第22話
最後の力を振り絞り、ベッドに滑り込む。
先ほどまで汗がたらたらと流れ、身体中ベドベドになっていたが、宿に来る前に 近くの小川で水浴びをしておいたおかげでベッドにすぐに横になれた。
しかし、ふと息をつけばいくつかの不満な点が湧き出す。
節約するためとは言え、食事付きの安い宿に止まったが、食事は パサパサするパンと冷え切ったスープ。
ベッドと銘打っていたにも関わらず藁を集めて布で包んだだけの敷布団に掛け布団のみ。
現実世界の文明の高度さが懐かしくなるほどに。
これからは、夜になったら向こうに戻るのは…、向こうに戻っても眠気は同じだしなぁ。
ティラもここまで粗悪な宿だと思ってなかったらしく、とっても驚いていた。
てことは、この宿の水準は低い方らしい、よかった。
そう言えば…
「ティラ、水浴びした時のあの子って…」
そう、あの時…
目に入ろうとする しょっぱい水滴を泥のなるべく付いていない指で拭う。
上下左右にフラフラと揺れる妖精の手に招かれ、流れの緩やかな川にやっとついた。
澄んだ水は、白波を立てることなく穏やかに流れ去っていた。
今日だけで、水分補給のために何度も来たが、こんなに鮮明に見たことがあっただろうか。
小川がちょうど合流した所だからか、水量も幅も大きく広がっている。
囲む小さく丸まった大小同じ形のない石が足場を不安定にするが、そんなのを気に留めることなく 突き進み、熱を発する顔に水をかける。
涼しい
ティラは ここで水浴びするように言うと、彼女も水浴びをするべく、二手に別れた川のもう一方に行くらしい。
少し低木の生い茂った上流に進めば、オヤジさんから頂いたタオルを 防具の隙間から取り出し、蒸れた空気を追い出す。
砂のついた金属と革の胸当てを外し、他にもつけている手袋などを外せば、すっかりよくなった。
まず服を洗って よく絞り、干してしまうと、次にタオルをよく洗い、体を丁寧に拭き上げていく。
背負っていた鞄から新しい服を小ざっぱりした体に着せる。
川の水をそのまま飲むのは良くないと言うが、一々火を起こして煮沸するわけにはいかないので、手でコップを作り飲む。
欲していた感覚を満たし、ふぅっと息を吐きながら顔を上げる。
対岸の上流に小さな蒼いキラキラを見つけた。
妖精?
そこには、ティラにそっくりともいえる服を着た妖精がいた。
ただ、ティラの羽は透き通る細長い花弁のような形だが、どうやら目を凝らすと まるでトンボのような透き通る羽をしていた。
見れば見るほど似ている彼女に声を掛けようをするも、彼女もこちらに気づき、弾けるように飛び去ってしまった。
まだ何も言っていないのに…
キュッとした手をゆるゆると解く。
そして、僕の名前を呼ぶ声に応え、宿に向かうことにしたのだ。
「ティラは直接会ってないけど、僕が水浴びしてた時に ティラに瓜二つの妖精の女の子がいたんだけど、ティラは知ってる?」
僕の言葉に大きく反応する。
「傀!その子をどこで?!」
「え…、水浴びしている時、対岸の上流にいたんだ」
「そう、ちゃんと…!」
ギュッと祈るように、喜びを噛み締める。
涙を堪えているようにも見える。
「その子を知ってるの?」
ティラは重苦しく口を開く。
「その子は多分…、私の妹」
「妹?!」
「そう、双子の妹」
似ているとは思ったけど、衝撃的な事実に驚きを隠せない。
「じゃあ、どうして…」
どうして、そんなにも嬉しそうなのか
あの時言っていた行く場所とは
妹なのに会ってなかったのか
聞きたいと言う欲望が考えるよりも先に言葉を発した。
……ごめんなさい
苦々しそうな表情をした彼女
踏み込んではいけないような、境界を超えてしまった感覚。
久しく感じていなかった拒絶。
「っごめん」
すぐさまに謝り、隠れるように掛け布団を頭まで被る。
そして、嫌な雰囲気のまま眠りに落ちた。




