不思議な茸 前編
「うひょー、やっぱり高レベルパーティーは強いなぁ!」
モノリスに映し出される冒険者達の活躍を見ながら、マーゴに作ってもらったおやつを囓った。
「もうちょっと塩気があった方が良かった?」
「いや、ちょうどいいよ?」
うん、ポリポリと小気味よい歯ごたえ、小麦のような香ばしい匂いが口の中に広がる。
やっぱマーゴって料理上手なんだなぁと感心しながら、僕は他の階層の様子に目を向けた。
「あ!」
「ど、どしたの?」
マーゴが一瞬ビクッとなって僕を見た。
「あ、いや……何でもない。ごめんごめん、あはは……」
あぶないあぶない、思わず声に出てしまった。
うわぁ、今日も来てるよ~。
可愛いなぁ……。
低層でボーンナイトと戦う少女。
彼女の名前はレイナ、レベルは3で見習い剣士だ。
蜂蜜のような透き通った金色の髪に蒼い瞳。剣士とは思えないほど華奢だけど、とにかくいつも頑張ってる。
ついつい応援したくなっちゃうんだよなぁ……。
「ピオ?」
「え⁉ な、何?」
マーゴがじーっと僕を見つめている。
「あの子、気になるの?」
「え? い、いや、別に、そ、そんなことないよ? ただ、ちょっと見てただけっていうか……」
僕はしどろもどろになりながら誤魔化した。
「ふーん、ひょんなに隠さなくても……いいのにょに……」
マーゴはニヤニヤと笑いながら、口いっぱいにお菓子を頬張っている。
うぅ……顔が熱い。
「オホン! えーっと他に異常はないかなぁーっと……ん?」
話を逸らそうと別の階層をチェックしていると、背後に違和感を覚えた。
振り返ると、鳥型の彫像の眼がビカビカと点滅している。
「あ! 光ってる⁉」
「ほんとだ、ピオ、早く早く、行くよ」
マーゴは慌てて彫像の前に立った。
僕も食べかけのお菓子を置いて、マーゴの横に立つ。
『やあ、ごきげんよう、ピオ・マホロニア、それにマーゴも』
「「お疲れ様です!」」
『さてさて、どうだい? 上手くやってるかな?』
「はい、だいぶ慣れてきました。コアにも毎日欠かさず魔力を供給してます!」
『それは何より』
そうだ、折角だから色々聞いておこうかな……。
「あのー、ダンジョンの中は自由に行動していいんですよね?」
『外にさえ出なければ大丈夫だ』
「例えば、ダンジョンの中で、冒険者と話をするのは……?」
『助けなければ構わんよ、ただ、おすすめはしない。一度繋がった縁を切るのは辛いぞ?』
「……」
『その辺の判断は君に任せよう、あと、近々このダンジョンの階層が増える。しっかり対応してくれたまえ』
その言葉を残して、彫像の光が消えた。
「え……、いま階層が増えるって言ったよね?」
「たぶん、ピオが供給した魔力の効果が出て来たのさ」
「へぇ~そっか、それはちょっと楽しみ」
どのくらい増えるのかな?
今が365階層だから……400階層くらいかな?
それから、僕はキッチンでマーゴと珈琲でも飲んで一息つくことにした。
はぁ……、何か頭では理解できても、何か、こう、モヤモヤするなぁ。
あまり、考えない方が良いんだろうけど……。
「そうだ! そういえばマーゴって、たまに外に行ってるけど、今度、僕も一緒に行って良い?」
「いいよ、至高の存在もOKしてたし」
「やったぁ!」
マーゴは顎にふわふわの手を当てて、少し考えるような仕草をした後、僕に尋ねた。
「んー、じゃあ、夕飯の材料集めもあるし、今から行く?」
「行くーっ! 行きますっ!」
*
――タチカワダンジョン365階層。
僕とマーゴがマスタールームを出ると、巨大な鍾乳洞のような空間が広がっていた。
うわぁ……ちょっと、ひんやりしてる。
薄暗いけど、思ったより見えなくはないな。
「へぇ~、やっぱ広いね!」
「うん、もっと広がると思うけど」
マーゴは岩壁にある、綺麗な装飾が施された扉の鍵を掛けた。
「この扉がマスタールームなんだよね?」
ただの岩壁に扉があるって、何かへんな感じがする。
「そ、ちゃんと鍵掛けとかないと、泥棒が入るかもしれないから」
「ど、泥棒……」
ここ最下層だし、流石に泥棒はいないと思うけど……。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
僕はマーゴにくっつきながら歩いた。
なんたって最下層だし、どんな魔物に襲われるかわからない。
「ピオ、君は襲われないから大丈夫だよ?」
「あ、そっか! そうだった……あはは」
そうだそうだ、魔力供給してるお陰で襲われないんだっけ……。
最下層というからには、凄い罠とか神話級の魔物や巨大ゴーレムが並んで……なんてのを想像してたけど、何てことは無いただの洞窟に見える。
まあ、これだけ広いんだし、何が襲ってきてもおかしくはないと思うけど。
「ていうか、マーゴは襲われたりするの?」
「うん、そりゃあね」
と、マーゴが答えた瞬間、背後から巨大な蛇が大きな口を開けて襲いかかってきた!
