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必ず13階層で隠れるおじさん 前編

 モノリスに赤い鎧を着た女の子の走る姿が映った。

 あ! またあの子来てる……。


 昨日も見かけた、見習い剣士の女の子。

 名前はレイナ、綺麗な蜂蜜色の金髪が印象的だった。


「おはよう、ピオ。また、あの子? ほんと毎日感心だねぇ」

「え? 何? ぼ、ぼく、女の子なんて見てないよ」

 慌ててモニターから目を逸らし、フンゴ・オンゴを撫でる。


「ふ~ん、じゃあ私は外に食材を調達に行ってくるからね」

 マーゴはニヤニヤと僕の顔を舐めるように見た後、奥の部屋へ歩いて行った。


「いってらっしゃい」

 ふぅ……、あードキドキした。


 さて、全フロア目視確認も終わっちゃったし……手持ち無沙汰になってしまう。

 フンゴ・オンゴは、ぴょんっとサイドテーブルの上から飛び降り、どこか部屋の隅に消えてしまった。

 部屋の探検にでも行ったのかな。


 僕はマーゴが淹れてくれたコーヒーに口を付けながら、何か面白い事はないかなぁとモノリスに目を戻した。 

 すると、岩壁に張り付くように移動する、挙動不審なオジサンを見つけた。


「あれ? 確かこのおじさん……昨日もこの階層にいたよな?」


 冒険者というよりは道具屋の主人といった雰囲気で、お腹もぽっこり出ているし、お世辞にも強そうには見えない。


 名前はハロルドさん、二つ名は無し。

 装備も皮製の軽量鎧に、短剣と木楯という必要最低限レベルだ。


 ハロルドさんは辺りを警戒しながら、岩壁に沿って奥へ進んでいる。

 ソロでこの装備だと……、素人目で見ても厳しそうだと思う。


 僕はマスターノートを開いて、13階層の情報を探してみた。


「お、あったあった、これだな」


 13階層は少し変わった地形で、フロアの中に大きな湖がある。

 その湖には人魚が生息し、その容姿と歌声に惹かれて見物に来る冒険者も多い。


 中でもローレライという人魚は飛び抜けて美しく、多くの冒険者を虜にしてきたらしい。

 残念ながらローレライは既に死んでいて、今はローレライの娘であるメローナが人魚達の中心(センター)的存在だという。


 ふぅん……なるほど……。

 僕は書かれた文字をさらに指でなぞった。


 えーっと、人魚の肉には神秘的な力が宿ると言う迷信があり、いまだ高値で取引されることから狩られることも多い。ファンの中には、冒険者から人魚を守る『ガーディアンズ』なる武装グループもいる、か……。


 んー、自警団みたいなものなのかな?

