診察1
本日の天気は快晴、絶好の洗濯日和だ。
日差しも心地よく、昨日の雨が嘘のようだ。
雨上がりの大地からは独特の匂いが立ち込め、なんとも清々しい空気である。
そんな中、朝早くから村からほど近い位置にある川では多くの村人たちが洗濯をしている。
「うちの旦那なときたら呑気なもんでやんなっちゃうわよ〜。昨日は1日中雨だったからって家でずっとゴロゴロしちゃっててさ。邪魔ったらありゃしないわ!」
「あら、うちもそうよ〜。ずっとゴロゴロしてるくせに料理の味付けが薄いだの、掃除が甘いだの言っちゃてさ〜。何様だってのよね。そんなにいうなら稼ぎ増やしやがれっていうのよね!塩だってタダじゃないんだら!」
「うちのジジィも…早くぽっくり逝かないもんかね〜。」
今日は村の女性達がこぞって洗濯物をしにきているので賑やかである。…主に旦那の愚痴で。
この村の女性はたくましい。ここは辺境、それもとある森に面した山間の村である。それもただの森ではない。
フォーラスの森、それは多くの自然の恵みを得られる豊かな森、貴重な薬草やキノコが多く取れ国としては放置することができない場所であると共に魔素が濃く、そのため多くの魔物が存在し国の軍隊でさえ損失を考えると踏み出せない場所である。国の研究により濃密な魔素が貴重な素材を育てているのだということが判明している。魔素が濃いため素材は育つが、魔素が濃いため魔物も増える、なんとも皮肉な話だ。
ここはそんな地を開拓せんと乗り出した冒険者達が作り上げた村、そんな村に住む村人達は一般人でもある程度の戦闘能力を持つ。それは女性も例外ではない。そんな女性達に男達が抗う術はあるのだろうか…。
母親の手伝いで子供達も一緒に来ているようだ。
「わたしキース君のお嫁さんになるの!」
「え〜!? キース君のお嫁さんになるのはあたしよ!」
二人の女の子が言い争っているようだ。
「わたしの方がミィちゃんよりキース君と仲良いもん!キース君はね、お花のお話がだ〜い好きでね、わたしといっぱいおしゃべりしてくれるんだから!昨日だって一緒にシノニム草採ったんだよ!」
「あ、あたしだってキース君と魔法の練習したもん!昨日初めて風の魔法成功した時なんて『ミィちゃんすご〜い!』って褒めてくれたんだよ!?あの笑顔で、えへへっ、あの笑顔素敵だったな〜。」
「う、羨ましい…。いいな〜キース君の笑顔〜。」
二人とも顔を赤く染め想像力を働かしている。
そんな様子を歳の頃14、5の女の子たちが微笑ましそうに見守っている。
「ふふっ、小さいとはいえ流石に女の子ね〜。それにしても…ふひひっ、確かにキース君はカワイイものね。つい家に誘いたくなっちゃうわぁ。」
「そ、そうね。キース君はいい男になりそうよね。って!あんた発言危ういわよ!?」
「あら? ラーナ、わたしはおやつを一緒に食べたいな〜って思っただけよ?あなたは何を想像したのかしら?」
「え? い、いや私もそうだろうと思ったわよ!? 本当よ?」
…微笑まし、そうに…。
まあ見なかったことにしよう。
「いいでしょ〜。だ・か・ら、あたしとキース君の間にリッちゃんの入る隙はないのよ?」
「む!それとこれとは関係ないわ!」
「何よ!?」
「そ、そっちこそ何よ!?」
二人の言い争いを聞きつけた、二人の母親がやってくる。
「こ〜ら!何やってるの! 二人とも喧嘩しない! それより早く洗濯手伝いなさい!」
「「だって〜」」
「だってじゃないわよ。お母さん言い訳は聞きたくないわ。朝は忙しいんだからね!」
「そうよ〜二人とも。ちゃ〜んと仲良くしないとまたキース君に『怖い顔してるよ』って言われちゃうわよ〜?」
「「う゛っ」」
「さっ、早くしなさい!」
「「…は〜い」」
「そうね〜。このままだと教会へ行く時間も遅れちゃうものね〜。そ・し・た・ら〜、キース君の隣の席は誰が…」
「お母さん! 何してるの! 早く洗濯終わらせないと!」
「そうよ! 早く終わらしましょう! このままだとあのハイエナどもに!!
