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第14話 さようなら語彙力

 閉ざされていた扉を開けて、荷台の外に足を踏み出す。

 真っ暗な空、ほんのりと照らすのは紫色の光。初めて見る光景に光の元を追ってみれば、そこには淡く光を放つ赤と青の月が仲良く浮かんでいた。


「――ああ、これは夕方だよ」


 空を見つめたままの私に、ノエが思いついたように告げる。ノクステルナには赤と青の月があって、赤い月が浮かぶのは昼間、青い月なら夜という考え方をする。でも夕方と明け方には一時的に二つ空に浮かぶ時間帯があり、赤と青の光が混ざるから空が紫色に光るのだ。


「話には聞いてたけど、初めて見た」

「いつも夕方は昼寝してるもんな」

「うるさいっ」


 からかわれて、荷台を降りる時に繋いでいた手を力いっぱい振り放す。

 馬車を乗り降りするたびに思っていたのだけれど、さり気なく手を貸してくれるノエって元は貴族の紳士とかだったりするのだろうか? ……いや、貴族はないな。品がないわけじゃないけれどちゃらんぽらんだもの。貴族でも放蕩息子なら有り得そうだけど。


「夕方と朝はどうやって見分けるの?」

「……空気の感じ?」

「なんかごめん」

「なんで謝った」


 ノエはなんでも知っているような気がしていたけれど、そうでもないんだなと思ったんだ。

 でも確かに、私も夕焼けと朝焼けの写真を並べられたらちょっと迷うかもしれない。たまに凄く淡い夕焼けもあるし、逆に真っ赤な朝焼けだってある。空気の匂いを嗅げば分かるから、多分ノエが言っているのもそういうことなんだろう。


「さて、空ばっか見てないで行くよ」


 そう言うと、ノエは私の荷物を持って歩き出した。彼の向かう先――今まで見ていたのとは逆側にあったのは、とても大きなお城のような建物。見た瞬間にこれがラミア様の家なんだと理解した。だってラミア様って偉いっぽいじゃん。立場的にお城が似合いそう。

 今からここに入るのかとドキドキしていると、何故かノエはまっすぐそちらには向かわずに馬車の先頭へと向かう。なんでだろうなと思っていると、日本語ではない言葉で何か言っているのが聞こえてきた。

 これはありがとうだったかな? ノエに教えてもらった吸血鬼の言葉を必死に思い出す。


「ほたる?」

「あ、うん!」


 止まっている私を呼ぶノエの声に、記憶を辿るのを中断して慌ててその後を追いかける。

 既にノエはお城の方に歩き出してしまっていたので、馬車を通り過ぎる時に私は横目でちらっと何があるのか見てみた。ら、人がいた。普通に。


 考えてみれば当たり前だ。馬車には馬を操る人が必要なんだから。

 休憩の時に荷台の外には出たけれど、ノエに急かされ馬の方には回っていなかったから気付かなかった。

 ありがとうと言いたかったものの、さっきの言葉で本当にいいか分からないので軽く頭を下げる。すると相手は片手を上げてくれたので、多分伝わった……と信じたい。


「人いるなら言ってよ!」

「言わなくても分かるだろ」


 言わなきゃ分からないよ! こちとら馬車なんて映画の中でしか見たことないんだから!


「でもさ、姿見られてよかったの? 私もう布被ってないけど」

「大丈夫、あいつほたるの顔覚えてられないから」

「どういうこと?」

「そういうふうにしてあるの」


 それはつまりあれか、催眠ってやつか。時間差で効くとか怖すぎると思いながらノエを見ると、ノエは「じゃないと困るだろ?」と言って肩を竦めた。


「まァ、念の為ってやつだよ。それにここはもうラミア様の領地だからな。しかも居城の目と鼻の先だし、ほたるがスヴァインの子だと分かっても手出しできないから安心していい」

「ふうん?」


 ノエが言うには、これで私が一人だったらまだ多少危険もあったらしい。でもノエがラミア様の配下ということは有名で、そんな人が近くにいるのに私に手を出せばラミア様に喧嘩を売っているようなものなのだそうだ。


「ラミア様って怖いの?」

「怖いよー。ラミア様も序列最上位だし、戦争に参加してた頃は一騎当千の活躍をしてたらしいし」

「らしい?」

「俺が吸血鬼になった時には、ラミア様はもう戦争から手を引いてたからな」


 なんかそう聞くと、ノエって若いんだなーと思ってしまう。実際にはこれっぽっちも若くはないんだけど。ってなるとラミア様がお年を召されて――いや、これ以上考えるのはやめておこう。怖い人らしいし。

 というかラミア様が序列最上位ってことは、全体で言えば二位か三位なのかな? クラトスの話の時に二位はもういないって聞いたけれど、それはクラトスの親だけの話なのだろうか。


「ねえ、ノエ。ラミア様は全体だと二位なの?」

「いんや、三位よ。言っただろ? 二位はもういないって」

「いないっていうのは全員ってこと?」

「そう。血気盛んな方々ばっかだったらしくてな、大体戦争で死んじゃったんだよ」


 そう話すノエはなんともなさそうな顔をしているから、彼にとって大事な人はいなかったのかもしれない。聞いてみたい気もするけれど、答えが怖いからちょっと保留にしよう。

 それに今はもっと気になることがある。


「ラミア様が三位ってことは、四位のノエはラミア様の系譜だと一位ってこと?」

「偉い偉い、よく分かってんじゃん」

「まあね! ってそうじゃなくて、ノエってもしかして相当偉いんじゃないの……?」


 これだよ、これ。だって真祖やスヴァインはもはやいないようなものだし。ラミア様やクラトスが実質一位って考えると、ノエは二位ってことになる。え、こんなちゃらんぽらんがそんな上位にいていいの? 大丈夫か、吸血鬼。


