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宵の陰陽師 ~百鬼絵巻~  作者: 山岸マロニィ
8/13

捌ノ巻──先見の慧眼

 ──翌日。

 件の村へ出かけようと身支度を整えているところに、伽弥乃がやって来た。──凄まじい剣幕だ。

「ハルアキ!」

「は、はい」

「あんた、私に何かしたでしょ?」

「………」

 ──すっかり忘れていた。獏が抜いた意識を戻さなければ、永遠に眠っている。……だが、なぜ今ここに居る?

 すると、伽弥乃の背後にあやめがやって来た。──獏を連れている。

 伽弥乃の手前、ハルアキが反応出来ないのをいい事に、あやめは悠然と部屋を横切って行った。……あいつ、いつから召喚までするようになった?

「まるっと一日半寝てたのよ!──その間に、何したのよ?」

 頬を赤らめながら流し目で見てくる。

「か、勘違いするな!何もしてない!」

「なら、今からどこへ行くの?答えなさい」

 拒否のしようがなく、ハルアキはため息をついて事情を話した。

「これは仕事だ。余計な手は出すなよ」

「ふぅん……」

 伽弥乃はニヤリとした。

「手を出さなきゃ、ついて行っていいのね」

「いや、それは……」

「ダメなの?」

「………」

 ハルアキは観念して天井を仰いだ。


 ──都の外れで待ち合わせた依頼人たちに伴われ、ハルアキと伽弥乃、そして傀王丸は山道を進んだ。

「………」

 依頼人たちが傀王丸にチラチラと目を向ける。伽弥乃は「弟」と説明したが、カクカクと不器用に歩く、身の丈よりも遥かに大きい奇妙な存在を、訝しく思わない筈がない。

 しかし、伽弥乃はそれを気にする様子はなく、行楽気分の軽い足取りだ。

「ところで、その手、どうしたの?」

「……まぁ、ちょっと、な」

「あんた、昔っから鈍臭いんだから。気を付けなさいよ」

「鈍臭いは余分だ」

 ハルアキは口を尖らせた。

「……今度の仕事も、危ないんでしょ」

「………」

 ハルアキは驚いた。こう見えて、伽弥乃は恐ろしく鋭いところがある。

「無理しないで、人に頼りなよ。少なくとも、私はあんたの味方なんだから」

 そう言うと、伽弥乃はハルアキに御守り袋を手渡した。

「──何だ?これ」

「御守りよ。見れば分かるでしょ」

「……私の仕事を知ってるのか?」

「分かってるわよ、勿論。これは私からのおまじない。捨てるんじゃないわよ。いいわね?」


 ──不意にハルアキは思い出した。

 幼い頃、近所の子供たちによく虐められた。泣いている姿を見ても、大人たちは素通りしていく。

 そんなハルアキを助けてくれたのは、いつも伽弥乃だった。

 奇妙な絡繰りを持ち出して虐めっ子たちを脅して追い払った後、ハルアキを屋敷に迎え、汚れた顔を拭いてくれた。

 そして、「これは明日、良い事があるおまじないだから」と、擦り傷に軟膏を塗ってくれたものだ。

 ……しかし、そのせいで、伽弥乃もいつも一人だった。他の子供と騒いでいるところは見た事がない。道具片手に、何やら作業をしている印象しか、ハルアキには残っていない。

 その負い目から、ハルアキから伽弥乃を避けていた時期もあった。しかし、伽弥乃は意に介さずに、いつもハルアキの側に居た。

 母よりも身近な、ハルアキの一番の理解者かもしれない。


 道々、依頼人たちは村の状況を説明した。

 ──コノエの横暴に村人が困窮している中、狂信的にコノエを支持する者もおり、村の勢力は二分している。コノエの周囲は常に取り巻きに固められ、無闇に近付けない。

 取り巻きの中心となっている人物は、コノエの弟子を名乗る、千代という女。冷徹極まる性格で、コノエに対する悪口を聞こうものなら、鋸を持って断罪に来る。

「……変な動きを勘繰られようものなら、村には居られません」