「あらあら、ふふふっ。」
「たくっ、現金なんだから!その子達とあんた達と何が違うってのよ。」
「「全然違うわ! 一緒にしないで!!」
「はいはい、わかったわかった、わかりました。」
この村の女性はたくましい。それは少女であろうとも例外ではないようだ。
「おはようございます。」
「おはよう、なんだか賑やかね?」
レナとエミリーの2人も今日の天気を逃すまいと洗濯しに来たのだ。
「あら、2人ともおはよう。今日は2人で洗濯かい?子供達は大丈夫なのかい?」
恰幅のいい女性が話しかけてきた。クマ耳を生やしているがそれ以外は人間とさして変わらない熊人族の女性だ。
「ええ、旦那に見てもらってるから問題ないわ。」
「あれま、流石はハースさん!うちの馬鹿亭主と違って頼りになるわね〜。あたしゃ旦那じゃ心配だから息子は母ちゃんとこに預けてきたよ。」
「ま、まぁね!ハースは面倒見がいいからね!」
夫が褒められてエミリーも嬉しいらしく照れている。顔が少し赤いようだ。
「ふふっ、本当よね〜、優しくて頼りになるし。」
レナがさらにハースを褒めると周りも口々にハースを褒めだした。
「身体は少し細いけど実は中々の腕っ節だし。」
「魔術の腕はそれはもう凄いしね。こないだの魔物討伐でも大活躍だったらしいじゃない!」
「何より、イケメン!」
「第2夫人…狙っちゃおうかしら。」
「ちょっと最後の誰!?」
この村の女性はたくましい。…それはもう言うまでもないだろう。
♢
レナは薬の材料となるギギの根を乾燥させるため、家の外に出ていた。
今は子供二人も柵付きのベッドの上で遊んでいるので多少目を離しても問題ないだろう。
ギギの根を洗い、しっかり土を落としてから天日干しにしていると人影が近づいて来た。
レナが気づき、そちらに目線をやると、微笑んで挨拶をした。
「あら、こんにちはジェナさん。」
「ああ、こんにちはレナ。今日は診察に来たよ。それとポーションを仕入れにね。」
ジェナと呼ばれた女性はダークエルフで褐色の肌に濃紺の髪を束ねポニーテールにしている。顔立ちは美しいがややきつい印象を与える鋭い目つきをしている。見た目は20代後半ぐらいにしか見えない若々しさだ。
しかし父であるジェドと同年代くらいの歳であるらしい、歳の詳細はわからない。
彼女はこの村で唯一の医者であるとともに水精霊と契約を結んだ稀代の精霊術師である。
フィルとリリィの出産に立ち会ったのも彼女だ。
「で、調子はどうだい?」
ぶっきらぼうにしかし温かみのある声でジェナはレナに尋ねた。
「おかげさまで元気よ。私も子供達もね。」
「そうかい、何か気になることがあったらしっかり教えておくれよ?」
「ええ、あっ、そういえばフィル君のことなんですけど…」
”!?”
レナが何か伝えようとしていたがジェナは精霊の揺らぎを感じた。
”ボフッ!”
「む!?」
「え!?」
二人は驚いて音の鳴った方向を見る。
その音源は子供二人がいるレナの家からだった。
♢
時は少し遡る。
俺は今日も今日とて魔力で遊んでいる。
いや〜興味が尽きないねこれは。
リリィちゃんをあやしながら魔力をいじくりまわす。
俺だって日々成長している。ハイハイだってできるようになった。そしてリリィちゃんを軽くあしらえるスキルもね。
今日は昨日兄がまたお土産としてくれた植物を手にしている。その猫じゃらしに似た植物を片手に持ちリリィちゃんの目の前であっちにフラフラ、こっちにフラフラとしてやるのだ。
するとどうだろう。最初は目で興味深げに追うだけだったのに今では必死に捕まえようと手を伸ばしてくる。
「あう!たー!」
”バシッバシッ”
思ったより攻勢が激しいがしばらくは耐えられる…はず。
俺はリリィちゃんの周りを取り囲む魔力の赤い光に干渉することを試みる。光の正体は定かではないが非常に興味深い。
俺は対象をリリィちゃんの周りに煌めく光にしっかり対象を定め、波のように魔力の波動を放つ。最初は何の変化もなかったが魔力の密度を上げていくごとにだんだんと変化を見ることができた。
俺が放った魔力波に合わせてゆらゆら揺れるのだ。ふむっ、やはり魔力の密度を上げると干渉できるようだ。
俺は実験結果がうまく言ったことに満足し、ふんすと鼻息を漏らす。
まだだ、まだ終わらんよ!ここ最近の魔力制御の成果はこの程度ではないのだ!
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
「んん〜?」
リリィちゃんはバシッと抑えた猫じゃらしもどきより、不気味に笑う俺の顔を怪訝そうに見ていた。
おっと、考え事に夢中になって手の動きがおろそかになっていたようだ。
ん?それだけではない?もしかして俺が起こした揺らぎが見えてる?
まさか?まじで?俺がここまで頑張ってやっと良く見えるようになったと思ったのにリリィちゃんはデフォで見えちゃう感じですか?
才能って何?努力を覆すものですか?
ショックでしばらくうなだれていると”ポンポンッ”と励まされるようにリリィちゃんに頭を叩かれた。
…やっぱり転生者ですか?あなた?
と思って見上げるとよだれを垂らしたリリィがいた。
うんっ、違うな。仕方ないからよだれを自分の袖で拭ってあげる。
しゃ〜ないな〜もう。
まあ、見えてるならそれでもいいか。そう思って先ほど考えていた実験の続きを行う。
今度は魔力を制御し、棒状の形に圧縮した。きっとこれで振り払えるはずだ。
「あう!」
思い切って赤い光に向かって棒を振る。
”ボフッ!”
「ぴゃ!?」
「あぅ!?」
空中で炎が瞬いた。
あけましておめでとうございます。
お正月の間は更新頻度上げていきたいと思っています。
拙い文ですがよろしくお願いします。




