レストラン、訪れる
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ギルド室
コンコンコン
「失礼します。マスター、先程の少年の資料をお持ちしました」
ルークの冒険者登録を担当した受付嬢は、持ってきた資料をシュロスに手渡した。
「ご苦労」
そう言って資料を受け取ったシュロスは、資料に目を通し始める。
(出身地は修羅の森だと? たしか、修羅の森で数年修行していたと聞いたって、グランは言っていたな)
外周付近なら兎も角、奥に行くにつれて高レベルの魔物が数えきれない程存在し、高ランクの冒険者や副隊長以上の騎士でなければ、単独で森に入ることは自殺行為だと、誰もが知っている。
時折、修行と称して入っていく者もいるが、引き際を見極められない者や、強さの伴わない者が帰ってきたことは一度もない。
そんな修羅の森が出身地。到底信じられることではなかった。通常ならば。
(グランの、人を見る目は確かだ。駆け出しの頃ならともかく、あいつがその目で戦闘を見たんだ。騙されるなんて死んでも信じられねぇ)
騎士学院で共に切磋琢磨してから何十年もの間、いろいろなことがあった。シュロスは冒険者としての道を、グランは実家の商会を継ぐ道を。それぞれ別々の道を歩んで行ったが、二人が疎遠になることはなかった。それどころか、全く違う職種の話で大いに盛り上がることもあり、少なくとも月一回、多ければ週一回で飲み会を開いて語り合っていた程だ。シュロスを含め、多くの冒険者も見てきた。
そんなわけで、グランの人となりや、商人としての腕も知っているシュロスにとって、グランが騙される姿を想像出来ないのである。
(それに、魔力や闘気の流れに淀みが無い。無さすぎる。軽くとはいえ、俺の威圧感を受けて何も感じないなんてありえない)
人は、魔力と闘気という二種類の力を持っている。殆どの人は闘気を感じることが出来ず、魔力しか使えない。
それらは鍛えれば鍛える程に大きく、力強くなっていく。精神に影響を受けやすく、戦闘中に慌てて魔法を使おうとしても、魔力が乱れて失敗するなんて話はよくあることだ。
今回、シュロスの威圧を受けても何の乱れも無かったことは、二つの理由が考えられる。
一つ、威圧感に気づけない程鈍い。これは偶にいる。相手の力量に気づけず、無意味な自信で「勝てる」と思い込んで無駄死にする奴に多い。
もう一つは、圧倒的強者。シュロスの威圧程度、道端の石ころと同じと思える程の力量を持っている場合だ。
「前者なら、盗賊が弱かっただけであって、あの少年が強いわけではないってことだが……
後者なら、いったいどれ程の……」
シュロスは、ルークに関する行動は逐一報告するようにと受付嬢に指示を出し、盗賊に関する調査も始めた。
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ガラガラガラガラガラガラ
ルークとグランは、馬車に乗り、街を走行していた。
グランが「先ずは食事でもどうだろう。うまい店を知っとるんじゃよ」と言ったことに対し、ノータイムで「行きましょう」と返したことで、グランおすすめのレストランに向かっているところなのだ。
「それにしても、ギルド総長って強そうですね。一度戦ってみたいです」
「がっはっはっは。奴の威圧を受けて楽しそうに「戦ってみたい」と言いのけるとは、ルークも中々の大物じゃのう」
ギルド総長になるには、各ギルド長や冒険者からの信頼や、王族や権力者との繋がりも必要になってくるが、最も求められるのは力である。
平時では各ギルド長と冒険者を指導し、非常時には自らも戦場に立ち、皆を率いて戦える強さが必要なのだ。
冒険者には基本的にモンスターと戦う者が多いため、力を重視する者も多く、弱いギルド長だと反感を持つ者も存在する。
過去に、ある街でモンスターが群れを成して攻めてくるスタンピードが起きた時は「口先だけの雑魚マスターに命は預けられない」と、冒険者の多くが率先して避難する事案が起きた。その街には、一つしかギルドが存在しなかったため、誰も冒険者を纏めることが出来なかった。
