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彼の王は成れの果てに  作者: 楢原波乱
第一章 白の首輪、枯れ木の男爵
7/7

首輪

「さて、じゃれあいはこれくらいにして……本題に入るとしようかね」

 私の降参から三分、御主人様は懐から小さな箱を取り出した。木製であることしかわからず、中身は窺えない。

「タイプは白、コードは……」

 そう言いながら御主人は箱の裏を見て、何やら数字を読み上げる。その時点で私の行動は決定していた。

 肩の痛みなど関係ない、身長差など関係ない、相手が老人であることなど関係ない。一瞬で脚に力を込め跳躍、体を捻りつつ右手で箱を持つ手首を掴み、左手で箱を奪い取りにかかる。しかし、それは叶わなかった。

 御主人様は左手を突き出してわざと掴ませ、右手に持ち替えた箱を高々と掲げる、どんなに手を伸ばしても届かないだろう。更に意識を腕に集中していたため、簡単に足払いを受けてしまった。結局腕にしがみ付くことすらできず、そのまま尻もちをついてしまった。

 奥歯を噛みしめながら御主人様を見上げる、ぎりりと奥歯がなり、頬の内側を切ったのか、少し血の味がした。

「……無謀な戦いを挑むな、さっき言ったはずだがね」

 どこか悲しげな眼で私を見下ろし、御主人様は箱から首輪を取り出した。逆光で見えにくいが、白の首輪だ。

 浮かんだ感情は恐れか、それとも怒りか、血が逆流するような激情を感じているのに、流れる血が驚くほど冷たい、背中にうっすらと鳥肌が立つのを確かに感じた。

「ミーシャ、私の声が聞こえるかね? 私の目が見えるかね? 君が睨んでいるのは誰だ? 敵か、私か、それとも世界かね」

 気が付けば自分でも驚くほどに呼吸が早くなっていた、これではまるで尾を踏まれた虎だ。ゆっくりと息を吐こうと意識しようとしてみるが、暫くは無理だろう。

「……君が頭は冷静であることを願っているよ、体の制御がきかないのはしょうがない、ましてや君くらいの年にそれを求めるのは酷だからね……」

 御主人様はそう言って私に見せつけるように首輪を差し出した。首輪の金具が朝日を受けてキラキラと輝いている、もし私がそれを何か知らなければ美しいと感じたかもしれない、ただ、結局はこんな思考さえ逃避でしかないのだ。

 飛び掛かりもせず、動かない私に優しげな笑みを向けると、まるで鳩に千切ったパンをあげるように首輪を池に向かって放った。

「なっ……何やってるんですか!?」

 奴隷の首輪はそれ一つが高価な財産だ、奴隷管理のためのタグというのは一つの側面でしかない、御主人様の行為は札束をかまどに放り込んだことに等しい。

 問題はそれだけではない、奴隷には一年に一度契約の確認がある。奴隷商が奴隷を売却した相手を訪ね、奴隷のコードを確認するのだ。目的は単純、盗難防止である。

 まだ奴隷のための法整備がほとんど行われていなかった時代、奴隷は盗賊にとって一番の稼ぎ頭だった。人間を一人をさらう分労力は大きいが、うまみも大きい。適当に奴隷の闇市に流してしまっても大きな儲けになる。奴隷専門の盗賊まで現れる始末だった。

 そんなことはどうでもいい、とにかく問題は確認が取れなくなることだ、御主人様が私を自分の奴隷だと証明できなくなれば、私は強制返還される。あの気持ち悪い奴隷商の元へ戻ることなど考えるだけで総毛立つ。

「君を見ていると、自分が悪者になった気分がして嫌だねぇ」

 私の表情を読み取ったのか、御主人様は暢気にそんなことを言う。

「大丈夫、ちゃんと箱は残してあるし、コードもきちんと書いてあるね」

 何ともなさげに言う御主人様が私は怖かった。奴隷商の話を聞く限り御主人様は初めて奴隷を買ったはず、無論契約の確認も初めてなはずなのに、なのにどうしてこんな無茶をするのだろう? やはり私はどうでもいい存在なのだろうか。

 温かい食事、昨日の言葉、ふかふかのベッド、頭に浮かんだモノ達がその考えを否定してくれている。でも、だとすればより一層御主人様の行動の意味が分からない。

 激情はとうに彼方へと去り、私の頭は『分からない』で満たされた。何がしたいのかわからない、何をしていいのかわからない、何をするべきなのかわからない。

 そんな私を楽しそうに眺めながらご主人様は池に向かって箱を放り投げた。――箱を、放り、投げた。

「何するんですか、ばかああああああああ」

私の悲鳴は湖に響き、鳥が数羽飛び立った。



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