「京へも、藁細工を売りに行くという名目で、そのついでに、あなた様のとこれへ寄ったのですわ」

「ですから、村へ入る時には、我々が合図をしますので、それまで隠れていてください」


 ──村の入り口を見下ろす峠で依頼人と別れ、ハルアキと伽弥乃は傀王丸を見上げた。

「……目立つな」

 そこで、薮の中に座らせて隠す事にした。

「……勝手に動き出したりしないだろうな?」

「大丈夫、触らなければ動かないわ」

 そこはかとない不安を覚えながらも、ハルアキは次の作業に取り掛かった。

 傾きかけた日の位置から方角を定めて、村の周囲の林に、呪符を配置していく。

「……何してるの?」

「魔物が村から逃げられないように、結界を張っている」

「……そんな危ないの、居るの?」

「分からない。もしもの時の保険だよ」

 しかし、結界を完成させる目前、松明の列が林に入った来るのが見えた。──全員、神職の装束を着ている。依頼人と敵対する側の勢力だろう。

「………」

 潅木の陰に二人は身を隠す。しかし、見つかるのに時間はかからなかった。

「逃げろ!」

 ハルアキは伽弥乃の手を取り駆け出した。白い装束の集団が、一斉に追い始める。

 ──だが、逃走劇は木の根が一瞬にして終わらせた。

「………!」

 足を取られて地面に倒れる。

「ハルアキ!」

 追っ手に腕を捕らえられ、伽弥乃は振り解こうともがいた。

「離せ!」

 ハルアキは抵抗するが、腕を後ろ手にねじ伏せられて歯が立たない。

「コノエ様がお待ちだ。来い」

 両脇を屈強な男たちに固められ、ハルアキたちは為す術なく村へと連行された。


 ──村の中心にある神社に着いた頃には、日は落ち、細い月が中天から見下ろしていた。

 鳥居には眩しいほどに金箔が施されている。それを潜り、整備された石畳の参道を拝殿へと向かう。

 左右には石燈籠が配置され、揺れる灯火が境内を照らす。玉砂利と庭石、樹木が見事なまでの景観を形作り、幻想的な趣を醸し出している。

 前方に鎮座する拝殿にも、漆や金で豪奢な細工が施されて、御所と見紛うばかりの美しさだ。

 ごく普通の農村には、余りに不釣り合いであり、強い違和感がある。

 ──どれだけ金をかけたんだ?ハルアキは思った。


 問答無用に拝殿に上げられ、ハルアキと伽弥乃はピカピカに磨かれた床に放り出された。

「………」

 きつく捕えられていた腕を擦っていると、男たちは後ろへ下がって平伏した。ハルアキはその視線の先に目を向けた。

 ──一段上がった御簾の向こうに人影があった。白衣緋袴を纏った女だ。白竜を象った椅子に、脚を投げ出して座っているように見える。

「妾を倒しに来たのかえ?」

 若い女の声だった。──これがコノエか。

「ならば、それは無駄というものじゃ。早々に立ち去れい」

「は、はいっ!失礼し……」

 立ち上がろうとする伽弥乃をハルアキは押さえた。

「なぜ、我々が来る事を知っていた?」

 ハルアキの問いに、コノエは拝殿に響く甲高い笑い声を返した。

「妾は千里眼じゃ。妾には全てお見通しじゃ」

「………」

 訝しく見返すハルアキの視線に気付いて、コノエは白い脚を組み替えた。

「信じぬのは勝手じゃ。だが、痛い目を見るのはそなたの方じゃ」

「それはどうかな?」

 ハルアキはニヤリと挑発した。

「おまえが千里眼だの神通力だと人々を欺き、村の財産を奪い取っていると証明すれば、おまえの方が痛い目を見る」

「……何じゃと?」

 コノエは立ち上がった。左右に控える巫女に指示して、御簾を上げさせる。

 その奥から現れたコノエは、まだうら若い娘だった。凛と着こなした巫女装束から、雪のような白い肌を覗かせた姿は、玉藻前のような妖艶さはないものの、魅入る程に美しい。

「妾を挑発するとは、いい度胸じゃ」

 コノエはハルアキに歩み寄り、紅玉の瞳で見下ろした。

