神童ピオ・マホロニアの初陣
数千年の時が流れた地球。
世界はダンジョンを中心に発展し、ダンジョンは人々の生活を支えている。
――Dungeon makes the world go round.
そう、今や世界はダンジョンを中心に回っている。
* * *
辺境ダンジョン都市――タチカワ。
この街で一番大きなダンジョンには、朝から大勢の人だかりができていた。
「「ピオ・マホロニアばんざーい!」」
声援の先には、前人未踏の『タチカワダンジョン100階層』を踏破するために編成された、第26期遠征探索隊が集まっていた。
手を振って歓声に応えるメンバーの中でも、一際人気を集めるのは、神童ピオ・マホロニア、若干14才の天才魔術師である。
その他にも、有名な傭兵部隊や王国騎士団、タチカワ商工会から集められた生え抜きの面子が顔を連ねていた。
「綺麗な髪色ねぇ、あんな可愛らしい子が国一番の魔術師だなんて、信じられないわ……」
野次馬に来た中年女性が、誰に言うわけでもなく呟いた。
「奥さん、あれは魔力焼けっつてな、魔力量が多い証拠なんだとよ」
隣にいた冒険者風の男が、得意気な顔でピオを指さす。
「ほら、瞳も灰色だろ? 世界広しといえど瞳まで焼けてるってのは、天才魔術師ピオ・マホロニアだけだっつー話だ」
「でも、やっぱり心配だわ、あんなに小さいのに……」
「ははは、大丈夫さ! あの子には、ここにいる皆で束になっても勝てるかどうかわかんねぇんだぜ?」
「そ、そうなの?」と、女性は目を見開いた。
「ああ、だから今年は、本当に100階層突破出来るんじゃねぇかって、賭場でも盛り上がってんだ。ほら見てみろよ、あれが初めてダンジョンに入る奴の顔か? やっぱ、ありゃぁ大物だぜ!」
その時、歓声が一段大きくなった。
「お! 出発するみたいだ、おーい、頼むぜーーーっ! 俺ぁ、お前に賭けてんだからよーーーー!」
「ピオちゃーん! 気を付けるんだよー!」
集まった人達が手を振る。
その先には、意気揚々とダンジョンに入っていく探索隊の姿があった。
*
――タチカワダンジョン/21階層・中間地点。
探索は順調に進んでいた。
列を成すパーティーの頭上には、照明魔法で作られた『ライトボール』という、イケアで売ってそうな光の球が浮いている。
一般的に長期の探索となれば、照明役の魔術師を交代制で決め、魔力枯渇に備えたシフトを組むのが一般的である。
だが、このパーティーにおいては、その一切をピオが賄っていた。
「いやぁ、あれが噂の神童、ピオ・マホロニアか、まったく……信じられないな」
遠巻きにピオを眺めていた魔術師チームの一人である火球のタケチヨが、探索中とは思えないほど気の抜けた顔で言った。
「まあ、これを目の前で見せられちゃ、俺は何のために苦しい修行に耐えたのかと思うよ」
上を向いて答える濃霧のミスタの顔を、光球が良い感じに照らしている。
「これ……ひとつ維持するのでも、結構キツいんだよな……」
「ま、お蔭で、俺達は今回、楽できるわけだけども」
「何か……自信なくすよなぁー」
タケチヨが頭の後ろで手を組み、光球を見つめている。
「ああ、まったくだ、やっと二つ名まで取ったってのに……」
二人は顔を見合わせ、同時にため息を吐いた。
*
列の最後尾付近では、パーティーリーダーである磊落のバルゴが階層地図を広げていた。
「ふむ、良いペースだな。この分だと……50階層のミノタウロス突破は最短記録になりそうだ」
「今年も一体でお願いしたいもんですな」
参謀・軍師役、深智のリンデルハイムが呟くように言った。
「どうですかねぇ、この三年は一体が続いてますから……そろそろ増えてもおかしくないんじゃねぇですか?」
荷役のシシマルが横から会話に入ってくる。
「そうだな、だが、今年は神童がいる。無尽蔵の魔力は噂通りのようだし、期待が出来そうだぞ」
そう言って、バルゴは光球を見上げた。
「ふぉふぉふぉ。ですなぁ、この老いぼれも、あれほどの才を見たのは初めてです」
「ほぉ、それほどか? ははは、これは私の代で100階層突破が叶うやも知れんな」
*
列の先頭では、前衛部隊の荒い面子がピオを囲んで歩いていた。
「あの……皆さん、折角ですけど守って頂かなくても……」
「ん? お前、ダンジョンは初めてなんだよな? ベテランの俺らが守って当然だろ?」
長槍を肩に担いだ特攻のバーチが、ピオの頭をぽんぽんと叩いた。
「でも……僕が一番強いわけですし……僕がみんなを守りますっ!」
「ま、まぁ、それはそうなんだが……」
バーチが言葉に詰まり、頬を指で掻いた。
「いくらお前さんが強くても、一人じゃ手に負えない事もある」
隣で話を聞いていた、不屈のジルドレオが口を開いた。
「それに、俺らみたいな凡人でも、自分の大切なものくらいは、自分の手で守りたいのさ」
キザな笑みを浮かべるジルドレオの言葉に、バーチは「そう言うこった!」と、ピオの頭をクシャクシャっと撫でた。
「大切なもの……」
ピオはジルドレオの言葉を、何度も頭の中で繰り返した。
大切なものって何だろう?
