没頭
面白い、面白くて仕方ない。
あれからしばらくリリィちゃんから発せられる輝きを抑えるため色々な取り組みを行なった。結果感じられるようになった自分の中にある圧力、この存在をなんとか制御できないかと試みるうちに気づけば自分の中の圧力についても可視化できるようになってきた。
それと同時にこの力、もう魔力でいいか、きっと魔力だろうし。その魔力を抑える能力も上がってきたおかげでお昼寝もバッチリできるようになった。これは大きな、本当に嬉しい進歩と言えるだろう。この体は本当に良く眠くなるのだ。まだ赤ちゃんなのだからしっかり寝なくてはダメだろうし、最近は明るさのせいで害されなくなったためひたすら眠っている気がする。それにしても時間を気にせず寝れるってのはただそれだけで贅沢なんだなぁ。前世の社会人だった頃、会社の繁忙期とかは休みが週に一度だったから午前を寝て潰したなんて日には、あぁ買い出し行っておけばよかったとか、せっかくいい天気なんだから朝のうちに洗濯しておけばよかったなぁとかね。
そして何より魔力といういかにもファンタジーなものに触れられることが楽しくて仕方ない。
赤ちゃんの生活なんて暇で仕方ないだろうって?そんな訳ない!だって考えてみてくれよ。俺にもいずれ魔法が使えるようになるっていうのはロマンがあるじゃないか。見えるようになった自分の魔力をこねくり回すのはそれはもう楽しくて仕方ない。自分の魔力を操作するのは最初とても難しかった。それでも徐々にだが自分の魔力へ意識を向けることでだんだんと魔力をしっかりとした感覚で認識し始めると操作技術は一気に加速した。それは初めて自転車に乗れた時のことように一度ペダルを漕げるようになると今までのぎこちなかったバランス感覚や恐怖心が嘘のようになり、スムーズに乗れるようになってしまうのだ。そしてより速くより遠くへ走り出したくなるのだ。幼い頃、近所の公園で父親に自転車の後ろを支えてもらって練習していた頃を思い出す。今俺に魔力という存在を教えてくれているのはリリィちゃんだ。無意識にしろその魔力の輝きは俺に道を示してくれているように思えた。感謝感謝!
それからというもの日がな一日魔力をこねくり回して遊んでいるという訳だ。体の外へ放出させるように動かしてみたり、魔力で色々な形を模してみたりと試行錯誤の日々だ。…まああまり没頭しているとリリィちゃんがむくれてしまうので適度に構いながらね。彼女の方が力があるから逆らえないとかじゃないよ?だからのし掛からなくてもいいんだよ?
俺とリリィちゃんは順調に育っている、もう生後半年になるのではないだろうか。ハイハイだってもうすぐできるようになるさ。…だってリリィちゃんができてるし。おかしいな、練習し始めてのは俺が先だっていうのに俺の真似をして遊んでいたリリィちゃんが先にできるなんて。その日はふて寝した。いや、ふて寝しようとしたけど機動力を増したリリィちゃんにのし掛かられて結局ふて寝することもできなかった。…ちくしょう。
そういえば魔力制御ができるようになってから以前とは見える景色が全然違って面白い。まずリリィちゃんについてだ。前はただ眩しい輝きを放っているように見えた彼女だが今は彼女から漏れ出る魔力に吸い寄せられ赤い光が無数に煌めいているのがわかる。それはとても神秘的で満点の星空にも負けない輝きを持っていた。…まぁ制御をしくじると目が焼かれるのではないかという光量でしばらく悶えることになってしまうのだけどね。
また他の人を見てみると皆その身のうちに魔力を宿しているのがわかる。こうしてみるとレナさんやさんなんかはリリィちゃんにも負けない魔力を持っているようだ。光の密度が凄い。