「良かろう、その勝負、受けて立とうぞ」

 童女のように柔らかな頬がニッと動いた。

「では、明日、妾がそなたに神の御力を見せよう。それが嘘だと証明できれば、そなたの勝ち。証明できなければ、妾の勝ちじゃ」

「いいだろう」

「……しかし、対価が無ければ面白くない」

 コノエは手にした扇子をハルアキの肩にポンと置いた。

「万一、そなたが勝てば、この社、この村を、そなたにくれてやろう。

 だが、妾が勝った時には……」

「私の家屋敷、全ての財産を賭ける」

 ハルアキが言うと、コノエは鼻で笑った。

「貧乏人には興味は無い。妾が欲しいのは……」

 コノエは紅玉の目を伽弥乃に向けた。

「その娘の家屋敷、田畑、使用人、財産全てじゃ」

 さすがにハルアキも背筋が凍った。──そこまで調べ尽くしているとは。

「ま、待て、こいつは関係ない!」

 慌てるハルアキに、コノエは悠然と笑みを投げた。

「ならば、なぜ此処に居る?」

「………」

 コノエは踵を返し、横目を細めた。

「一晩、たっぷりと後悔するが良い」




 ──逃げ出さないようにと、閉じ込められた倉の中で、伽弥乃がため息を吐いた。

「……あんた、本物の馬鹿ね」

「何度も言うな!」

 床に投げ出した体を横に向け、伽弥乃の視線を避ける。小窓から淡い月明かりが差し込むのみの暗闇が、二人を包む。

「……で、どうする気?負けたら承知しないからね」

「分かってるさ。──負けはしない」

「何か根拠はあるの?」

 痛い視線を背中に感じつつ、ハルアキは答えた。

「あいつ、千里眼なんかじゃない」

「どうして分かるのよ?」

「………」

 「本物の千里眼を知っているから」とは、さすがに答えられない。しかし、ハルアキには確信があった。

 ──ヨミの持つ独特の「気」を、コノエには全く感じない。

 心の奥底を覗かれるような、鋭い気の波動は、盲目の導師に会う度に感じてきた。しかしコノエには、あの居心地が悪くなる程の気の流れが無い。

 ならば、奇術の種明かしをすれば良い。それには……。

「ねぇ、聞いてるの?」

 伽弥乃が苛立った声を上げた。

「悪い、少し寝ててくれ」

「……はぁ?」

 出し抜けに起き上がり、キョトンとする伽弥乃の目の前に紙人形を示す。

「………」

 途端に、伽弥乃の頭はグラッと揺れて、床に崩れ落ちた。──その背後で、獏が大きな腹を抱えてゴロリと転がった。

「……気立ての良い娘ではないか。なぜこうも邪険にする?」

 ハルアキの肩に、一葉の紙人形がポンと乗る。

「おまえに頼み事をしたいからだよ」

 紙人形──あやめは、不機嫌そうにポイとそっぽを向いた。

「都合の良い時だけ頼りおって」

「それが式神だろう?」

 ハルアキはあやめの式札を指で挟み、小窓へ近付いた。

「コノエの様子を見てきてくれ。式神なら、誰にも気付かれずにやれるはずだ」

 格子の隙間から式札を投げる。すると、薄明かりの中に鮮やかな着物姿の童女が現れた。

「……これは卑怯ではないか?」

「なら、おまえは伽弥乃の家財産がコノエに取られてもいいと言う程の冷血なんだな?」

 あやめはやれやれと首を振った。

「そもそもは、そなたの無責任な言いがかりがだな……」

「早く行けよ」

 ハルアキは中へ戻り、床に横たわった。

「戻ったら起こしてくれ」

 そして、そのまま目を閉じた。




「………」

 あやめはため息を吐いた。

 ──長年の付き合いのクズハの為だと面倒を見てきたが、正直、わがまま勝手で面倒を見切れないところがある。

 その傲慢な態度は、己の能力への自信の現れと、クズハに対する負い目に近い程の孝行心の裏返しなのだろうとは思う。

 それを理解した上でも、腹が立つ時は腹が立つ。

 しかし、式神という立場上、逆らう事もできない。

 あやめは肩を竦めた。そして、早く用件を済ませてしまおうと、境内を走った。


