表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵の陰陽師 ~百鬼絵巻~  作者: 山岸マロニィ
11/13

拾壱ノ巻──偸盗の罪

「──という訳だ」

 ハルアキは伽弥乃に、七宝が式神であり、普通、人にはその姿が見えないという事を何とか説明したのだが、伽弥乃は訝しげな表情を変えない。

「なら、なんで私に見えてるの?」

「それは私が聞きたい」

「賢者の石じゃな、恐らく」

 傀王丸に身を隠したあやめが言った。

「賢者の、石?」

「そうよ。お父様がたまたま手に入ったとくれたのよ。だから、傀王丸に使ったら、話せるようになったし──」

 ハルアキはチラッとあやめの式札に目を向けた。あやめは悪戯っぽく手を上げる。……伽弥乃は、傀王丸が喋っていると思い込んでいるのか。全く、鋭いのは鈍いのか、よく分からない奴だ。

「それに、……これ」

 伽弥乃は首から下げた御守り袋を見せた。ハルアキと揃いのものだ。

「これに、賢者の石の余りを入れといたの。どう?御加護があったでしょ?」

 ……道理で、ハルアキの居場所をいとも容易く見付けられた訳だ。

「確かに、幸運の加護だ。しかし、この世のものでないものまで見えるようになるとは驚いたな」

「これが見抜けたのも、賢者の石のおかげかしら」

 伽弥乃はハルアキに白い布切れを見せた。──血飛沫のように赤く染まった部分があるが、ハルアキの狩衣の片袖だ。伽弥乃とコノエに、ハルアキは死んだと思わせ、追跡を逃れようとしたのか。

「……道理で寒いと思った」

「まさか、袖を取られたのに気付かなかったんじゃないわよね?」

 鈍臭いわね、と伽弥乃に言われて、ハルアキは天を仰いだ。


 日は傾き始め、烏が淡い色の空を横切っていく。

 ハルアキ達は人足達と共に、コノエの社へ戻るところだった。

「このまま逃げるが得策じゃ」

とあやめは訴えたが、負け逃げは、ハルアキの矜持が許さない。

「それに、依頼は未だ達成していない。ここまで来て、報酬の貰い損ねは勘弁だ」


 ……ハルアキ、伽弥乃、傀王丸の姿を見ると、村人たちは家屋に身を隠した。しかし、あちらこちらから視線は感じる。

 それに構わず、一行は村道を進んで、黄金の鳥居の前にやって来た。

 ──そこには、コノエが待っていた。

「逃げたかと思えば戻って来るとは、度胸だけは認めてやろう」

 左右に神職軍団が控える。友好的とは言えない視線を、ハルアキは見返した。

「おまえが千里眼なら既に知っているとは思うが、千代、それにツユハナとかいう陰陽師は、おまえを裏切った」

「……裏切ったと、なぜ言い切れる?」

 言い返すコノエの傍らに、千代が現れた。

「私はコノエ様を裏切った事などない」

「なら、これは何?」

 伽弥乃が血染めの片袖を見せた。

「……それは、おまえとそいつを引き離すために仕組んだ事だ。手を組んで逃げられたら面倒だからだ」

「当然、妾も存じておる」

 コノエはニヤリとした。

「生憎だったな」

 ハルアキは目を細めた。──果たして、本当か?

「そなた、ツユハナの策を見抜いたようじゃな。褒めてつかわす」

「では、約束通り、報酬にこの村を頂こうか」

 ところが、コノエは薄笑いを浮かべたまま動かない。

「妾は、証明できれば、と申した。そなたの考えを、村人達に証明できるのか?」

 ハルアキの背後に、大勢の村人達が集まってきた。

「…………」

 ハルアキは言い返せなかった。当のツユハナがいなくなり、練丹術を使っていたという確たる証拠を提示できない事を、端からコノエは分かっていたのだろう。

「しかし、妾は心が広い故、この勝負を、引き分けとしてやろう。倉を壊した事も追求はせぬ。

 日が暮れる前に、引き上げるが良い」


 村人達の視線を背中に受ける。──それに、何か違和感があった。

 依頼人たちの話が真実だとすれば、ハルアキ側を支援する声が上がっても良いはずだ。しかし、遠巻きに見つめるだけで、ハルアキを応援するどころか、コノエを敵対視する意欲も感じない。

 ハルアキが負けた時、村に居られなくならないために?

