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第10話 せめてノックくらいしろ

「調査しゅーりょー」


 死の宣告から数日、現実感がなくてぼーっと過ごしていた私にノエは能天気に言った。



 § § §



 重厚な扉を前に、私は少しだけ緊張していた。

 ノエに連れられて来たのは裁判所ではなく、なんだか空気が重い廊下を歩いた先にあったこの場所。てっきり裁判所に行くのかと思いきや、それよりもやばいところっぽい雰囲気を放つこの扉を開けるのはなんだか恐い。と思っていたのに。


「入るぞー」


 ノエはノックもなしに扉を開けた。え、ちょっと待って。絶対偉い人がいる部屋じゃん。私への合図だけならまだしも、ノックくらいしなよ! そして偉い人にタメ口は駄目だよ!


 固まる私の背を、ノエがずいっと押す。トトト、と転びそうになった私は小刻みな靴音を響かせながらやむを得ず入室完了。ちらっと見えた調度品がはどれも高そうで、もうこれ以上何も考えないことにした。


「せめてノックくらいしろ」


 全くそのとおりです。前方から聞こえてきた言葉に心の中で返しながら、なんとなく聞き覚えのある女の人の声に顔を上げる。


「よく来てくれた」


 うっわ、金髪美女。ノエといいこの人といい、吸血鬼は顔選抜でもあるんですか? って思ったけれど、私も吸血鬼一歩手前だったことを思い出して偶然だろうと思い直す。そんな身の程知らずなこと思えないもの。


「えっと……」

「そう緊張するな。取って食いやしないさ」

「エルシーが怖いんだよ、ほたるは」

「黙れノエ。権限剥奪するぞ」

「うっわ職権濫用」


 なんだろう、仲良しなのかな。エルシーと呼ばれた美女は多分偉い人なのだろうけれど、ノエとの会話を聞いていると二人は友達のような印象を受ける。でもノエの権限を剥奪するって脅してるから、彼の上司的な? うーん、なんだかよく分からない。

 そんなことを考えていると、エルシーさんは軽く髪をかき上げてこちらに向き直った。こんな仕草までいちいち美人だ、凄い。


「神納木ほたる、お前に種子を与えた者の調査が終わった」

「えっ、あ、はい!」


 急に名前を呼ばれ、身体に緊張が戻る。エルシーさんの声は凛としていて、話しかけられるだけで背筋が伸びる気がした。

 けれどその声以上に私を緊張させたのは、彼女の言った内容だった。最初は別に答えさえ出れば結果なんてどうでもいいと思っていたけれど、この間のノエとの話を思い出すともうどうでもいいなんて思えない。

 だって私は死ぬのかという問いに、ノエはこう答えたのだ。


『放っといたら近いうちに死ぬ。でも発芽させるか、種子を取り除くかすれば死なない』


 発芽させるというのは極力避けたい。何故ならそれは私が吸血鬼なってしまうということだから。

 なら残された道は種子を取り除くことだけ。今すぐできないのかとノエに問えば――。


『種子を取り除けるのは植えた親本人か、それよりも序列の高い吸血鬼だけだよ』


 もしくは親が死ねば、種子は力を失うらしい。発芽していれば関係ないけれど、発芽前の種子は植えた吸血鬼の身体の一部みたいなものなのだそうだ。だから連動するし、序列も植えた本人と一緒。

 ということは、だ。私の身体から種子を取り除くには、どうしても誰が植えたかという情報が必要になる。ノエの催眠に打ち勝ったからには、彼の全体四位という序列と同じかそれより上という条件があるが、それでも二十名近く候補がいるらしい。


 だから私はこの調査結果を待っていた。前よりもずっと真剣に。

 震えそうになる手を止めながらエルシーさんを見ると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「調査の結果、このノクステルナに該当者はいない。状況から鑑みて、お前に種子を与えた可能性のある吸血鬼は一人に絞られる」


 前半の言葉にどきっとしたけれど、でも。


「あの……該当者がいないのに絞れるんですか……?」


 だっておかしいだろう。該当者なしならもうそれ以上分からないはずだ。ノエも言っていたけれど、なんで該当者がいないと誰がやったか分かるんだろう。

 そんな私の疑問を察したのか、エルシーさんはうむと口元に手を当てた。


「ノエ、何も説明していないのか?」

「おう、めんどいし」

「……何のためにお前にこの娘の保護を命じたと思ってる」


 あれ? なんか違和感。

 エルシーさんがノエに私の保護を命じたって? でもそれを実際にしてたのは裁判長で、でもエルシーさんの声には聞き覚えがあって――。


「あー! 裁判長!」

「何ほたる、今気付いたの?」


 私の叫びを聞いて、ノエが呆れたように言う。いや何も説明されてないんだから分かるはずないじゃん!


「お前は何も言わなすぎる」


 ほら、エルシーさんもとい裁判長にも言われてるぞ。

 それなのにノエはへらっと笑っていて、全く反省している様子がない。それを見たエルシーさん(裁判長より親しみがあるから名前で呼ぶ)は大きな溜息を吐いて、「私から順番に説明しよう」と話しだした。


「ノクステルナに該当者がいないということは、我々の管理外の吸血鬼なら可能性があるということだ。そして、そんな吸血鬼は一人しか存在しない」


 ああ、なるほど。消去法ということか。でも我々っていうのはノストノクス――ノクステルナの中央機関の管理外ってことで、なんか不穏な雰囲気。


「その者の名前はスヴァイン。千年戦争に停戦をもたらした、現在逃走中の罪人だ」


 なんだか思った以上に不穏だった。

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