皇太子
「ひっ!」
私が1番会いたくなかったその人は、恐ろしいほど綺麗な笑顔を浮かべている。
「ででで殿下っ!」
なぜか私を見る殿下の笑顔が怖い…。
獲物を狙っているような…、私は捕食者に狙われた小動物の気分になる。
気は乗らないが、挨拶をしなくてはならない。
「初めましてラース殿下。ルビア・ノースレッドと申します」
「ああ。貴女でしたか。そうじゃないかと思っていました」
「?」
今、殿下の口から私を知っていたような答えが返ってこなかっただろうか。
私の名前を聞いて殿下はなぜか納得したようだった。でもおかしい。私のデビューと彼のパーティー欠席が重なり今まで一度だって会ったことはない。
それに、皇帝の最側近である父は、自由奔放な私が迷惑がかからないようにと思っているのだろう、殿下と顔を合わせないように殿下の出席するものには全部私を参加させなかった。私も今では参加しなくてよかったとお父様に感謝している。だから、なぜ殿下は会ったことはない私のことを知っているだろう。
私が疑問を抱いていることに気が付いたのか、そんな私に答えを教えてくれる。
「ああ、小さい頃に貴女のことはよく公爵から聞いていました。ずっと会いたいと思っていたんです。なのに公爵はなかなか会わせてくれなくて」
会わなくていいのよ。お父様ナイス!
………ん?ちょっと待って。そもそもの話、元はと言えばお父様が私のことを話したから殿下が興味持っちゃったんじゃないの?
ちなみに何を話したんだろう…。怖いけど、確かめないと。
「ち、父はなんて…?」
「天使だと言っていましたよ。仕事では一切妥協をせず、笑顔を見せないあの公爵が貴女のことになると人が変わったように幸せそうに話すんですよ」
お父様⁉︎ちょっと何してくれてるの!天使とか小っ恥ずかしいこと言わないでよっ!
………あれ、でも殿下が言っていたお父様は私が知っているお父様の像とは違う。確かに、筆頭公爵たるもの堂々とした一面は感じていたけど、家では温厚で優しくてよく笑顔を見せてくれる。
「…あの、それ本当に父ですか……?笑顔を見せないって…」
「ええ。本当です。貴女の話になると一瞬にして公爵の顔が緩むんです。あなたに会ってみたいと思う十分な理由になります」
まさかお父様が家と仕事では全然違うだなんて。
「は、ははは。そうですか…」
乾いた笑いを零す。
なりより殿下が私に興味を持っていることに危機を感じる。
これ以上接点を持ちたくない。早くここから立ち去らないと。
周りを見ると、こちらに視線を向けている。今回婚約者を選ぶ皇太子が1人の女性に話しかけているんだ、私たちに注目しない方がおかしい。キラキラさせた視線とトゲトゲとした刺さるような視線、どちらも痛いくらいに私に突き刺さる。
「…では、私はこれで……」
「ちょっと待ってください。まだ話は終わってませんよ?」
げっ…。もうみんな見てるし、早く解放してほしいのにっ。
「で、さっきの話ですが、何が関係ないのですか?」
―――ドキッ。…やっぱりそれか。なんとなくその話をされるのではないかと思っていたけど…。ちょっと忘れてくれたりしないかなーと期待していたが無駄だった。
とりあえず一回忘れたフリをしよう。もしかしたら見逃してくれるかも…。
「…ナ、ナナ、ナンノコトデショウ?」
……まずい、冷静を装ったつもりが、動揺してカタコトになってしまった。
殿下の顔を見ると、逃がさないという強い意志が感じられる目で私を見ていた。だからその黒い笑顔が怖いんだってばっ!
…簡単に見逃してくれるほど、甘くはないか。
―はっ!まさか、関係ないって言った前の心の声まで、聞こえてた…?無意識に声に出しちゃってた説ない私⁉︎…終わったかもしれない。
皇太子の婚約者になりたい人はモノ好きとか、私は皇太子妃になりたくないとか色々言っちゃったよっ。
「あのー…、もしかして最初から聞こえてたんじゃ…」
「ん?いいえ?関係ないという言葉しか聞こえませんでした」
っよし!っあっぶない。不敬罪で捕らえられるところだった…。
そうよね、もし聞こえてたら話しかけられた時点で捕まってるわ。
で、ここからどうしよう。なんて答えようか。当たり障りなく軽く流してもらえるような…。
「特に大したことではないですよ?あー、…最近私のメイドがドレスを製作してみたいと言っていまして。モデルになってほしいと頼みこんでくるんですが、正直なところ私はドレスにあまり興味がなくて…、それでちょっと嫌だなという気持ちを込めて関係ないと言ったんです」
嘘だけど嘘じゃない。ドレス好きが高じて、リヤが最近ドレスを製作してみたくて私にモデルを頼んできていることは本当だ。ただ、関係ないって言ったこととは違うけど…。
「ふぅ〜ん。そうですか。モデルとは…大変ですね」
意外にもあっさりと信じてくれた。疑われてもっと訊かれるかと思っていたから、少し拍子抜けする。
もうそろそろ帰してくれるだろうか。
「…あの、そろそろ…」
「ああ、君の大事な時間を奪って申し訳ありませんでした」
殿下はそう言って颯爽と去って行く。またしてもあっさりと去っていったことに、さっきまでの迫ってくる勢いとのギャップに拍子抜けしつつもほっとする。しかし私は見逃さなかった。去り際最後に見せた殿下の顔は、何かを企んでいるような笑みを浮かべていた。
(…怖っ、何だか分からないけど身の危険を感じる)
この勘は当たっていたことを私は後で知る。
そんなことこの時の私には知る由もなく、残りの料理を食べ尽くし会場を後にするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ラースとルビアの初会話でした!
もうかれこれ10話ちょいになりましたが、ラースの登場がこんなに遅くなるとは…。