なんて夢だ! 俺はお布団に帰らせてもらう!
まず初めに感じたのは違和感だった。なぜそれを感じるのかもわからないまま、自分が今何をしているのか覚えていないことに気が付く。周りを見渡せば森の中にある湖の畔と言ったところで、なぜ自分がそのような所にいるのか記憶が無い。
おかしい。遡れる自信の記憶は都市部にある自宅の安いベッドに倒れこむようにして寝に入った所までであり、何をどう間違ってもこのような大自然の中に放り出される謂れはない。ドッキリという言葉が頭に過るものの、そのような事を仕掛けられるような筈も無し。
首をひねる、と同時に自分がだぼだぼのローブのようなものを身に着けていることに気が付く。勿論そのような衣装を購入した記憶も無ければ、スーツから着替えた記憶も無い。そもそも酩酊していたわけでも無いのに無意識でそのような行動に出るだろうか?
手を握ったり開いたりしてふと違和感を感じる。自分の手など観察したことは無いが、果たして今開閉を繰り返しているこの手のように小さかっただろうか。成人男性平均よりやや体格の良かった自身の手はもっとこう、ごついという表現が適切だったはずだ。
そもそもリーチが違う。手を伸ばせばもっと遠くまで伸びていた筈が、下手をすれば半分にも満たないのではないだろうか? とそこで今夢を見ている可能性に思い至る。なるほど明晰夢などというが、これほどまでに現実のように感じるのか。
そうとわかれば納得もした。見た事も無い景色だが恐らくは深層心理だとかでリラックス出来る光景を思い描いているに違いない。どうしてなかなか自然が人に与えるリラックス効果というのは馬鹿には出来ないだろう。
湖を眺めてのんびりしていると、ふと自分の容姿が気になった。童心に返るというがはてさて、自分の子供の頃の写真などは久しく見ておらず、どのような姿になっているのかはさっぱり分からない。そうして水面に映る自分の姿を見て絶句した。
そこに映るのは見た事も無い美少女であった。光り輝く、いや、最早光を放つと言っても過言ではない艶やかな黄金色の髪。蒼銀を基調とした、緑や赤の光点がまるで星空のようにきらきらと輝く瞳。ツンとした鼻立ちは可愛らしい口元と相まって、100人が100人美少女と言うだろう。
衝撃を受けた。まさか自分は深層心理では女性に成りたいと思っていたのだろうか。それも言葉を失うほどの、しかしそれとなく犯罪というワードが頭にチラつくような美少女ともなれば、倒錯した性的趣向と言わざるを得ないのではないだろうか。
たかが夢の事であると一笑に付すのは容易であるが、中々心理的外傷は深いものがあった。こうなればやけである。せっかくの夢なのだから、普段は考えられないような豪華なベッドで不貞寝を敢行したいと思う。
イメージしたのは童話に出る様な天蓋付きの最高にふかふかフワフワのやたらデカいベッドであったが、出ろと念じてみれば本当に出現するのだから中々どうして嬉しいものがある。容姿を抜きにすれば毎日見たいほどの夢だ。
飛び込んでみれば正に沈み込むという言葉が適切なようで、それでいてしっかりと反発力もあるこのベッドはどうだ。理想を体現するかのごとき至福の時間は、果たして脳内の幸福を感じる成分がドバドバ出ていそうだ。
次第に微睡みから更に薄れていく意識の端で、叶うならこのベッドで毎日眠りたいなぁなどと思いながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。夢であればその中で眠るなどという異常さに、欠片も気が付くことは無いままに。