100年前の言葉
ま、まずい……。
僕は自分の迂闊さを呪った。
さっきからレイナは、僕のフードマントを物珍しそうに眺めている。
ていうか、何で見えるんだよっ⁉
おかしいな……、魔術は間違ってないはずなのに。
「あの、冒険者の方ですよね?」
上目遣いでたずねてくるレイナにドキッとして、思わず声がうわずる。
「しょ、そ、そうですが、何か?」
恥ずかしくて死にそうになるが、レイナは気にしてないようだった。
「私、レイナっていいます、実は冒険者を目指しているんですが、最近ちょっと伸び悩んでて……」
そうか、確かにレベルは上がっていないよなぁ。
まぁ、当然と言えば当然かな。
この付近の魔物から得られる経験値では、レイナのレベルに見合わない。
そろそろもう一、二階層下に下りるべきなのだ。
「それは……」
と、言いかけて、僕は思った。
これって、手助けになってしまうのかな?
うーん、助言くらいなら良いと思うんだけど……。
一応、念には念をいれておくか。
僕はレイナから顔を逸らして、
「これは独り言ですが、レベルが上がりにくくなったら、一段下の階層に下りてみるのがいいかもですね。独り言ですが……」と呟いた。
「……やっぱり! そうだったんだぁ!」
レイナの顔がぱぁっと明るくなった。
「あの、お名前を訊いてもいいですか?」
「え……、その、ピオっていいます」
あ、本名言っちゃった……。
「ピオ? へぇ、救世主さまと同じ名前なのねー」
「へ? 救世主?」
間抜けな声で返事をすると、レイナはきょとんとした顔で俺を見た。
「決まってるじゃない、タチカワの救世主、神童ピオ・マホロニア。偉大な魔術師様よねぇ~、ピオも小さい頃に絵本で読んだでしょ?」
「絵本で……、あ、あぁ、そうだったかなぁ~、あは、あははは」
何だ? 何がどうなってんの?
僕、絵本になってんの?
一人で狼狽えていると、レイナが呟くように言った。
「嬉しい」
「え……?」
「私、冒険者の人とこうやって話したの初めてで……、いつもね、あ! 私の家、武器屋なんだけど、お客さんで来る冒険者って、おじさんばっかで全然相手にしてもらえないの」
「そうなんだ……」
「ねぇ、ピオはいくつ? 声からすると、たぶん私と同じくらいじゃない?」
「僕は……14才です」
「へぇー、私よりも若いんだ! 私は16才だから、ピオよりお姉さんだね?」
そう言って、屈託のない笑みを浮かべるレイナから、僕は目が離せなかった。
「ピオは何階層まで進んでるの?」
「え? あ、ああ、えーと、10……くらいかな」
「え⁉ ソロで? 凄い、もしかして魔術とか使えるの?」
「い、いや、そんなには……」
「でも使えるんだ⁉ すごいなぁーピオは。私なんて練習したけど全然、だから剣の練習ばっかり」
レイナは苦笑して、小さく肩を竦めた。
ど、どうしよう。
このままだと、楽しくて余計な事まで口走ってしまいそう……。
「あ! ごめん、用事があったんだ! じゃ、じゃあ、急ぐから……」
「あ、うん……こっちこそ引き留めちゃってごめんね。じゃあ、またね」
レイナは小さく手を振った。
僕はぺこりと頭を下げ、ダンジョンから帰るフリをして、また奥に戻った。
慌てて、300階層まで駆け下りてから、岩場に座って休憩をした。
まだ、少しドキドキしてる……。
綺麗だったなぁ……、おっと、駄目だ駄目だ!
しっかりしなきゃ、さっきは危なかったぞ。
あまり接触するのも危険な気がするし、今後は気を付けないと……。
でも、何で透明化が失敗したんだろう?
僕はずっとそのことを考えながら、マスタールームに戻った。
*
夕飯はお魚だった。
一口サイズの切り身をカリッと揚げていて、爽やかな香りのするタレでいただく。
ジューシーかつ、タレの酸味がたまらない。
ごはんが自分でも驚くほど進んだ。
「大丈夫、ピオ? そんな急がなくても……」
「え? あ、いや、美味しくてつい……」
「ふふふ、嬉しいこというねピオは」
「ホントだよ、マーゴの料理は不思議だけど、とっても美味しいものばっかりだし」
僕はふと、レイナとのことを思い出す。
「……」
「どうしたの?」
「実は今日、ダンジョンであの女の子と少し話をしたんだけど……」
僕はマーゴに透明化が失敗した事を話した。
「ふぅん……なるほど」
マーゴは腕組みをして、頷きながら考え込むように目を閉じた。
「原因がわからないんだよねぇ、あの時、確かに内面的ビジョンを投影したはずなんだけど……ん⁉ これうまっ!」
小鉢に入った野菜の漬物だが、程よい塩気に深みを感じる。
こんなのまたごはんが進んじゃう……。
「あ、それね、特別なぬか床に漬けてあるんだ、自信作だよ」
「ヌカドコ……? よくわかんないけど……、うん、後味もさっぱりしてて最高!」
僕はポリポリと漬物を囓りながら、ごはんのおかわりをした。
「恐らく……潜在意識下で、ピオはあの女の子と仲良くなりたかったんだと思う。だから姿を消すことができなかったのかも」
「え、そうなのかな?」
「内面的ビジョンなんて、一番、潜在意識に影響を受ける部分だからね」
「そっかぁ、上手く行くと思ったんだけどなぁ……」
「ふふ、でもピオ、仲良くなるのは良いけど、助けちゃダメだよ?」
「あ、う、うん……それは気を付けてる」
「そう、なら良かった」
「そうだ! あと何か変なこと言っててさ、僕が絵本になってるって言うんだよ、ははは」
「……んー、なってても可笑しくはないのかなぁ、あれから結構時間が経ってるしね」
「そりゃそうだよねぇ……え?」
*
僕は自分の部屋に戻り、マスターノートを開いた。
レイナと話してしまったことや、透明化が上手く行かなかったことなども書き記して、ノートを閉じた。
もし、僕の行動でダメな部分があれば、至高の存在からお達しがあるはずだ。
「はぁ……」
それよりも、まさか僕が死んでから100年も経ってるなんて。
てっきり、一瞬の出来事だと思っていたのに。
だからどうしたって話なんだけど、ショックだな……。
街もすっかり変わっちゃってるのかな?
あの時、一緒にパーティーを組んだ人達は、さすがにもう生きていないだろう。
僕に魔術を教えてくれた先生達も、恐らく……。
僕の周りには、マーゴのように、何でも話せる人は居なかった。
でも、思い返してみると、皆、僕の事を大事にしてくれていたんだ。
あの時のジルドレオさんの言葉、やっと意味がわかったような気がする。
「大切なもの……か」
フンゴ・オンゴが照らす天井の星空が郷愁を誘う。
ちょっとだけ、寂しい気持ちになりそうだったので、僕はあまり考えないようにして布団を被った。
「さ、今日はもう寝よう……」
僕は布団の中から手を伸ばし、スタンドランプ代わりに部屋を照らしていたフンゴ・オンゴを「もういいよ」と優しく撫でた。
すると、ふっと部屋が暗くなり、僕はそのまま眠りについた。