 その他にも、巨大昆虫のリッジホッパー、大蝙蝠、ジャイアントキャタピラー、ワーウルフ、角兎など様々な魔物が生息しているようだ。


 これらを踏まえて見ると、なおさらハロルドさんの行動が不可解に思えて仕方がない。

 冒険者が通りかかると、ハロルドさんはすぐに岩陰に身を潜めてしまうのだ。


 魔物と戦う気が無いのは良いとして、どうも他の冒険者を避けているような気がするなぁ……。

 人魚目当てでもなさそうだし、その異常なまでの警戒っぷりは、まるで盗掘家のようだった。


「この人、一体……何をしてるんだろ?」


 * * *


「ねぇ、メローナ、今日も来てるわよ」

 人魚の一人がそっと耳打ちすると、周りの人魚達も一斉に口を開いた。


「ホント……気持ち悪い」

「メローナに魅了されるのは仕方ないにしても、あのオッサン私たちにまで変な目を向けてくるのよ?」


「あ~嫌だ嫌だ、毎日毎日、あの岩陰からこっそり覗かれてるかと思うと、気持ちよく歌も唄えやしない」


 人魚達に囲まれるメローナは岩陰を見つめ、眉間に皺を寄せる。


「そうね……、まったくその通りだわ」


 *


 話し声と足音が聞こえてきた。

 ハロルドはさっと岩陰に身を潜め、やり過ごす。


「おい、今日はメローナ唄わねぇってよ……」

「マジか……、最近、何か元気もないんだよなぁー」


「人魚にもストレスとかあんの?」

「そりゃあんだろ? はぁー、でもメローナ出ねぇんじゃ応援しがいがねぇなぁ」


「ばか、ミレーユでいいだろ! あの"たわわ"が見えねぇのか? あれはもはや奉られるべき"たわわ"だ!」

「俺はどっちかというと小ぶりな方が……」


 話し声が遠ざかっていく。

 ハロルドは短く息を吐き、岩陰から外の様子を覗いた。


 温和で争いごとが嫌いな性格のハロルドが、この階層に通い始めて、もう一年ほどになる。


 最初はダンジョンに入るだけでも、おっかなびっくりであったが、人間という者は環境に順応するのだと、ハロルドは自分自身を通して実感した。


 今では13階層まで、魔物に出くわさないルートを開拓するまでになっていたのだ。


 しかし、肝心の13階層は隠れられる場所が少なく、人魚の湖があるせいで、訪れる冒険者達も多い。

 ハロルドは毎回、身を隠すのが大変だった。


 ふと湖に目を向けると、湖面に突き出た岩に座っていた人魚達が、一斉に湖の中に飛び込んだ。

 以前は手を振ってくる人魚もいたが、最近はハロルドが見ると何故か姿を隠してしまう。

 人魚達は皆、輝くように美しい。

 だが、ハロルドの目的は人魚ではなかった。


 ハロルドが目を細める先には、一体の若いワーウルフが立っていた。


 *


「「みんなー! ありがとー!」」

 ステージ代わりの岩の上で、たわわを揺らしながらミレーユが両手を振る。


「「うぉー! ミレーユー!」」


 湖の縁では大勢の冒険者達が、熱い声援を飛ばしていた。

 その冒険者達を監視するように、高台から武装したガーディアンズが目を光らせている。

 湖に飛び込む冒険者がいようものなら、すぐさま取り押さえる手筈になっているのだ。


「もぐもぐ……なんでメローナは……もぐ……出てこないんだ……」


 筋金の二つ名を持つ、ガーディアンズリーダーのアキモトが携帯食を囓りながら呟く。

 すると、隣にいたシバが口を開いた。


「噂で聞いたんですが、何でもメローナさんはストーカーにあってるとか……」

「なにっ! フゴッ⁉ オホッ! オホオホッ!」


 アキモトは涙目でむせながら、水を飲んだ。


「だ、大丈夫っすか⁉」  

「ぷはーっ! だ、大丈夫だ、てか、今の話本当か⁉」


 ぐいっと近づくアキモト。

 ただでさえ小柄なシバは、アキモトの巨体に隠れてしまう。


「ほ、ほんとっす、ちょ、アキモッさん、近いっす」

「お、おぉ、悪い悪い……」

 アキモトが少し離れると、シバはホッとした表情で「あざっす」と小さく会釈をした。


「ソースはメローナさんと親しいカミラさん経由っすから、信憑性は高いっすよ」

「ってことは、おい……メローナがストーキングされてるってことかよ⁉」

 アキモトがシバの胸ぐらを掴む。

 シバの身体が簡単に宙に浮いた。


「ちょ、ちょちょ、アキモッさん、マジ落ち着きましょう! く、苦しいっす!」


 足をバタバタさせて、手をタップするシバ。

 アキモトはパッと手を離した。


「シバ! こうしちゃいられねぇ、このステージが終わったら、そいつ探し出して潰すぞ!」

「オホオホッ! りょ、了解っす!」


 喉を押さえながら、シバは涙目になって頷いた。

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