 ……果たして、それだけだろうか?


 疑問に感じながらも、ハルアキは口を開いた。

「勝負と言いながら、そちら側の策だけを見せられるのは不公平だ。こちらの提案する勝負にも、乗って貰いたい」

「……ほぅ」

 コノエは扇子で口元を隠しながら、ハルアキを見据えた。

「どんな勝負を所望する?」

「透視、だ」

「…………」

「箱の中身を当てるだけの簡単なものだ。千里眼のおまえなら、造作もない筈だ」

 ハルアキはニヤリとした。

「断る理由はあるのか?」

 コノエはしばらくハルアキを見ていたが、やがて扇子をポンと畳んだ。

「良かろう。受けて立とう」


 ──即座に準備が始まった。

 適当な空箱が用意され、双方が中身を確認する。

 そして、双方が選んだ村人が二人で、誰にも見せないように中身を入れ、厳重に蓋をする。ハルアキは依頼人の代表格の男、コノエは神職軍団の一人を選んだ。


 日は陰り、闇を追い払うように松明が焚かれた。ハルアキが不正をしないよう、コノエが命じたのだろう。

 しかし、ハルアキにそのような気は全く無い。準備が進められる様子を眺めながら、燈籠にもたれていた。

「……今度は本当に大丈夫なんでしょうね?」

 伽弥乃が訝しげな目をハルアキに向ける。

「当然だ。あいつの鼻をへし折るのも間も無くだ」


 準備が整ったと、依頼人の男が呼びに来た。依頼に来た時とはうって変わり、目を合わせないように、白々しいまでに素っ気なく振る舞っている。

「…………」

 何も言わず、ハルアキは勝負の場へと向かった。


 コノエが箱の前で待っていた。

 燭台に囲まれた古びた白木の箱は、台座に置かれ、紐で縛られた上に、箱の上に重石を据えられている。中身を見るのは不可能だ。

「……始めようか」

 ハルアキはコノエを見遣った。

「おまえが先に答えていい」

 すると、コノエは自信ありげに答えた。

「餅じゃ。供物用の丸餅が三つ、入っておる」

 ハルアキはニヤリと口を動かした。

「本当にそうかな?」

「間違いない。妾の千里眼は全てを見透しておる」

 ハルアキの態度を見て、若干動じた様子をコノエは見せた。

 ハルアキは腕組みした。

「ならば、私も答えよう。

 ──この箱の中身は、空だ。何も入っていない」

「……本当にそれで良いのじゃな?」

 コノエが確かめる。

「あぁ。この場で確認すれば全てが分かる」

 コノエの指示で、重石が外される。紐が解かれ、そっと蓋が持ち上げられた。すると……。


 ──空の箱の古びた木目だけが、燭台に照らされていた。


「……馬鹿な!有り得ない!」

 コノエは叫んだ。

「この通り、何も無いのが何よりの証拠だ」

「待て!中身を入れた者に確認をする」

 コノエの目線の先で、神職姿の男は愕然としている。

「た、確かに、餅を三つ、入れました……」

「わしも、確かにこの目で見ただ!」

 依頼人の男も声を震わせた。

「しかし、ここには何も無い。──私の勝ちに、異議のある者は?」

 そこへ、千代が進み出た。

「イカサマだ!おまえは、式神を使って餅を消した。このような勝負、認められる筈がない!」

「おやおや、おかしな事を言うものだ」

 ハルアキは千代に鋭い目を向けた。

「例え、私が餅を消したとしても、箱の中身が見えていれば、それに気付くだろう。

 ──箱に入れる役の者に、餅を三つ入れるよう、予め指示をした。そうじゃないのか?」

「…………」

 ハルアキはコノエに指を突き付けた。

「これで、コノエ、おまえの神通力は嘘だと証明できた」

 コノエの白く美しい顔は、松明の灯りの中でも、青ざめて歪んでいるのが見て取れた。

「負けを認めるな?」

「……許さん!この詐欺師を捕らえろ!神に歯向かう狼藉者だ!」

 千代の号令で、神職軍団が動いた。

「そうはさせないわよ!」

 伽弥乃が傀王丸を伴って前に出る。

