第2話
手にかいていた汗をズボンで拭うと、一番近い棚から300円で買えそうな駄菓子がないか探し始める。
雑に貼り付けられた値札を見て、見たこともない様なお菓子の山に、どれにしようかと当てもなく指先が行ったり来たりしてしまう。
そうこうしている内に見終わった一つの棚から別の棚の方へと移動すると、そこには 昔よく食べた10円で買えるお菓子が置いてあった。
特に棒スナ(棒スナック)シリーズを小学校の頃に頻繁に食べていたけど、見慣れたパッケージもあるが、その棚にあったのは 見たことのない味だらけだった。
ウロウロと二つの棚の前で行き来し、どこか急かされているような感覚に焦りを覚える。
他の棚もあるが、店中を回るのは気が引けるものだ。
手前二つの棚を彷徨っていると、一番奥の棚隅の陰にも棒スナが置いているに気がついた。
どうして一つだけ別の場所に置いてあるんだろう、と奥へと向かう。
なんだろう、これ
少年はそれを手に取り、なんと言う名前の商品なのかパッケージを見てみるが、掠れてしまって読めなくなっていた。
他の棒スナ_少なくとも全ての駄菓子の袋には、大抵 キャラクターやデザインがあるものだが、これには全く何もない。
このお菓子、大丈夫なの?
怪しさを感じる反面、少し食べてみたいと思っている自分がいた。
手を開いたり 握ったりを何度か繰り返すと、少年は微かな勇気を奮い立たせ、レジのあるカウンターに向かう。
「150円…、本当に買うかい?」
と、お婆さんは少し驚いた様子で少年の顔を覗き込む。
その言葉に再び迷いが生じたが、カウンターに出した後 やっぱり買うのをやめるのは気が引けるし、何よりも少年の気持ちは そのお菓子への好奇心で胸がいっぱいだった。
何味なんだろう?
こくりと首を縦に振り、ちょっと湿った200円をカウンターの上に置いた。
お婆さんは少年からの200円をレジに入れると、50円玉を手渡す。
そして、少年はお菓子とお釣りを受け取り、「ありがとうございます」と小さく会釈しながら店を出ようと出口へ向かい出した瞬間、
「ちょっと待ちな」
と、お婆さんが少年を静止する。
ぴたりと立ち止まった少年は、お婆さんの方をゆっくりと振り返り、何かあったのかとじっと見つめる。
お金は払ったし、お菓子も受け取った。
ましてやお釣りを受け取り忘れたわけでもない。
「上がってお茶でも飲んでいってくれ」
考えもつかない様な言葉に少年は訳が分からず戸惑う。
しかし、お婆さんのあまりの真剣そうな眼差しに、少年は逆らえず、頷くと部屋の奥に上がることにした。
靴を脱ぎ、きちんと靴を揃えると、お婆さんの後に続いて障子を跨ぐ。
そこには祖母の家に似た雰囲気の和室が広がっていた。
使い込まれ、少し日焼けした畳に、木目が浮き出た綺麗なテーブル、分厚い難しそうな本が沢山入っている本棚。
お客さんが来たら直ぐに気付けるように居間と繋がっていたんだ。
勧められるままに、座布団に正座をする。
お婆さんが慣れた手つきで急須に茶葉を入れ、テーブルに備え付けられた給湯器でお湯を入れているのをじっと眺める。
そして、少し茶葉を蒸らすと二つの湯呑みに 緑黄色の透き通った緑茶が淹れられ、その一つが少年の前に置かれた。
小さくお礼を言うと、湯呑みを手に取り 取り敢えず飲んでみる。
「あちっ」
舌を火傷してしまった。
ヒリヒリする舌を口の中でモゴモゴと動かしてみるも、意味はない。
お婆さんはゴホンと咳払いを一つする。
そして、少年と目と目を合わせると、重々しく口を開いた。
「異世界に行きたくないかい?」
「ぇ、え?」
その一言に少年は耳を疑った。