なるほどリリィちゃんと違って漏れ出る光が少ない。魔力が制御できているというということか。俺の両親も二人には劣るもののなかなかの魔力を持っているのがわかる。
♢
「う〜ん」
フィルの母親であるエミリーは二人の赤ちゃんがベッドで安らかに寝る姿を見ながら首をかしげていた。
すると家の扉が”コンコンッ”とノックされ、返事を待たずに扉が開かれる。田舎特有の気安さだ。
「あら、どうしたのエミリー?」
時刻は夕方に差し掛かる頃だろう。
レナが帰って来たのだ。
家は別だが家族みたいなものだ。レナ達は隣の家に住んでいるが寝るとき以外は食事も含め一緒に過ごしている。
二人の子供が同じ日に生まれた日からお互いに協力して育てることにしていたのだ。
「あら、お帰りなさいレナ。ちょっと気になることがあってね。それよりどうだった? 必要な薬草はしっかり取れたの?」
「えぇ、バッチリよ。今年は雨があまり降らなかったから心配だったけれど村に必要な解熱剤の量には足りる量が採取できたわ」
エミリーの質問にレナはにこやかに答えた。解熱剤に必要なハシバミ草はこの辺りでは今の時期しか採取することができない。使用頻度は少ないとはいえ小さな村だから一度風邪が流行りだすと村中に広まり、解熱剤の需要が高まる。だから常に一定数の在庫を確保しておかねばならないのだ。
「お疲れ様。疲れたでしょう?今お茶を入れるから椅子に座って待ってて」
「えぇ、ありがとう」
”火よ、あれ”
エミリーは魔法で薪に火をつけ、お湯を沸かす。
村で取れる香草を煎じて作るお茶は少し独特だが風味豊かで心地よい香りがする。
「お待たせ」
ティーカップにお茶を注ぎ、二人はしばしお茶を楽しむ。
「それで、どうしたの?珍しいじゃない。あなたが悩んでるなんて」
レナが問いかける。
「もう、珍しいって何よ? 私だって悩むことぐらいあるわ」
少し拗ねた表情でエミリーは言葉を返す。
「ふふっ、普段は即断即決が信条だって言ってるじゃない」
リリィは微笑しながら言った。
それにエミリーは一つ苦笑いし答える。
「いや、大したことじゃないんだけどね。私は魔力感知能力はそこまで高いわけじゃないから確かなことは言えないんだけど、最近リリィちゃんの魔力だけじゃなくてフィルの魔力の魔力の高まりを感じる気がするの」
リリィの魔力の大きさは生まれてまだ半年の赤子としては異常と言える量である。普通1歳から魔力は高まり始め3歳ほどで成長が落ち着きだすのである。
リリィはその異常と言えるほど大きな魔力をまだ制御できていないので垂れ流した状態になっている。
そのためリリィの近くでは上手く魔力感知が働かなかったが最近になって違和感を感じたのだ。
「あら、やっぱり私の気のせいじゃなかったのね」
レナもまたフィルから魔力の高まりを感じていた。
以前から少し変わった行動をとる子だったが最近は大人しく、しかし何かを試みているようなそんな不思議な様子を見せていた。
「レナも感じていたのね」
「ええ。でも、そうだとしたら凄いじゃない。フィル君は将来有望ね」
エミリーは少し微笑み、フィルに慈しみの目を向ける。
「そう…ね。ならフィルは私がしっかり鍛えてあげないとね。リリィちゃんを守れるように」
「強制はダメよ?フィル君の未来はフィル君のものなんだから」
「ええ、でも大丈夫。フィルはリリィちゃんを守ってくれる立派な男になるわ。だって私の息子だもの!」
「ふふっ、そうね」
二人は目を合わせて微笑んだ。
「まぁ、リリィちゃんは絶世の美女になるだろうからフィルには吊り合わないかもしれないけどね」
エミリーは悪戯っぽく笑って言った。
「あら、そんなことないはリリィはフィル君が大好きだもの」
レナは頰に手を当てニッコリと笑った。