友哉は言われたとおりに肩を貸し、彼女の荷物を持つと部屋まで送り届ける。
すぐ隣から彼女のいい匂いがして、更に一物が元気になったようだ。
早くここを去り、帰宅する前に何処かのトイレで自分で処理しようと思いつつ、部屋の玄関を開けて彼女を入れて去ろうとするが、奈保は腰が抜けたように座り込んでしまう。
仕方がないとため息をつき、「では失礼して部屋の中に入らせていただきます」
と友哉が彼女を抱き上げて室内に入ると自動で照明がつく。
広く眺めの良い部屋と豪華な家具は、こんなところに縁のない友哉には幾らぐらいかかるのか想像もできない。
(このリビングルームだけでうちのアパートと同じくらいの広さだな)
そんなことを思いながら、奈保をソファーに降ろす。
しかし彼女はしがみついた腕を離さずに、逆に顔を近づけてキスをした。
驚く友哉に嫣然と微笑み、「あなたが欲しいの。私を抱いて」と奈保は囁いた。
そしてそのまま友哉の身体に腕を巻き付けて大きなソファーに彼もろとも倒れ込み、服のボタンを外していく。
「冗談は止めてください。
あなたは結婚しているんじゃないですか」
友哉の言葉に奈保は笑う。
「そんなものはしていないわ。心配しないで。
ほらあなたのここも大きくなっている。私を欲しくないの?」
彼女の手が友哉の股間を弄る。
友哉は彼女の笑みを見て手の動きを感じると頭が真っ白になり、奈保に襲いかかった。
「ふふっ、それでいいのよ。
夜は長いわ」
奈保は彼の大きな身体を受け止めると、さも嬉しそうに笑った。
今晩は愉しい夜になりそうだ。
その頃、士郎と正彦は自宅で酒を飲んでいた。
士郎は上機嫌である。
「万事順調に進んでいる。
雇ったチンピラもサービスエリアでうまく演技していたし、奈保も思った通りの反応だった。まあチンピラは本気で北郷を恐れていたな。アイツが殴りかからなくてよかった。
後は北郷がちゃんと奈保を抱いているかだ。中谷の話ではアイツはソープに行くのも嫌がったそうだが、強い催淫剤を二本飲ませてるから、奈保が誘えば抵抗できまい」
「さすがは父さん、しかし奈保の反応も強かったですね」
「あの事件以来、男の暴力に強い恐怖心を持っているところを颯爽と助けられたから感情の揺れ幅が大きくなって男に欲望したのだろう。吊り橋効果というやつだ。
後は念のためにあの娘にも少し催淫剤を飲ませた。
ここまでお膳立てして不発では次が面倒だからな」
正彦は頷きながら尋ねる。
「事がうまく進んだとして、次はどうしますか」
「奈保が満足するようならばあの男を言いくるめて結婚させる。
医者の見立てでは、夫に満足するまで満たしてもらえば症状はかなり改善するはずだ。
北郷なら井藤の襲撃からのボディガードも期待できそうだし、いい拾い物だったな」
そう満足げに語り、美味そうに酒を飲む士郎を見て、正彦は少し顔を翳らせて言う。
「まあ、借金と弟妹の鎖があるから使いやすいのはいいですね。
言うまでもありませんが、奈保が治れば離婚させて、然るべき釣り合いの取れた男と結婚させるのですよね。
あんなブルーカラーの男が義弟だなんて身震いするほど嫌ですよ。
奈保も元々優男風のイケメンが好みだったはずです」
妹を溺愛していた正彦は奈保の変貌ぶりに大きなショックを受けていたが、治療のためとは言え、妹が自分たちと違う貧しい男といつまでも一緒にいるのに耐えられない。
また運動が嫌いなインドア派の彼には筋肉隆々の男にコンプレックスと蔑視が入り混じった感情を持つ。
「そんな先のことはわからん。奈保次第だ。
ワシはあの男を割りと気に入っているがな。
アイツのハングリー精神はワシの若い頃のようだ」
一代で成り上がった士郎には、高い学歴とファッションセンスを誇る正彦や若手社員が物足りなく思える。
二人で見解がわかれたところに、士郎の妻、景子が夕食を運んでくる。
「話はここまでだ」と小声で士郎が言う。
景子には奈保に起こったことを話さず、カルチャーショックでストレスを受けたとだけ言ってある。
「今日は奈保はいないの?
せっかくあの娘の好きな物を用意したのに」
「なにか予定があるようだ。あれもいい年だから自分の都合があるのだろう」
「それは残念。
そろそろいい相手が見つかればいいのだけどね」
正彦は父母の会話を聞きながら、「そろそろ帰るよ。僕も家で茉莉がご飯を用意してるだろうからね」と立ち上がる。
「お前も帰るのかい。
またお父さんと二人ですか。
また茉莉さんや翔くんを連れておいで」
母の言葉を聞きながら、(親父の計画では、あの筋肉男を奈保の結婚相手と言って母に会わせるのか。考えただけでも嫌になる)と正彦は憂鬱になった。