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エッセイ

夕立のお供

作者: 仲山凜太郎

『問題です。夕方に降る雨を夕立と言いますが、それでは朝に降る雨をなんと言うでしょうか?』

 昔あった、ちょっと下ネタの入ったクイズである。

 というわけで今回のネタは夕立。


 今年は梅雨は長かった。去年がなすぎただけとも言えるが。

 私は雨が嫌いではない。どちらかと言えば好きな方だ。雨というか、水の音が好きなのだ。

 雨、川、波、滝、噴水。

 プールで人が泳ぐ音。植木に如雨露で水をあげる音。それが葉を打つ音。コーヒーを入れる音や、浴槽にお湯が注がれる音すら愛おしい。

 涼やかな音も、激しい音も。水が生み出す音は不思議と心を落ち着かせる。

 トイレで小便をする時の音などは心のみならず体もすっと楽になる。

 そんな中で、印象的な音を上げろと言われたら、私はやはり雨をあげる。

 他の音はその場に出かけたり、自分で立てるなどして、ある程度自分で聞きに行く、作り出すことが可能であるが、雨ばかりはそうはいかない。

 特に夕立は最近、聞く機会がめっきり減った。ただでさえ季節限定天気とも言えるのに、その季節になっても最近は遭遇しない。

 くそ暑い日。肌に刺すような日差し、蝉の声、いらつくような車の走行音。

 そんな中、天に分厚い雲がいつの間にか、本当にいつの間にか現れ、周囲が暗くなり。時にはそれで外灯が点くこともある。空気に雨の匂いが流れ込み、雷がゴロゴロゴロ……。

 ポツッ、ポツッ。アスファルトに大きな水滴が現れたかと思うと「バケツをひっくり返したような」とよく形容された勢いで、正に「ドザーッ!」という擬音が相応しい勢いで雨の集中砲火が始まる。

 逃げ惑う人々。慌てて洗濯物を取り込む主婦や子供達。助けもなく、雨に打たれるままの干された布団。

 10~20分もすれば、降り出すのと同じように唐突にそれは終わる。

 蛇口を堅く閉めるように突然雨は終わり、黒雲は忍者のごとく消え失せる。

 後に残るのは、暑さがすっかり消えた涼やかな空気と濡れた地面。水滴をし立たせる庭木。逃げ遅れてずぶ濡れになった人たち。再び太陽が現れても、暑さを取り戻す余裕も無いまま西へと沈む。

 そんな夕立はとんと見なくなった。

 別に突然夕立が消えたわけではない。ただ、ある時期から夕立の具合が悪くなった。加減がわからなくなったように荒れ狂い、その姿に人々は夕立ではなく、ゲリラ豪雨と呼ぶようになった。

 さらに時は流れ、そのゲリラ豪雨すらめったに見なくなった。

 先日、TVで深夜にゲリラ豪雨というニュースがあったが、夕方でない以上、夕立とは認めたくない。


 夕立の醍醐味は、やはり外にいる時に出会ってこそ味わえる。

 あれは私が社会人になって1年目のことだった。1人で外を回っていた時、時間は午後3時半過ぎ。河川岸を歩いていると、何やらうす暗くなり、まるで下痢の時に腹から聞こえるような音が天から聞こえてきた。急に空気が湿り気を帯び水の匂いが通り抜ける。

「やばい」

 そう思った時、アスファルトの道路に無数の点が打ち込まれ、一気に雨となった。

 傘など持っていない。慌てて駆け出すが、周囲は田んぼや駐車場。建物はあるが小学校だ。まさか雨宿りさせてくださいと校舎に飛び込むのも気が引ける。遠くに団地が見えるが、そこに行くまでにかなり濡れてしまうだろう。

 そこへ視界に飛び込んできたのは、昭和の匂いがプンプンするお店。こち亀の漫画にでも出てきそうな駄菓子屋に毛の生えたような店。だが、その店先にはちょっと屋根が張り出しており、塗料の剥げたベンチまである。

 ありがたいと私はそこへ駆けこんだ。

 濡れた髪を拭きながら空を見ると、上は真っ黒だが西の方は明るくなっており、きれいな境界線を作っていた。

 これなら30分もすれば止むだろうと。私は店に入った。さすがに何も買わずに雨宿りするほど図々しくはない。中は本当に駄菓子屋そのものだった。今でもこんな店が残っているのかと感心するほどだ。

 棚に並んだ袋菓子、でっかいプラスチックの瓶に入った10円菓子。アイスケース。私はアイスキャンディーを買うと、のんびり軒先のベンチに座りながらアイスを食べ、再び空を見上げる。

 西に青空が見えるのに、真上は真っ黒で雷が鳴り、猛烈な雨が地面を叩いて水たまりを作っている。なかなか見られない景色だ。

 アイス1本では間が持たなかったのでもう1本買おうとすると、店のおばちゃんが

「いいよいいよ。止むまでのんびりしていな」

 と笑って掌を振った。

 雨が止んで店をでると、すっかり熱が冷めた風が出迎えた。

 セミが再び鳴き出した。

 虹はでなかった。

 あまりにも理想的というか、印象に残る夕立で、今でも私の記憶に残るベスト夕立である。こんな夕立とはもう出会えないのだろうか。


 地球温暖化というのは、地球が「微調節が出来なくなった超ウルトラスーパー強力エアコン」になったものらしい。超暖房、超冷房、超ドライ、超送風。暑すぎ寒すぎ晴れすぎ雨すぎ。とにかく0か最大パワーかという極端な動きしか出来なくなったのが今の地球らしい。

 たまにでもいい。気持ちのいい夕立に出会いたいものである。

 もちろん、小さな店とペンキの剥げた椅子。そして安いアイスをお供にして。


 ちなみに、最初に書いたクイズの答えは「朝の雨」 いわゆる「考えたら負け」的なクイズである。


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