夏休みが終わるまでもう少し
鏡京子視点
私は、水森先輩の弟明人君の心にどうにか私の存在を焼き付けさせたかった。でも時間があると思っていた高校生三年生の三学期は思った程彼を捕捉できなかった。
そして大学に入る為東京に出て来ている状況で余計彼との距離は離れてしまった。これでは私の計画が水の泡になる。
水森先輩に頼んで彼の状況を教えて貰ったところ、非常に攻めるに良い状態と判断した。一条さんは心に傷を負い、明人君は責任感で彼女を見ている。
一条さんには可哀想だけど、恋愛は奪い取った方が勝ち。二人が同時に喜ぶ世界ではない。ごめんね一条さん。
そこで水森先輩に彼と会うセッティングをして貰った。後は彼の心の中に強行手段で入り込むのみ。
もしこれが失敗しても次の手がある。でも……ふふふっ、彼は思い切り私を……。
そして、彼にいくつかの約束をさせる事が出来た。
一つ目は月に二度必ず私と会う事。会う事が出来れば色々出来る。
二つ目は一条紗耶香の事を細かく教えてくれる事。一応これは表面上明人君の精神面が心配だという表向きな言い回しだが、実際は敵情を入手する事で対応が可能になる。
三つ目は毎週必ず連絡をくれる事。これで明人君の状況や一条さんのリアルタイムな状況が把握できるし、私をアピールできる。継続こそ力なりだからね。
四つ目は約束というよりお願い事だ。私の大学のどの学部に入るか教えてくれる事。聞いたところ彼も理学部だという。出来れば私と同じ三類にして欲しいけど途中で変える事は出来る。
そんな事もあり次の日も会えた。もちろんして貰った。私は容姿はもちろん体にも自信がある。だから彼に思い切り私の体を焼付させる事が出来たはず。
何故会えたかと言うと一条さんが体調不良で会えないと言う事らしい。天は私に味方をしてくれている。
今度会えるのは九月第二週、楽しみだ。
…………。
戻ります。
俺達は塾の夏期特別講習もこなし、今日も紗耶香と一緒に第二回の全統記述模試を終えて一緒に帰宅途中だ。流石に今年の夏休みは疲れた。
鏡先輩といい色々有り過ぎた。
今思っても先輩随分強引だったけど俺が同意した事には違いない。紗耶香の事を思うと……。
でもなあ、あの時の事考えると無理だよなあ。入り口で揉めてたら周りの人から変な目で見られるし。入ったらいきなり洋服脱がれて…。忘れよ。
「紗耶香、疲れたな。後二日で夏休みも終わりだ。明日明後日遊ぼうか」
「うん、いいよ」
最近は、紗耶香は前の様に普通に話してくれている。
「何して遊ぼうか」
「明人、映画でも見に行く?」
「そうするか」
「そうしよう」
俺は紗耶香の家まで送って行くと
「明人」
まだキスまでだけど、最近は彼女の家の前で別れる時はちょっとだけ唇を合す。もちろん右を見て左を見てもう一度右を見て誰もいない事を確認してからだけど。
「ふふっ、明人ありがとう。じゃあまた明日ね」
「うん、明日は何時がいい」
「午前九時半に迎えに来て。最初に映画見て食事しよ」
「そうだな。じゃあ」
明人の姿が見えなくなってから家に入った。
「お母さん、ただいま」
「お帰り紗耶香。模試どうだった?」
「うーん、まだまだかな。もっと頑張らないと」
「そう、でも水森君と一緒でしょ」
「うん」
水森君のお陰で随分紗耶香の心が落ち着いて来た。あの子には感謝の気持ちしかない。出来ればこのまま一緒になって貰えばという気持ちになってしまう。
お母さんとの食事も終わりお風呂も入って、自分の部屋で今日の模試の見返しをしているとお父さんに呼ばれた。
「紗耶香、話が有るんだが」
「何?」
「今更思い出させるような事で悪いんだが、石原と高橋の両方から示談の話が有った。刑事罰の罪を少しでも軽くしたいんだろう。
だが、私としては自分の娘にあんな事をした人間を許すわけにはいかない。慰謝料は当然請求するが、厳罰にして欲しいと思っている。
でも私が勝手に決める訳にはいかない。紗耶香の気持ちを教えてくれないか」
