その者、現る
草花が生い茂り、近くには澄み切った綺麗な川が流れる、自然豊かな土地に作られた小さな村。
日が沈み、見上げれば満点の星空が輝く、本来ならば人々が寝静まるはずの時間。
本来、暗く静まり返るはずの村は、昼間のような明るさで世界を照らしていた。
逃げ惑う人々。
人や家畜等、生き物全てに襲い掛かる魔物。
無残にも破壊され、ただの残骸となってしまい、今は火が勢いづくための燃料になってしまった家々。
燃え盛るそれらに照らされたその村に住む者達は、何の区別もなく、只々蹂躙されていた。
そんな中、燃え盛り、入口部分が崩壊している教会の前に五つの人影があった。
内四つは普通の人族で、十代前後の幼さが残る少年が三人と、二十代前半くらいの若く美しい女性が一人。
残る一つは、大人二人分はあるだろう体躯に、頭部からは二本の角が生えている。赤黒い皮膚に黒い眼を持ち、禍々しい雰囲気を纏っているその者は、所謂、魔族であった。
少年の内の二人と、女性は地に伏しており、それを守るかのように立っている一人の少年。
魔族はそれを、心底冷めた目で眺めている。
「吹けば飛ぶ塵芥の分際で、まだ抗うか」
「はぁ……はぁ……」
少年は満身創痍であった。
ボロボロの剣。傷だらけの身体。残り僅かな魔力。
対する魔族は、その身に纏うローブに汚れ一つ付いていない。
「ふん」
「ぐあっ」
少年が左手に魔力を集中させた瞬間、魔族が手を振る。
魔族にとっては攻撃でも何でもない、たったそれだけの動作で少年は吹き飛び、魔力も霧散してしまう。
それでも少年は立ち上がる。友の為。恩人の為。自分の背後には命よりも大事な三人が、家族同然の大切な人達がいるということが、彼を奮い立たせていた。
何一つ敵わぬ相手だとしても、満身創痍であろうとも、仲間を見捨てて逃げるという選択肢など最初から持ち合わせていないのである。
「もう良い。まとめて消し飛べ」
魔族は右手を上に掲げると、その上には火の玉が生まれた。
いや、そんな生易しいものではない。小さな一軒家くらいならば四つは入ってしまいそうな程の大きさで、離れていてもその熱が体力を奪ってくる。いうなれば、小さな太陽と言うべき大きさの炎の塊が、少年達を焼き尽くすために生まれていた。
「さらばだ」
その言葉と共に、無情の業火が視界を覆いつくす。
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「夢か……」
青々と生い茂る森の中、野宿をしていた少年は眩しさによって意識を取り戻した。
周りには焚火の後があり、くたびれたタオルを枕代わりにしていた少年は、身体を起こす。
「キューキュー」
声の方へ眼を向けると、手のひらサイズの狐がまっすぐこちらを見つめていた。
少年の名はルーク。
短髪の黒髪黒眼で、身長175センチ。どこにでも居そうな現在15歳の少年である。
ルークを見つめている狐の名はコン。全身黄金色で二本の尻尾を持ち、黄金色の中に黒い瞳を持っている。
「あーコン。飯にしようか」
「キュー!」
コンと呼ばれた、小さくて黄色い狐はルークの言葉が理解できているようで、お座りの姿勢でおとなしく待っている。
(火を付けて……肉でも焼くか)
そばに積んでいた薪を焚火の燃えカスに加え、人差し指を向ける。すると一瞬で薪に火が付き、激しく燃え上がった。そこに、いつのまにか手に持っていた肉に串を刺し、焼き始める。
————これらは魔法とギフトによるものである。
魔法とは、体内の魔力を操り、詠唱もしくは魔法陣を作成して発動する現象であり、個人差はあれ、簡単な物であれば努力次第で誰にでも使える。ただ、ひたすら修行を重ねてきたルークにとって、いくつかの魔法の詠唱は不要であり、魔法陣も自在に使いこなす。
対してギフトとは、神によって授けられるものと考えられており、一人につき一つしか発現せず、あまり使い道のない物から強力無比な物まで、様々な物が存在している。世界には、使い続けることによって進化し、名前が変わるギフトも存在する。
ルークの持つギフトは【倉庫】という。
【倉庫】とは、収納と出庫という二つスキルを内包しており、自分専用の異空間に物を仕舞っておけるギフトであり、仕舞っている間は時間経過が無く、食料だろうと水だろうと腐ることがない。その容量はその者の練度によって決まり、ルークの容量は城が三つは入ると本人は考えている。その膨大な容量により、必要だと思った物はほぼ全て持ち歩けるのだ。今は、この森で狩った魔物の肉や採取した木の実・薬草等が大半を占めている。ちなみに、
ルークは火魔法を無詠唱で発動して木を燃やし、【倉庫】というギフトに仕舞ってあった肉と串を取り出したのだ。とても便利である。
程よく焼けた肉をコンと一緒に食べた後、コンを肩に乗せて森の中を歩いていた。
(このペースなら、明日には王都に着くかな)
ルークが今いる場所は、修羅の森と言うこの大陸一を誇る広大な森であり、戦闘経験の浅い村人でも武器を持てば倒せる魔物が居れば、奥に行くにつれて鍛えられた兵士でもどうにもならない強力なモンスターも存在する。
雲にかかるほど天高くそびえる山や、幅百メートルを超える川があり、食べられる木の実や果物も生っているため、魔物を倒せる実力があれば野営することが可能だ。
だが、好き好んでそんなことをする者は居ない。修行をしたければ自分のレベルに合ったダンジョンに挑めばいいし、魔物が生息する場所は他にいくらでもある。ここにしか存在しない素材がどうしても必要な場合でもない限り、長期滞在はただの自殺行為である。
そんな森の中を進み、東側にある王都へと向かっているのだ。
(お? 道があるな)
ずっと森の中を歩いていたので、当然ながら道はない。整備されていない森の中を、時折現れる魔物を倒しながら進んでいたのである。そんなルークの目には、右から左へと続く長い道が映っていた。
(よしよし、方角は合ってたみたいだ)
「王都に着いたらまずは飯にしようか。どんな料理があるのか楽しみだな。コン」
「キュー!」
ルークもコンも、まだ見ぬ王都の食事に対し、期待に胸を膨らませていた。
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