Oh! ゴタンダ・ダンジョン‼ 結
「あ、あの……、そのアイテムを」
恥ずかしそうにシェリルさんが手錠に目を向ける。
あ、ああ、これを掛けろってことなのかな?
って、えええええぇーーーーーーーーーーーっ⁉
どういうこと⁉
「その……ピオさま、恥ずかしいので、早くしていただけると……」
てか、何でそんな格好する必要があるの⁉
意味わかんない!
「えっとシェリルさん、すみません、普通にはできないんです?」
「わ、私はサキュバスなので、変換するにはこうしないと……ごめんなさいっ!」
シェリルさんは顔を真っ赤にして、目を潤ませている。
「わ、わかりました! じゃ、じゃあ……」
ピオ・マホロニア、変に考えるからおかしいんだ!
これはダンジョンの危機、人助けなのだ!
よ、よし!
僕はそっとシェリルさんの細い手首に手錠を掛けた。
――カチャリ。
すると、手錠が輝き、空中に文字が浮かび上がった。
「ピオさま……そのメニューから『変換』を選んで触れていただけますか?」
「あ、はい」
どういう魔術かわからないけど、僕は言われるがままに、浮かび上がった文字の中から『変換』を選んだ。
「で、では……私の肩をお持ちいただいて……、魔力を注入していただけますか?」
「は、はい……わかりました」
むむぅ、このアングルは目のやり場に困る!
シェリルさん、露出が高すぎるんだもん……。
――あ、そうだ!
僕は革袋から防寒用のマントを取り出して、シェリルさんに掛けた。
「ピオ……さま?」
「あ、いや、寒いかなぁーと思って……、じゃあ、始めますね?」
華奢な肩を掴み、僕は自分の魔力を流し込んだ。
「きゃふぅっ⁉」
シェリルさんの身体がビクンと震えた。
「え⁉ だ、大丈夫ですか?」
つ、強すぎたかな?
「だ、大丈夫です……す、すごい魔力、こんなの初めてで……くっ!」
「あ、あの、一旦止めますか……?」
「いえ、頑張ります! 早くコアを正常に戻さないと……」
「わかりました!」
僕は再び魔力を流し込む。
金色を帯びた魔力が、シェリルさんを通して黒色に変色し、コアに流れ込んでいくのがわかった。
「すごい……本当に変換できるんだ」
「も、もう少しです……ピオさま」
「が、頑張ってください!」
「で……! できましたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」
プシュ~っと空気が抜けるように、シェリルさんの身体から力が抜けた。
「お、終わったのかな……?」
ぐったりするシェリルさんを、どうして良いかわからずオロオロしていると、コアを見たマーゴが、
「うん、もう大丈夫そうだよ」と言った。
「う、うぅ……ん」
「大丈夫ですか⁉ 今、手錠を……」
僕は手錠を外し、マーゴと一緒にシェリルさんをソファまで運んだ。
*
ソファには、すっかり元気になったシェリルさん、その隣にはゴタンダ・ダンジョンマスターのラウさんが座っている。
「この度は、ワシの不手際で本当に申し訳なかった……ピオ殿、それにマーゴ殿、まっことかたじけない」
そう言って、ラウさんが深々と頭を下げた。
小柄なお爺ちゃんで、とても優しそうな人だけど、頭には大きな角が生えていた。
何でも、鬼人と言うとても強い種族なんだそうだ。
もしかして、人間のマスターって珍しいのかな……。
確かにコアに供給する魔力量となると、人には難しいのかも知れない。
少なくとも、僕が今まで会った魔術師の中には、できそうな人物は思い当たらなかった。
「もう、お身体の具合はよろしいんですか?」
「それはもう、ほれほれ」
「ちょ⁉ オーナーっ! やめてください!」
ラウさんはシェリルさんのお尻を撫でている。
「……」
と、その時、白虎の彫像の眼がビカッと光った。
「おぉ、至高の御方じゃな」
至高の存在じゃなくて御方なのか……。
呼び方は決まってないのかな?