「早く負けを認めなさい!じゃないと、怪我じゃ済まないわよ」

 ──短い睨み合いがあった。それを終わらせたのは、コノエの声だった。

「妾の負けじゃ。この村をくれてやろう。──じゃが、その前に、そなたと話がしたい」




 ハルアキは拝殿に通された。コノエが身を預ける白竜の腰掛けの正面に、ハルアキは座った。

「……なぜ、妾がここに来たのか、知っておるか?」

 コノエは力のない声で語り出した。

「この神社は、以前は朽ち果て、忘れ去られた、貧しい社じゃった……」


 続く戦乱の渦中で、人々の心は荒み、神への畏敬の念すら失われていた。

 それを見たコノエは、この神社を立て直す事で、神の威厳、人として正しい道を、民に知らしめようとした。

 しかし、神宮に於いては浄階という役職を誇ろうとも、見ず知らずの村の人々にとっては、余所者の小娘でしかなかった。

 そんな彼らの信頼を、手っ取り早く得る手段。それが、武装した賊の侵攻を食い止める事だった。


「妾は千里眼だと謳い、入念に張った罠を使って、賊を撃退したのじゃ。

 純粋な村の民は、神通力じゃと、妾を持て囃すようになった」


 そして、村人たちは自主的に、コノエに貢物を捧げた。

 元々、自然に恵まれた場所であり、山の幸、農作物が多く供えられた。それを都に売り、コノエは神社の再建を果たした。


「当初は、質素で親しみのある、人々が憩う場にするつもりじゃった……」


 ──ところが……。

 コノエの神通力を過信した一部の村人が、こんな提案をしてきた。

「農地を増やすために、近隣の荘園の土地を、我が物にしたい」

 ……コノエは断った。しかし、その村人たちは徒党を組み、コノエを追い出そうと画策しだした。


「この村に執着をしておる訳ではない。じゃが、このままでは戦乱が広がり、皆が不幸になるだけじゃ。

 妾は、それを止めたかった」


 コノエは一案を講じた。

 大雨が降った際、水を堰き止め、敢えて軽い災害を演出した。人々は恐れ、コノエを頼った。

 コノエは言った。

「信心が足りぬ故だ。もっと妾に捧げ物をせよ」

と。


「勿論、人の信心を盗み、財産を巻き上げるやり方は、妾の望むところではない。

 しかし、挙兵を諦めさせるためには、財力を奪う事が、最も効果的なやり方じゃ。

 民達の純粋な敬意を踏みにじり、心が痛かった」


 そんなコノエに寄り添ったのが、千代、そしてツユハナだった。

 千代は、コノエの身の安全と威光を守る役割を、ツユハナは練炭術を使って、コノエの神通力を演出する役割を担った。


「……あの二人は何者なんだ?」

 ハルアキが問うと、コノエは首を振った。

「正直なところ、知らない。村の者ではない。いつの間にか居着き、私の近くに居た」

「なぜ、そのような者を信用した?」

 コノエは肩を竦める素振りを見せた。

「味方が欲しかった、からじゃろうな。どれほど精進を積んだところで、衆人の中の孤独には、勝てぬものじゃな」

 ハルアキは顎を撫でた。

「ならば、あの者がおまえに無断で私を連れ出そうとした事も、認めるな?」

 コノエはコクリと頷いた。

「私に話を合わせれば、全て上手くいくと申した故」

「連れ出した後、私をどうするつもりだったかは、知っているか?」

「はて、そこまでは聞いておらぬ」

「…………」

 コノエは自嘲した。

「信頼できる者をすら見抜けぬとは、妾はまだまだ精進が足りぬ」

 そして、コノエは立ち上がった。

「この村は、たった今からそなたの物じゃ。妾は修行の旅に出る。──宜しく頼むぞ」

「いや、それは困る」

 ハルアキは慌てて手を振った。

「私は端からそんなつもりは無い。私の目的は、依頼人から報酬を得る事。おまえを追い出す事ではない」

 ハルアキは胡座をかいてコノエを見上げた。

「この村にはおまえは必要だ。おまえはここに残れ。その代わり……」

 ハルアキはニヤリとした。

「私の依頼人が、武装派の頭だろう?