そのことがあり、当時のギルド総長が、ギルド長になるための試験をより厳しくし、ギルド長になった後も率先して全ギルド長を指導し続けた結果、ギルド全体の質も上がり、冒険者の生存率向上にも繋がったのだ。
当然、ギルド総長になるなど並大抵の努力と才能で叶うことではない。
今や、ギルド総長とは冒険者の極致の一つだと言われているほどだ。
その流れの中でギルド総長にまで上り詰めた友人、シュロスが弱いなんてことは決してありえない。
そのシュロスに対して「戦ってみたい」と言い放った目の前の少年に、ますます興味がわくグランであった。
軽い雑談を交わしているうちに、二人を乗せた馬車は目的のレストランへとたどり着いた。
「着いたぞい。ここが、王都で一二を争う名店であり、わしの商会が運営するレストランじゃ!」
ルークの目の前にある建物は二階建てであり、百人は余裕で入れそうな大きさだ。扉の前には、馬車を停めるためであろう広々としたスペースが広がっている。
グランに連れられて、ルークは店内へと入っていった。
(テーブル同士の間隔が広いし、仕切りもある。向こうには個室もあるのか……調度品も高級感のある物しか置いてないし、俺の場違い感が……)
ルークがギルドの契約書に「出身地:修羅の森」等と書いたのは、生まれ育った街が今は存在しないからである。元々孤児であり、お金に余裕のある生活はしてこなかった。おまけに、五年程森で暮らしていたのだ。高級とは無縁である。
店員に案内されたのは一番奥の個室であり、そこに着くまでにいくつかのテーブルを横切った。仕切りがあるため、中の様子はわからないが気配は感じるので、何人かの客はいるのだろう。
席に着いたルークは、グランおすすめの【ドラゴンのステーキ】を食べた。流通量が少ない上に、討伐されたとしてもすぐに売れてしまう高級食材であるドラゴンの肉を、王都でトップクラスの料理人が調理している。お店自体にも予約は必要だが、この料理にも予約が必要という、かなり珍しい物なのだ。
(ドラゴンの肉自体は何回か食べたことあるけど、調理とソースでこんなに美味くなるのか……)
最早別の料理だと思いつつ、満足げな顔で食事を終えた。
「がははは。気に入ってくれたようで何よりじゃ。ここの店長には話を通しておくからの。好きな時に食べにくると良い。まあ、その日の入荷によってメニューは変わるから、何が食べられるかはわからんがな。その代わり、全ての料理が自信作じゃぞ」
そう言ったグランは、とても満足そうな笑顔を見せた。
自分の商会が経営しているレストランで、恩人が満足してくれていることがどうしようもなく嬉しいのだろう。
「さて、お礼の話に移るとしよう。とりあえずは金貨を受け取ってくれ。それと、これは必要じゃろ」
金貨の入った袋と、封筒を差し出された。なんでも、たしかに学園への編入試験は来週なのだが、その受付の締め切りは昨日までであり、このままでは試験を受けることが出来ない。ギルドマスターに言われて気づき、ギルドマスターであるシュロスと、大手商会の当主であるグランの伝手を使い、受験資格を確保したのだ。
流石に裏口入学させることは出来ないので、あとはルークが合格するかどうかである。
「その後、何かわしのサポートが必要ならば、いつでも手を貸すことを約束しよう。正直、君の力であればお金に困ることはないじゃろうからの、わしの地位で出来ることは、可能な限りさせてもらう」
一瞬、王都が誇る大商会の主、グラン程の男がそこまで言うのは冗談か何かだと思ったルークであったが、グランの真剣な表情に嘘は無いと考えた。ルークが盗賊を倒していなければ、グランの命がどうなっていたのか、今となってはわからない。もしもの未来を考え、深く恩を感じてくれているからこその対応だとすると、断るのならグランの命を軽んじていることになると考えたのだ。
すでにグランの人柄を気に入りつつあったこともあり、その申し出をありがたく受けることにした。
評価を求める作家さんが多い理由がわかる気がする。
書くなら評価されたいよね。