Oh! ゴタンダ・ダンジョン‼ 転
マーゴと二人、暗いダンジョンの中を歩く。
「ちょっと、暗くて見えないよね? 照明魔法使う?」
そう尋ねると、マーゴの目が闇の中でニャリーンっと光った。
「私は夜目が利くので問題ないけど、ピオは?」
「ここまで暗いと見えないかな……、ちょっと明るくするね。――ライトボール!」
僕は光球を五個作り、上空に飛ばす。
半径五メートルくらいの視界が開ける。
――その瞬間、マーゴがシャーッと牙を剥いた。
『……この階層に来客とは、何年ぶりだろうか?』
ライトボールの明かりが届いていない闇の向こうから、何かが歩いてくる。
「だ、誰⁉」
現れたのは見るからに凶悪そうな魔人だった。
青色の肌に、4本の腕、神話に出て来そうな格好で王冠を被っている。
『何だ……童ではないか。それに……猫? まさか、ここは最下層だぞ……』
ブツブツと呟く魔人。
それを見たマーゴが、
「何だ、そんなに凄くなさそうだね」と僕にコソッと耳打ちした。
「そうなんだ? へー、じゃあ、僕覚えた魔術試したいんだけど……」
「いいんじゃない? 食べられなさそうだし」
『……何をコソコソとやっている? そうか、恐怖で何もできぬのか、ククク……仕方あるまいて……、冥途の土産に我が名を教えてやろう、我は……』
僕はちょっと緊張しながら、マーゴに覚えた魔術を披露する。
「じゃ、いくね、見ててよマーゴ」
目を閉じ、僕は両手を身体の前に出した。
魔力を体内で循環させ、練り上げながら詠唱を始める。
「……我、発するは神の言葉の光、それ、すなわち不動の瞬間、神と向かい合った速度――」
『お、おい……、貴様、何をしている……』
両手の中に、超高圧縮された蒼い光が輝く。
「太陽の子宮に巻き付けられた純銅の螺旋……八つの雲間を貫き、立ち塞がりし者に光の洗礼を与えよ」
『あ、あの……君? ちょ、う、嘘だろ⁉ や、やめ……』
「――日輪の瞬き――」
凄まじい閃光と共に、右半分の岩場が消し飛んだ。
プスプスと溶けた岩が赤い水溜まりとなって点在している。
『あ……な……』
魔人は口を大きく開けたまま、フリーズしている。
「ありゃ、外しちゃった……」
「もうちょい左だったね、でも初めてにしてはちゃんと使えてる。詠唱も噛まなかったし」
「へへへ……ありがと」
やった、褒められちゃった。
頑張って、マスター・マジック・マニュアル大全を読み込んだんだもんね。
これが第三位階だから……うん、練習すれば全然イケそうだぞ!
「じゃ、急ごう」
「あ、どうする、あの魔人」
「いいよいいよ、リリースしてあげな」
「そうだよね、うん」
僕とマーゴはいまだフリーズしている魔人の横を素通りして、アイテム保管庫を目指した。
『な、なんだったのだ……いまのは……。もしや、我以外の新たな階層主が誕生したと言うのか……』
ピオ達の後ろ姿を見つめながら魔人はぎゅっと拳を握った。
『今はまだ力が足りぬ……、あの光に対抗するには、さらなる闇を求めねば……』
現階層主、ベリアルは踵を返し、闇の中へと消えていった。
「それにしても、全然美味しそうな魔物がいないね……」
マーゴはしょんぼりしながら辺りを物色している。
「ま、まあ、しょうがないんじゃない? あ⁉ マーゴ、あれかな?」
少し先の岩壁に装飾の施された扉が付いていた。
マーゴとドアを見上げながら、僕は革袋から保管庫の鍵を取り出した。
「これっぽいね……開くか試してみよう」
鍵を差して回すと、ガチャンと重い音が響いた。
マーゴと顔を見合わせ、ドアを開ける。
「おじゃましまーす……」
中は真っ暗だった。
僕はライトボールを部屋の中へ移動させる。
「わぁ~、すごい!」
「へぇ! これは壮観だね」
部屋の中はかなりの広さで、大きな木製の物品棚が等間隔にずらっと並んでいる。
まるで大きな図書館のようだった。
「ねぇ、ピオ見て! これサイクロプスの魔眼なんだけどっ……!」
マーゴは大っきな目玉を抱えて、鼻息を荒くしている。
「そ、それって……何に使うものなの?」
「え⁉ 乾燥させて粉末にするでしょ、普通」
それ訊く? みたいにマーゴが目を見開いた。
「あ、ご、ごめん……へぇ、スパイス的なものなのかな?」
マーゴは目玉を置き、しょうがないなぁと、どこか嬉しそうに説明する。
「ピオ、これは入浴剤に使うんだよ。身体が温まるし、疲れが取れる。あと、清浄効果が高いから残り湯はお掃除にも使えるんだ」
「へぇ~、それはすご……あ! そうだ、急がなきゃ! マーゴ、アイテムアイテム!」
「わ、わかった!」
僕とマーゴは手分けして、マジックアイテムを探した。
確か手前の方にあるって……ん、これかな?
これってどう見ても、悪い人を捕まえる手錠だよね……?
黒光りして重厚な感じがするけど、持ってみると軽くて柔らかかった。
「あったの?」
マーゴが口をモゴモゴさせながら寄ってきた。
「あ、うん……、ん? 何か食べてる?」
「ピオも食べる? 携帯食のクッキーだけど」
「え⁉ 食べるっ!」
手錠を革袋にしまって、保管庫を出た。
僕は扉の鍵を閉め、マーゴとクッキーを囓りながらマスタールームに戻った。
*
「戻りましたー」
マスタールームに戻ると、シェリルさんが出迎えてくれた。
「お二人とも、お疲れ様です! ピオさまはとってもお強いんですね……」
シェリルさんは、頬を赤くしながら腕を組んでくる。
――ふわっ!
ちょ、この感触は……。
「あ、あはは! そんなことないですよ! さ、さあ、コアに供給しないと!」
さりげなく腕を外し、僕は持って来た手錠を取り出した。
「そ、そうですよね……、ではこちらに」
僕達はシェリルさんに付いて、コアルームへ向かった。
コアルームの中は、タチカワダンジョンと同じような造りになっていた。
中心に大きなコアがどどーんと置かれ、神秘的な存在感を放っている。
「で、では……始めます」
シェリルさんは両手を後ろに回し、コアにもたれかかると、振り返って僕の顔を見た。
「ど、どうぞ……」
♥の付いた尻尾がクイクイッと手招きする。
「へ?」