「マ、マーゴ!」
思わず目を瞑り、顔を逸らした。
あれ? 何か静かだな……。
恐る恐る目を開けると、大蛇がトーテムポールのように輪切りになって積まれていた。
「ま、マーゴさん……⁉」
「ん? ほら、見て見て、今日はデスオロチの唐揚げにしよっか?」
「デ、デスオロチ!」
な、何て物騒な名前してるんだ、この大蛇は!
僕が呆然と輪切りのデスオロチを眺めていると、血に濡れた爪を舐めながらマーゴが呟く。
「肉っ気はこれでOKだね。んー、もう一品欲しいかなぁ」
ちょ……ど、どんだけ強いんだろう……マーゴさん……。
そりゃあ、至高の存在の眷族っていうくらいだから、薄々そうかなって思ってたけど。
「ピオー、サラダ用の野菜も採りにいこうか?」
そう言ってマーゴは、デスオロチの輪切りをひょいと持ち上げ、首から斜めに掛けた鳥のマークが入ったサコッシュに突っ込んだ。
「え!? それってマジックアイテム!? てか、力すごっ……!」
マジックアイテムは何種類か見たことがあるけど、こんな小さな収納アイテムは初めてだ。
「ん? あぁ、これね、便利だよ。このマークも気に入ってる」
マーゴは少し自慢するようにマークを見せた。
恐らく、至高の存在の彫像をイメージしたものなのかな。
中々シンプルで格好いい。
「さ、こっちこっち」
マーゴはぴょんぴょんと岩に飛び移りながら、ダンジョンの中を進んでいく。
「あ、待ってよー」
遅れまいと、慌ててマーゴを追いかける。
悪路にもたついていると、マーゴが不思議そうな顔で僕に言った。
「何で飛ばないの? ピオ、魔術使えるんでしょ?」
「え? いや、飛行術なんて高度な魔術は……」
僕が地上で習ったのは、基礎魔術だけ。
ダンジョン討伐から戻ったら、じっくり高度魔術を研究する予定だった。
というのも、報償として国立図書館の秘匿文献の閲覧許可が下りるはずだったのだ。
「まあ、その桁外れな魔力なら、そんなの必要はないのかもね」
マーゴの差し出した、もふっとした手に掴まり、岩場の上に登った。
「討伐遠征が終わったら、研究しようと思ってたんだけど……」
「そっか、まあ飛行術は使うと格好いいからね、覚えたくなるのはわかるよ」
「え⁉ マーゴ使えるの?」
「うん、便利だし。そうだ、マスタールームにある魔術書を読むと良いよ。おすすめは『マスター・マジック・マニュアル大全』かな」
「そんなのあるんだ⁉ 後で絶対読もっと……」
ニシシと笑うマーゴの後に付いていくと、森があった。
突然、線を引いたように洞窟と森が分かれている。
「こ、これ、どうなってるの……?」
僕はしゃがみ込んで境界線の部分を指で触った。
「ん? 珍しい?」
「ていうか、こんなの見たことないよ。この境目は、何が基準になってるんだろう?」
「いいからいいから、早く行くよー」
「あ、うん」
森の中はちょっともわっとしてて、湿度が高い。
たまに鳥の鳴き声が、遠くから聞こえてくる。
「あったあった! ほら、これが『かきくケタス』っていう野菜だよ」
マーゴの指さす場所に、丸っこい薄紫色の野菜が密集していた。
「これ、色は綺麗だけど、美味しいの?」
「うん、そのままでもシャキッとした歯ごたえがあるし、煮ると甘味が増すんだ」
「へぇ~、それは楽しみ!」
かきくケタスを三玉採って、マーゴはサコッシュに入れた。
「あれ? 見て見てピオ、この茸面白いんだよ」
マーゴが木陰に生えていた大きな茸の前に立つ。
「凄く大きいね?」
「これはフンゴ・オンゴっていう、ダンジョン茸の中でも変わった性質を持った茸さ」
大小大きさはまちまちで、傘の部分は、赤白の派手な水玉模様。
中でも一番大きなものは、僕の背と同じくらいあった。
「いいかい? ちょっと見てて」
そう言うと、マーゴはサコッシュから黄緑色のジョウロを取り出した。
「これは魔力を溜められる道具なんだ」
マーゴが目を閉じ、ジョウロを両手で挟むようにして持つと、ジョウロの中にピンク色の透き通った水が湧いてきた。
「ふぅ、これくらいでいいかな」
「そ、それって……」
「このピンク色の水が、僕の魔力水さ。ピオが来る前は、これで僕が代理でコアに魔力を供給してたんだよ」
「そうなのっ⁉」
只者ではないと思っていたけど、やっぱり凄い猫……いや眷属なんだなぁ。
「まあ、臨時的なものだからね。魔力量は全然足りてなかったけど」
あははと照れくさそうに笑って、マーゴはフンゴ・オンゴに魔力水をかけた。
茸の傘に当たって、ピンクの飛沫がキラキラと虹色に輝く。
すると、フンゴ・オンゴがぼんやりと光を纏い、ぐぐんっと大きくなった。
「お、おっきくなった!」
「へへ、どう? フンゴ・オンゴは、ダンジョン中に流れる魔力を栄養に育ってるんだけど、こうして直接流し込むこともできるんだ」
「面白そう! 僕も良いかな?」
「いいよー、はい、これ」
僕はジョウロを受け取ると、 マーゴと同じように両手で挟み込んで目を閉じた。