昔話、現る
見てくれてる人は居るのだろうか
「なるほど。ギルドの依頼で己を鍛えながら、学園で知識を得るためか」
「どうしても倒したい奴がいましてね。もっと強くなる必要があるんですよ。それこそ、さっきの盗賊如きに負けていられませんよ」
「がっはっはっは!向上心のある者は大好きじゃぞ。わしも出来る限り力になろう。おっと、もうこの話は止めじゃ。王都が見えてきたぞ」
(学園に入るということは、あれに参加するということじゃな。今年は楽しみじゃ)
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遥か昔、今よりも沢山の国と民が存在していた。
生活水準は今と比べれば低く、どの国も世界の覇権を取るため、何処かの国が争っている時は、どこかの国が戦の準備をしている。常に国同士の争いが絶えず、殺伐とした時代。
国は民を想わず、民は国に搾取され続けることで、多くの人々の人生に余裕等なかった。
魔物存在した。だが被害はあったものの、当時の魔物如きでは兵士達の相手にならなかった。
亜人も存在した。エルフ・ドワーフ・獣人といった、人族とは異なる特徴を持った種族がおり、優れている部分もある。だが、人族によりその数を減らしつつあった。亜人達も抵抗はしたのだが、常に戦争し続けており、戦うことに長けている人族に対して抵抗空しく、亜人はどんどんと数を減らしていったのだ。
そんなある日、魔物が強くなっているとの噂が広まった。剣の一振りで倒せた魔物が倒せない。魔法を一発撃てば倒せたのに起き上がってくる。この時はまだ、どの国も軽く考えていた。いや、そもそも他国を攻め落とすことしか考えていなかったのだろう。
ある国の兵士達の部隊が魔物の住む森に入り、全滅した。
国王は憤慨した。我が国の兵士は魔物如きに殲滅されるほど弱いのかと。こんな事では他国に見下されると。
そこで国王は兵士達に、その森に住む魔物を根絶やしにしろと命じた。八つ当たりではあったが、他国に馬鹿にされるのが何よりも気に入らなかったのだ。
兵士達は、誰一人として帰って来なかった。
国王はわけがわからなかった。
なぜだ? どういうことだ? 我が国の兵士達は魔物にすら勝てないほど弱かったのか?
焦った国王は、自身が最も信頼し、国で一番強い者を偵察に向かわせた。
その者も帰っては来なかった。
そして、一つの国が滅んだ。
この時、他国のから入り込んでいたスパイや偵察部隊が、国を襲う魔物の群れを捉えていた。
何とか逃げ延びた彼らは、その情報を自国へと伝えた。
羽の生えた巨大なトカゲ。強靭な四肢を持つ鷹。石でできた巨人等。後にドラゴンやグリフォン、ゴーレムと呼ばれる生物に、一夜にして一国が滅ぼされたのだ。
それから数年余りで、いくつかの国が滅ぼされたことにより、各国は停戦協定へと踏み切った。このままでは自国も滅んでしまうと考えたのだ。
各国が独占している物資や、秘匿している技術を寄せ合い、互いに研鑽し、なんとか魔物を追い返すぐらいの防衛力を各国が身に着けた。
まだまだ油断は出来ないが、とりあえずは一安心だと誰もが思った時、またもや数国が滅んだ。
どんな魔物が現れたのだと、各国が調べた結果、一体の魔物が浮き彫りになった。
ドラゴンのような翼を持ち、頭には二本のねじれた角が生えている。それさえなければ、ただの人間だと間違えるぐらい、人間の青年にしか見えない容姿の魔物。
亜人かとも思われたが、このような容姿の亜人は確認されておらず、一人で国を亡ぼすような亜人など考えたくもなかった。
だが事実、人間はその魔物を倒すことも、止めることも出来ずに数を減らしていき、そうこうしているうちにも手の付けられない魔物の発見報告は相次いだ。
最早これまでなのか。人間は滅ぶのか。誰もが先の見えない恐怖に怯えている時、奇跡が起きる。
とある国の姫に、神のお告げがあったのだ。
「魔の中に存在する、他とは違う強さを持つ者が、また今後も生まれるでしょう。知恵を持つ魔物も多く現れるでしょう。その者達は魔人と言われ、魔物が進化した存在です。