僕たちは席を立って、彫像の前に並ぶ。
『諸君、ご苦労であった』
「大変ご迷惑を掛けて申し訳ない、この通り、魔力は回復しましたゆえ、どうぞご容赦を」
ラウさんは手の平の上に黒い球体を作って見せた。
球体からは、凄まじい魔力を感じる。
ただのお爺ちゃんに見えるけど、やっぱ凄いんだなぁ。
『うむ、今後、このような事が無いよう努めてくれたまえ。さて、ピオ・マホロニア、いやはや君のポテンシャルには驚かされるばかりだよ。ラウに代わり、礼を言おう』
「いえ、そんなぁ……へへへ」
『そこでだ……、今は魔術を熱心に勉強しているようだな?』
「あ、はい、魔術書を読ませてもらってます」
『うむ、では今回の褒美として、『バベル』への入館を許可しよう』
「バベル……?」
「やったね、ピオ! すごいよこれは!」
マーゴがポフッと背中を叩く。
「おぉ……バベルとな⁉ 伝説の書架、この世の叡智が集う場所。よもや、実在しとるとはのぉ……」
『もちろん実在する。バベルは私のプライベート書架だからね』
「い、良いんですか?」
『ああ、構わない。その代わり、業務は滞りなく』
「わかりました!」
『それでは、ピオ・マホロニア、マーゴ、ご苦労であった、タチカワダンジョンへ転送……』
「ちょっとだけお時間を!」
シェリルさんが横から口を挟んだ。
『どうしたのかね?』
白虎の眼がカッと光った。
「少しだけ、ピオさまにお別れを……」
『うむ……いいだろう』
シェリルさんが、僕をぎゅっと抱きしめた。
「もぎゅっ!」
い、息ができない……!
おや? 何だか魔力を吸収された気が……?
シェリルさんがパッと離れた。
「あ、ごめんなさいっ! ちょっと吸っちゃいました!」
「ぷはーっ! いや、大丈夫です、ははは……」
シェリルさんは困り顔で笑って、手を差し出した。
「ピオさま、本当にありがとうございました。また、いつかお会いしましょう」
「はい、いつか……必ず」
僕はその手を取り、固い握手を交わした。
『では、もうよいな?』
チカチカッと白虎の眼が光る。
「はい、ありがとうございました」
「ふぉふぉ、ではお二人とも達者でな」
「お元気で!」
「さようなら」
次の瞬間、僕とマーゴはタチカワダンジョンへ戻っていた。
「ふぅ~、疲れた~」
椅子に座っていたコピーゴーレムの僕とマーゴが立ち上がり、僕たちの元へやって来た。
「留守をありがとう」
マーゴが握手をすると、ゴーレムは部屋の隅に戻り、石像に戻った。
「こうやって、片手で握手すると元にもどるんだよ」
「へぇ、なるほど……」
僕も自分のゴーレムに「ありがとう」と、握手をした。
おぉ~、ホントに戻っていく。
バベルに行けば、こういう魔術の事も勉強できるかも知れない。
へへ、楽しみ楽しみ……。
「ちょっと休もうよ。コーヒーでも飲む?」
「うん、ありがと」
モニタールームの椅子に座ると、フンゴ・オンゴがぴょんと膝の上に飛び乗ってきた。
「あ、ただいまー。あとで魔力水あげるからね」
言葉がわかっているのか、フンゴ・オンゴは嬉しそうにサイドテーブルに飛び移った。
「はい、おまたせー」
マーゴがトレイにコーヒーを乗せて持ってくる。
うん、やっぱり家が一番だ……。
あれ? 僕、いつの間に家だと思ってたんだろう。
「どうしたの、ピオ?」
「え? あ、ううん、何でもない。コーヒー美味しいね」
「ふふふ、特別な日用の豆を使っちゃった」
マーゴがチロっと可愛らしい舌を見せる。
「そうなの⁉ 大事に飲もっと……」
僕は両手でマグカップを持って、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。