「お父さん、私はなるべく早くあの事を忘れたいだけ。話にも出したくない。だからそうなる方を選びたい。お父さんに全部お願いしたい」
「分かった。紗耶香がこの話に触れるのは最小限になる様にするよ」
「ありがとう。もういい?」
「ああ」
あの人達は私にとってもう亡霊の様なものだ。早く消えて欲しい。
自分の部屋に戻った私は、せっかく明人と明日明後日楽しく遊べるという思いでいたのに嫌な事が蘇ってしまった。
お父さんが悪い訳じゃない。あいつらが悪い。早く忘れたい。そうすれば明人とも…。
翌朝、明人が迎えに来た。
ピンポーン。
ガチャ。
私はドアを開けるなり
「明人おはよう」
「お、おはよう紗耶香。今日も可愛いね」
「行こうか」
「えっ、もう良いの」
「うん、明人が来たら直ぐに出れる様にしておいたから」
紗耶香は胸元が少し開いた淡いブルーのトップスに薄いベージュのジャケット、茶色の膝下まであるスカート。それに白のスニーカを履いている。胸元には俺が送ったペンダントが付けられている。とても可愛い。
俺は紺のTシャツと黒のジーンズと黒のスニーカだ。俺センス無い。
紗耶香の後ろにお母さんが出て来た。
「水森君、おはようございます。紗耶香を宜しくお願いします」
「はい」
はっきりと言った。
「紗耶香行こうか」
「うん、お母さん行って来るね」
「行ってらっしゃい」
駅に行く途中
「昨日、お父さんからあの事の件で話が有った。向こうの二人が刑事罰を軽くする為に示談を申し込んで来たんだって。
私はもうあの事思いだしたく無いし、なるべく関わりたくない。全部お父さんに任せるってお願いした。私間違ってないよね?」
「紗耶香、示談で刑事罰が軽減されるとか難しい話は分からないけど君の気持ちが少しでも早くあの事を忘れる様にするのが僕も一番いいと思う。俺はそれだけだよ」
「うん」
「二人で早くあの事忘れよう紗耶香」
紗耶香は今度は何も言わずに頷いた。
午前十時二十分からの映画に間に合った。魔法界の映画だ。結構有名な作品。とても楽しく話が進んでいる。
私は明人の左に座っている。映画を見ながら私の右手を明人の左手にそっと添えた。彼は映画を見ていて何も反応しない。
少し強く握ってみた。あっ、彼は映画を見ながら自分の右手を私の添えた手の上に持って来て私の手を彼の手から離すともう一度彼の左手に添えた。
えっ、彼の手の平が私の手の平と会う様になった。ゆっくりと彼がお互いの指と指の間を合せる様にしてくる。人差し指、中指、薬指と一本ずつ。いわゆる恋人繋ぎ。
胸がドキドキする。なぜだろう。周りが暗いからかな。目は映画を追いながら心は彼の手に集中している。
ずっと握っていてくれる。しっかりと握ったり柔らかく握ったり。何か堪らなくなって来た。仕方なく私は自分の左手も彼の左手に添えてその動きを止めた。
これ以上、手でそうされると体が我慢出来なくなってしまう。
映画が終わった。場内が明るくなったけど直ぐには立たなかった。半分以上の人が出て行った時、やっと二人で立った。
「明人、お腹空いたね」
なるべく気持ちが分からない様に言ってみた。
「そうだね。俺もお腹空いた」
映画館の地下にある少し辛い麺を食べさせてくれるお店に入った後、私は明人の顔をじっと見て
「明人、私の家に来ない」
本当は怖かった。もし明人がしてくれなかったら、彼よりあいつのが良いと体が感じていたら、こんな事して明人に嫌われたら。
でも彼は、言ってくれた。
「うん、行こうか」
さっきの明人の手が勇気をくれた。
―――――
裁判における内容については、専門的な事なので詳細は省かせて頂きました。民事にて示談とする事により刑事罰を軽減させるという話はあるようです。
ご理解の程お願いします。
明人と紗耶香元に戻れると良いですね。
次回をお楽しみに
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