私たちは、叶えられない【ふへん】を越えた恋をする。
恋をする。
どんな恋であろうとも、私たちは恋に溺れる運命にある。
ゆえに、恋をすることはふへん的運命の範囲内にあり、
この運命を誰もが持つこともまた、ふへんである。
どんな世界線にいても、
そこに等しく命と命があるのなら、
その運命は、当然、ふへんである。
これから何百年、何千年先の2つの命にも、
ささやかな、ふへんの恋を。
「よーし。今からプリント配るぞー。後ろ回せ〜。」またプリントが回ってくる。私はシャーペンを静かに机に置き、前髪を触る。ただ紙を受け取るだけなのに、準備してしまうのだ。あ、来る。前の席の男子がゆっくり振り返る。横顔が見えた。目が合いそうになって、思わず机上の筆箱に視線を下げる。紙を受け取りながら、とりあえず端切れの悪い会釈をしてみる。あとはそのまま無心で後ろの女子に回した。
私は人の顔を見れない。正確には、人の目を見るのが苦手なのだ。仲良くなったらいいのだけれど、今日みたいに初対面の人と顔を合わせるのは流石に緊張する。プリントを回すこと位どうってことなく感じるのだが、私の経験上、なぜか、この瞬間は目が合う確率が高いらしい。本当に。だから、この行為を繰り返す度に、精神をじわじわと削られてきたものだ。
あ〜危なっ。そう思って、パッと前を向く。その瞬間、バチっと男子と目が合った。お互いに単純な驚きと初めてという興味から、その視線を離すことができなかった。私は呼吸を忘れて、ただただその黒い瞳にとらわれる。その目は、あまりにも真っ直ぐに私を見ていた。
「じゃ、説明するぞー。締め切りは…」教室が静かになり、先生が話しだす。2人ともハッと我にかえる。男子が前を向く。私も自分のプリントをサッと持った。
びっくりした。心臓も、バクバク音をたてている。
正直、イケメンではなかったと思う。あまりよく覚えてはいないが、どこにでもいるような顔だった。けど、あの綺麗な目はよく覚えている。男子の割に、まつ毛も長かったかな。目を見た不信感なんか忘れて、全てを吸い込むような真っ黒な瞳が、脳裏に焼き付いていた。
プリントの内容や先生の話は、全く思い出せない。
チャイムが鳴って、起立する。あ、身長同じ位なんだ。なんて思いながら挨拶をする。
校舎の外に出ると、周りの景色の彩度が普段よりも高く感じる。風が吹き、公園の木がサァッーと揺れる。信号に引っかかり、大きく息を吸う。空気が美味しい。微かに花の香りがする。ふと見上げた時計の針はもう12時を回っていた。
春の正午は、こんなにも穏やかだったか。
ゆったりとした時間の、着実な進みを感じながら、大きく息を吐いて、目を閉じた。