 植木の陰へ入る。そっと境内へと顔を覗かせると、拝殿の前、玉砂利が敷き詰められたところに、白衣に袴の男たちが集まっている。

 松明の灯りの中、男たちは何やら無心に作業をしているように見えた。しかし、この距離からでは何をしているのかまでは分からない。

「………」

 あやめは、そろりと隣の植木の裏に回った。式神状態である以上、人間には姿が見えないのだが、堂々と歩くのには、やはり抵抗がある。


 座敷童である以上、決まった座敷が行動範囲であり、屋敷の外に出る時には、式神とならなくてはならない。

 一方、屋敷内では、姿を見せるも消すも、自由に行える。──ハルアキやクズハには無効の能力であるが、来客時には使い分けている。

 見えないと分かってはいても身を隠すのは、癖のようなものだ。


 庭木伝いに、男たちの手元が見える位置までやって来た。植え込みの隙間からそっと覗く。棒やら鋤やらを手に、どうやら穴を掘っているようだ。

「……何をしておるのじゃ?」

「その言葉、そっくり返すわ」

 独言に返答をされて、あやめは飛び上がらんばかりに驚いた。サッと退がって身構える。

 あやめの目の前に、鋸を持った女が立っていた。

 朱い髪飾りで彩られた表情は、だが、氷柱のように冷たく、尖っていた。

「もう一度聞く。ここで何をしてるの?」

 あやめはハッと我に返った。

「……私が見えるとは、そなた、何者だ?」

「式神ごときに答える必要はないわ」

 女は鋸を振り上げた。

「───!」

 真っ直ぐに振り下ろされる刃を、横に飛んで寸でのところでかわす。

 その刹那、あやめは依頼人たちの話を思い出していた。

 ──千代。コノエの側仕えで、逆らう者に容赦のない断罪人。様子から見るに、その者に間違いないだろう。

 その千代が、式神を識別する事ができる。それはつまり、この者が陰陽師であるか、もしくは、向こう側の存在──。

 薙がれた二撃目が、屈んだ頭上を奔り過ぎる。砂利の上を一転し、千代から距離を置く。

 そうなると、ハルアキの考えの真実味がぐんと増す。千代が夜行の手下であり、コノエを丸め込んで事件を起こし、ハルアキを巻き込んだ──。

 踏み込んだ千代の鋸刃が、あやめの首元を狙う。砂利に身を投げて避け、すぐさま走り出す。

 ──早くハルアキに知らせなければ。異界の者が手助けするとなれば、種も仕掛けもある奇術などではない。本物の妖術を人間に証明する事など不可能だ。

 ……しかし、目の前にもうひとつの影が立ちはだかり、あやめは足を止めた。──大きな瓢箪を背負った狩衣姿の童女が、あやめに視線を投げている。

 両肩でまとめた髪が、淡い月明かりに蒼く照らされる。童女は不機嫌な口調で言った。

「吸っていいの?」

 童女は手で瓢箪を示す。

「吸うまでないわ。私が斬るから」

 千代は鋸を構えた。──逃げなければ。

 あやめは童女に体当たりした。小柄な躯体は、小さく叫んでよろめき、尻餅をついた。その脇をあやめは駆け抜ける。

 ──が、何かに足を取られて、こんどはあやめが転がった。

「クッ!」

 見ると、ボロを着た骸骨頭の妖怪が、ふくらはぎに貼り付いている。

「厄神、よくやったわ」

 狩衣の童女は立ち上がった。──手に式札を挟んでいる。

「……そなた、陰陽師か!?」

「そうよ、あなたの主と同業。……余計な事をしなければ、明日、いい勝負ができたのに。残念だわ」

 その背後から、千代がやって来る。逃れようにも、厄神があやめの行動を奪ったまま離れない。

「………」

 どうする事もできず、あやめは千代を睨んだ。しかし、千代は表情ひとつ変えずにあやめを見下ろした。

「邪魔者は帰るのよ」

 鋸刃が振り下ろされた。

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