家族とか、友人?
それとも恋人?
んー、お金とか?
ピオには友人も家族もいなかった。
幼い頃から特別な子として育てられ、普通の子なら知っている家族の温もりや、友の優しさ、そういった物とは無縁の生活を送っていたのだ。
周りの人間は、誰もがピオを神童だと持て囃した。
だが、本当の意味で、彼と話をしようとした者は一人もいなかった。
ピオは物心ついた時からの疑問を反芻する。
使い切れないほどの魔力を持っていたとして、それに何の意味があるんだろう……。
――僕の大切なものって?
考え込むピオの肩にジルドレオが手を置くと、ハッと気付いたように顔を上げた。
「よしピオ、そろそろ階層主だ、いいか、まず俺らが先攻して動きを止める、そしたらドデカいのをぶち……。ん?」
段取りを説明していたジルドレオが、何かに反応した。
「静かに……。ほら、聞こえないか?」
「ホントだ、何だか耳鳴りみたいだな……」
辺りを見回すジルドレオとバーチ。
「暗くて見えねぇ、おいピオ、明かりこっちに増やせるか?」
「あ、はい」
ピオはライトボールを追加で創り、上の方を照らした。
「おい! 何か落ちて来るぞ!」
「な、何だあれは……⁉ 」
その時、バーチが叫んだ。
「に、逃げろ! ス、スタンピードだぁああああーーーーー!!!!」
遠くから波が押し寄せるように、地鳴りが聞こえてきた。
同時に、凄まじい羽音で大気が震え出す。
冒険者達が一斉に上を見上げると、まるで蝗の大群のようにドラゴンフライが飛び交っていた。
さらに、前方の階層主が守る扉の方からも土煙があがる。
何かが――、凄まじい数の何かが迫って来る。
「狼狽えるなぁ! も、持ち場を……」
ジルドレオの声も虚しく、周りの騒音にかき消された。
「僕の出番です、みんなを守ります!」
ピオが一歩前に進み出る。
「おい! やめろ! いくらお前でもあの数は無理だ!」
「早く逃げて! 僕なら大丈夫ですから!」
止めるバーチに親指を立て、ピオは光の防護魔法を自分の後方に展開し、巨大な光壁を創った。
続けて、襲い来る魔物の群れに向かって、広範囲攻撃魔法を展開する。
『『グルァアアアーーーーーーーーッ!!!』』
「よぉし! 来い! ライトニングアロー!」
魔物がピオに飛びかかろうとした瞬間、光の矢が群れを襲う。
ライトニングアロー自体、基礎中の基礎攻撃魔法だが、ピオが使うと全くの別物になる。
それもそのはず、この魔法は魔力量で威力や矢数が調節できるのだ。
『ゴガァア⁉』
『グゲッ!』
無数の光の矢が一斉に放たれる。
次々と断末魔を叫び、霧散していく魔物達。
……だが、それでも追いつかないほど、無限に湧いて出る魔物の数は圧倒的であった。
じりじりと押されていくピオ。
「そ、そんな……」
ピオに魔力枯渇はない。
このまま数日でも数年でも、魔法を発動し続けることが出来る。
が、しかし、戦場での経験の無さが仇となった。
ピオは上空の死角から襲い来るドラゴンフライの猛火に包まれた。
「しまっ……⁉」
咄嗟に防護魔法を自分掛けようとするが、そんなことをすれば光の防護壁は消えてしまう。
多重に複数の魔法を掛けることは、魔力量の問題では無く技術を必要とするのだ。
光壁が消えてしまえば、魔物の大群がメンバーを襲うのは目に見えている。
――ほんの一瞬の躊躇いだった。
その瞬間、神童ピオ・マホロニアは魔物の群れに呑み込まれた。