 ならば私が、再起不能なまでの報酬を、しっかりとふんだくってやる。それでどうだ?」

 コノエは紅玉のような目を細め、フフッと笑った。

「そなたは面白い男じゃの」


 その時、慌ただしく障子が開き、伽弥乃が飛び込んで来た。

「千代が逃げたわ」


 控えの間で、獏に眠らせておいたのだが、少し目を離した隙に、居なくなっていたらしい。

「…………」

 暗い部屋の隅で寝転がる獏を見ながら、ハルアキは顎を撫でた。

 ……獏の能力は、対象の魂を一時的に抜き取り、眠らせる。恐らく、千代は「この世のものではない」存在であるため、魂という概念が無く、術は無効だった。それを知りながら、逃げる隙を図るため、術が効いて眠ったフリをしていたのだろう。

 部屋の外で、傀王丸の髪を布団に、あやめが眠りこけていた。

「追いかけないと」

 伽弥乃が傀王丸を起こそうと手を伸ばした。その手をハルアキは止めた。

「夜闇の中を出歩くのは危険だ。夜明けを待とう」

 不完全だが、結界は張ってある。ツユハナ共々、容易くは出られないだろう。


 ……ところが、その目算は裏切られた。

 翌朝、結界を張った林を見に行ったハルアキたちが目にしたものは、破り捨てられた呪符だった。

「…………」

 散々の破片を拾い上げ、ハルアキは木々の向こうに目をやった。霧の中で、枝がサワサワと嘲笑うかのような音を立てて揺れる。

 想定していたよりも、遥かに強力な妖魔だったようだ。

「まぁ、最低限の目的は果たしたんだ。良しとしよう」

「それにしても、あんた、毎度詰めが甘いわよね」

「…………」

 伽弥乃の言葉を聞こえぬフリをして、ハルアキは村へと足を向けた。

「用は済んだんだ。貰うもの貰って、さっさと帰ろうぜ」

「でもさ……」

 伽弥乃もついて来る。

「コノエ、大丈夫かしら?千里眼でもないし、神通力も無いとバレちゃった訳でしょ?このまま村に残るのは、可哀想な気がして」

「自業自得だ。それに、あいつならやれるさ。ほら……」

 木々の隙間から、神社の境内が見える。そこに、村人たちが集まっていた。──手に手に、野菜や卵、甘味を納めた壺など、供物を持っている。そこに出て来たコノエは、笑顔で村人たちを迎えた。

「これから、本当の守り神になるさ」




 ──報酬金、そしてコノエからの礼の品を担いだ傀王丸を連れた、ハルアキと伽弥乃が峠道を去って行くのを、木立の上から眺めやる視線があった。

 鋸を持った女と、瓢箪を担いだ童女は、無表情で枝の上から見下ろしていた。

「……これでいいのか?」

 童女──ツユハナは、隣の千代を見上げた。

「目的は果たした。少々欲をかいたのが失敗だったが、問題はない」

「じゃあ、戻ろうか。──夜行様のところに」

 ツユハナが右手を上げる。そこから煙が吹き出し、二人を包む。

 そして、風が煙を運び去った後には、二人の姿はなくなっていた。



 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



 女は、黄昏の空に煙が流されていくのをぼんやりと眺めていた。

 燻らす煙管の白い煙を、女は羨ましく思った。

 ──あたしには、自由なんて、夢のまた夢。

 煙になって、空へ消えてしまいたい。煙管を吸う度に、女はそう思った。

「自由が、欲しいのかい?」

 唐突に声がしたが、女は驚きはしなかった。常に誰かの目がある。それは当たり前の事だった。

「……金や愛など、もう飽きた。ほんの一瞬でいい。この遊郭の外に出られるのなら、この命など、くれてやろうに」

「ふぅん、面白いね、君は」

 女は簪で飾られた頭を揺らし、後ろを振り向いた。──ところが、部屋の中に人影はない。

 直後、背後に気配がした。それは、そっと女を包む。そして、すぐ耳の傍で囁いた。

「ボクなら、君を自由にしてらあげられる」

 女は、指先の気配がある首元へ手を添えた。しかし、何の感触もない。

「……おぬしは自由だな」

「そうだよ。ボクは、全ての事から自由なんだ。──生からも、死からも」

 気配はするりと女を通り抜け、部屋を漂った。

「だから、ボクなら君を自由にできる。……その代わり、君に頼みたい事があるんだ」

 気配は女のすぐ傍で止まった。

「目が、欲しいんだ。とびきり綺麗な、若者の目が、ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