Oh! ゴタンダ・ダンジョン‼ 承
ソファの前で正座する、僕とマーゴ。
バスローブ姿の女性は、タオルで薄紫色の髪を拭きながらジト目で睨んでくる。
とっても美人なお姉さんなんだけど……頭には巻き角が二本生えていた。
多分、亜人か魔族だ。
マーゴが耳打ちをしてきた。
「ねぇ、ピオ、私も正座する必要ってあるのかな?」
「しっ、まだ怒ってるみたいだし……もうちょっと様子を見た方が……」
僕たちがひそひそと話していると、
「で、あなたたち、一体何者なの……?」と、ソファの上から訊いてきた。
「あ、あの、初めまして、僕はピオ・マホロニア、タチカワダンジョンのマスターです、こっちは僕の助手をしてくれてるマーゴです」
「えっ⁉ もしかして至高の存在が言ってたヘルプって……」
「あ! そうそう、それ、僕達のことです!」
おぉ、誤解が解けた!
「ちょ、やだ私ったら! それならそうと、早く言ってくれればいいのにっ! ごめんなさい、てっきりただの変態かと……」
お姉さんは急に好意的になり、僕とマーゴをソファに座るよう促した。
「ど、どうも、ありがとうございます……」
へ、変態って……。
しかも、最下層のマスタールームに入ってこれる変態って……恐怖でしかない。
それに、あれは誓って不可抗力だったと思うし……。
ちょっとだけ、お姉さんの神々しい『たわわ』を思い出し、僕は慌てて記憶の映像をかき消した。
「その……、この格好じゃあれなんで、ちょっと着替えて来ても良いですか?」
お姉さんは急に恥ずかしそうにして、席を立った。
「あ、も、もちろんです、どうぞどうぞ!」
しばらくして、着替えたお姉さんが戻って来た。
「フゴッ!」
思わず鼻水が出そうになる。
洋服と言うよりは下着……、いろんなものが透けて見え、バスローブの方がまだ目のやり場に困らない。
マーゴが隣でボソッと「裸みたい……」と呟いた。
「私はここで助手をやってる、サキュバスのシェリルと言います」
シェリルさんは、愛想の良い笑顔を向け、ぺこりと頭を下げる。
さっきとは、人が変わったようだ。
「本当に良くいらしてくれました。今、このダンジョンはとても大変で……」
「トラブルらしいですね、何があったんですか?」
「実は、オーナーが魔力枯渇してしまって……、コアへの魔力供給ができず、ダンジョン内にも影響が出始めてるんです」
……魔力枯渇? ていうか、オーナー?
「オーナーさん、ですか?」
「あ、マスターの事です、つい昔のお店の癖でオーナーと呼んでしまっていて」
シェリルさんは照れ笑いを浮かべた。
昔の店って何だろう、気になるけど……何となく訊いちゃいけない気がする。
「そうなんですね、えっと、マスターには魔力量の多い人が選ばれると聞いたんですが?」
「ええ、もちろんオーナーも、簡単に魔力枯渇するような方では無いのですが、かなり高齢ですし、連日の徹夜続きで疲れが出てしまったそうで……」
「そうなんですね」
僕は魔力が枯渇した事が無いので良くわからないが、大抵の魔術師は、魔力を体内に蓄えておくのが一般的だと聞いている。
恐らく、そのオーナーさんは、一時的に体内のストックを使い果たしてしまったのだろう。
ん……高齢?
そういえば、マスターって年を取るんだろうか。
僕もこのままダンジョンの中でお爺ちゃんになって、死んじゃうのかな……ていうか、僕の前のマスターって、どうなっちゃったんだろう?
マーゴに訊けば教えてくれるのかな……?
そもそも、マスターが変わる理由って、何?
「ピオ、ピオってば」
マーゴに脇腹を突かれ、ハッと我に返る。
おっと、今は集中しなきゃ……。
「あはは……、すみません。えっと、ちなみにオーナーさんは、今どちらに?」
「今は、瞑想室で魔力を蓄えています」
「そうですか……、僕に何かお手伝いできる事はありますか?」
尋ねると、シェリルさんが瞳を潤ませて答えた。
「ええ、一刻も早く、コアに魔力を供給して頂きたいのです。ですが、そのまま供給するわけにはいかないので、私がフィルターとなります」
「フィルター?」
「はい、私は魔力の吸収変換を得意とするサキュバスです。ピオさんの魔力色をオーナーの魔力色に変換する事ができますから、その……私を通して魔力を供給していただければ大丈夫ですっ!」
何故か恥ずかしそうに俯くシェリルさん。
「やり方は教えていただけるんでしょうか?」
「はい、その為のマジックアイテムもありますので……」
頬を赤らめながら、シェリルさんは、またも目線を逸らした。
……まったく、話が見えてこない。
どういうこと?
何で恥ずかしそうなの?
「それで、問題はマジックアイテムなんですが……」
シェリルさんがモノリスビジョンにフロア内を投影させ、白く細い指で指し示した。
「ここにアイテム保管庫があるんです。最下層ですから魔物も強くて、私ではとても取りに行くことができないのです」
そこでマーゴが口を挟んだ。
「オーナーの魔力色を真似すれば襲われないのでは?」
「ええ、普段ならそうです。ですが、今はコアが不安定で、魔物が私にも牙を剥いてくる状態でして……」
「確かにそれは大変かも」
「じゃあ、僕とマーゴで取りに行こう」
「お願いできますか! ありがとうございます!」
シェリルさんが僕の手を取る。
少しひんやりとした、すべすべの手の感触に頭の中が真っ白になった。
追い打ちをかけるように、何とも言えない良い香りが漂ってくる……。
「ピオ? おーい、ピオ―?」
頬に何か柔らかいものがポフポフする。
気付くとマーゴが頬を指で突いていた。
「あ! ご、ごめん、何かぽーっとしちゃって……あはは」
「もう、しっかりしてくれないと、ほら、行くよ?」
マーゴの頭頂部の毛が少し逆立っていた。
「うん、ごめんごめん」
僕たちが出発しようとすると、シェリルさんが側に来た。
「あ、これが保管庫の鍵です、アイテムは一番手前にある、円形の輪っかが付いた物ですので、すぐにわかると思います」
「任せてくださいっ! では、行って参ります!」
僕とマーゴはマスタールームを後にした。