「まあねー。つっても俺は吸血鬼全体で見ても同じ序列の中じゃかなり若いっつーか、最年少だからひよっこ扱いなんだよな。ラミア様達くらいの序列の人って、もう基本的に従属種以外の自分の子は持たないって場合が多いからさ」

「なんで?」

「さあ? クラトス様は知らないけど、ラミア様の場合は世代交代がどうたらって言ってる」

「ふうん?」


 ということは、ノエは仕組み的には偉いけど実際はそうでもないのかな。

 でも吸血鬼の序列は絶対だから、大抵の吸血鬼はノエに逆らうことができないはずだ。って考えると、この人に保護されていて良かったのかもしれない。人となりはともかくノエの近くはかなり安全な気がする。


「そういや考えてみたら俺と同世代の奴らって基本十位とかそのへんだから、序列最上位の方々の間では世代交代しようって共通認識があるのかもしれないなー」

「……ねえ、ノエって自分がかなり特殊だって自覚ある?」


 ノエはなんてことなさそうに言うけれど、ノエの序列は相当におかしい気がする。だって他のノエ世代の人たちは十位でしょ? それなのにノエの四位は異様だ。周りの最上位の人たちが世代交代で自分の子を持つのを控えていたのに、ラミア様はその流れに逆らってまでノエを吸血鬼にしたということになるし。

 なんでそこまでしてノエを? 私が疑問に思っているのが分かったのか、ノエはふむ、と頷いて口を開いた。


「俺は特殊よ。なんせラミア様直々のスカウトだからな」

「どういうこと?」

「普通は知り合い相手に吸血鬼にならないかって声かけることが多いらしいんだよ。まァ、『仲間になりませんか?』って話だから当然だな。知り合ってすぐの奴とか、知りもしない奴は嫌だろ?」

「それはそうだね」

「でも俺の場合、俺の存在を知ったラミア様がわざわざ俺を探し出して声掛けてきたわけ。しかも初対面で『人間やめない?』って話するんだから、相当俺は魅力的だったらしい」

「……へえ?」


 なんだろう、急に嘘臭く聞こえてきたぞ。なんでラミア様はノエを探したのか気になったのに、魅力的だったからと言われるとなんかまともに話を聞く気がなくなる。


「まァそんなこんなで、俺はこうして模範的な執行官として働いているわけです」

「そんなこんなの部分はどこ行ったの」

「行間を読みなさいよ。執行官として俺が魅力的すぎるって話だろうが」

「……具体的にどう魅力的なの?」

「えー、ほたるそんなこともわかんないの? 子供だなー」

「……答える気がないのは分かった」


 そしてとても腹が立ちます。

 話すのが面倒なのか、聞かれたくないのか、ノエはどう見てもそれ以上話す気がない。別にいいんだけどさ、そこまで気になるわけでもないし。

 ただ執行官として適正があった、みたいな話をされても説得力が皆無なんだよな。もっとこう、キチッとした人が言うならまだしもノエだし。執行官っていうのがどういう仕事かは未だによく分かっていないけれど、私の時みたいに司法に携わることもあるみたいだから、やっぱりノエのような人は向かない気がする。


 今だってノエは不機嫌になった私を見て楽しそうな顔をしているし。なんなんだこの男、本当むかつく。

 私はそんなノエを無視することに決めて、なかなか着かないお城に目をやった。


 さっきよりは近付いている、かな? すぐ着くと思っていたのに、もう結構歩いている気がする。どこをと言えば、お城の前の小さな森。

 ちょっと見慣れたものとは違う感じのする木をまじまじと観察したいのだけど、最初にそれをしようとしたらノエに置いていかれそうになったので詳細は分からないままだ。というわけで、よく分からない木に囲まれた道を私達はずっと歩いている。


「……結構遠いんだね」

「普通に歩くとな。でももう着くよ」

「馬車は入れないの?」

「あれはノストノクスの管理だから」


 だから私有地には入れないってことなのだろうか。でもよく分からない。だったらラミア様の馬車を使えば問題なさそうだし。


「ラミア様は馬車持ってないの?」

「持ってるよ。確かにそれだったらここに入れたけど、罪人輸送に個人の私物を使ってたら変だろ?」

「でもラミア様の馬車の方が安全な気がするけど」

「安全だけど面倒。やたら挨拶されるから」

「……なるほど?」


 そのへんは吸血鬼の文化みたいなものなのかな。ラミア様は偉いから、そういう人の馬車が通ればみんな挨拶したくなるとか?

 詳しく聞いてみたくなったけれど、口を開こうとしたところで「ほら、あれ」とノエの声が聞こえてきたので機会を失ってしまった。


「――すっご」


 森を抜けた先にあったのは、思っていたよりもずっと大きい建物。なんだこれやばい、まじお城。さようなら語彙力。

 中学の修学旅行で日本のお城は見たことがあったけれど、あれとは完全に違うヨーロッパ風のお城がそこには聳え立っていた。しかも現代に残るもののように観光地ではないからか、なんだか荘厳な雰囲気が漂っている。荘厳とかテスト以外で使う日が来るとは思わなかったよ。


「中は結構音響くから、奇声上げるなよ?」

「上げないよ!」


 待って、お城に入る時の注意事項それ?

 他にマナーとかもっと言うことあるんじゃないのと言おうとしたけれど、ノエがエルシーさんの部屋に入った時みたく普通に大きな扉を開けるものだから、私は何も言うことができなかった。

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