その中でも、更に隔絶した強さを持つ者がいます。今はまだ、数体だけ。あの者達は、魔の王。魔王と戦い、皆を導く者を、召喚するのです」
そして、人型の魔物を魔人と呼ぶようになり、その中でも他と隔絶した強さを誇る魔人を魔王と呼ぶようになる。
女神に召喚術を授けられた姫は、王と共に各国へ連絡し、召喚魔法に取り掛かった。
その魔法により、異世界から九人の人間が召喚される。その中で、勇者の称号を持つ者は一人。
女神の力で勇者を判別した姫は、その場に居た者達にそれを伝える。他の八人は巻き込まれただけのようだった。
20歳くらいの、髪が耳にかからない程度の短髪の黒髪に黒眼、特に鍛えているとは思えない身体つきで、召喚に立ち会った各国の重鎮達が揃って失望の表情を浮かべた。剣を持ったこともなく、魔法を使ったこともない。これでは我が国の新人兵士の方が強いではないか。
そんな召喚者達を、ある国が渋々引き取り育て始める。最初は何も出来なかった。剣は握り方や振り方から教え、魔法は魔力を感じるところからだ。どちらも、兵士ならばどちらか片方は出来て当然の技能である。
それが出来ない青年は、何も期待されていなかった。
そんな彼だが、数か月経つ頃には周りの目も変わり始める。
成長具合が明らかにおかしいのだ。戦いに関してド素人だった青年が、剣を振れば城壁さえも切り裂き、魔法を放てば山をも吹き飛ばす。
青年の滞在する国に攻め入ろうとする魔物は例外なく駆逐され、魔人を、そして魔王をも倒した時には全ての国が勇者を求め始めた。
勇者はその声に答えた。世界を周り、国々を守り、魔王を倒す。そのなかで、亜人達へ起きている迫害を認めず、亜人達をも守り抜いたことにより、亜人との共存を人間達に認めさせた。
それにより、人間と亜人の持つ技術や経験を共有しあうことで魔族への対抗力も上がり、生活も以前より良くなっていった。
全てが良い方向に向かっていると誰もが思っていたが、勇者の快進撃は突然終わりを迎える。
勇者の力が、日に日に落ちてきたのだ。元々圧倒的な強さを誇る勇者である。最初の内は誰も気付かず、山を吹き飛ばせなくても何の疑問も抱かなかった。勇者の強さを正確に測れる者等いなかったのだ。
最初に気付いたのは勇者自身である。
魔物を切る時に違和感を覚え、魔力の通りも若干鈍い。
本当に微かな違和感だが、何故かと考えても答えは出ずに悩む日々の中、夢の中で女神が現れこう言ったという。
「貴方は特別でした。この世界の者達よりも遥かに優れた器です。ですが、神にも匹敵する身体能力と魔法の力。それらを受け止めきれず、器が崩壊しつつあるのです。まだしばらくは力を扱うことも出来るでしょうが、持ってあと三年で、戦いはおろか生きることも出来なくなるでしょう」
唖然とした勇者だが、同時に納得がいった。元の世界は勿論のこと、この世界の人々のレベルからも遥かに逸脱した力を、何のリスクも無くほんの数か月で扱えるようになるわけがなかったのだと。
その後、勇者は自分達がいなくなった後のことを考え、魔物を倒す力や、異世界の技術を伝えていくことにした。
世界を周り、沢山の弟子を取った。残念ながら勇者のすべてを受け継ぐ程の器を持つ者はいなかったため、技術を分散し、いくつかの流派に分けることで、多くの者達に戦う力を伝え歩いた。
それから今日まで、勇者達の教えはいくつもの形となって人類を発展させていった。
勇者の戦う力を伝え、人々を魔物の脅威から守ってきた国、帝国。
勇者の癒しの力伝え、人々を癒してきた国、聖国。
勇者の技術や知識を伝え、発展させていった国、王国。
各国は三大国となり、今も栄えている。
魔王については、魔王同士で戦うこともあるため、人類が倒した者ではない魔王も居たが、いくつもの魔王が産まれ、消えている。
今存在する魔王を知りたければ、ギルドに情報がまとめられているはずなので、そちらを確認すると良いだろう。
著:エルガルド・バースミューガー
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