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風のまにまに 〜異世界ぶらり旅〜  作者: 東雲 紫雲
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母のぬくもり

「うわ〜」


 飛行機の客室内に感嘆の声が響く。前の席の女の子の声だ。

 原因は窓の外には大きな月。普段地上から眺める月とは比べ物にならないほどのインパクトがある。


 ”パシャ、パシャ”


 俺はこの感動を記憶以外の形で残すためひたすらシャッターを切る。

 周りも似たようなものでスマホやらカメラやらで撮影していた。


「インステにアップしよ!」


 笑顔や感動の声でとても賑やかな雰囲気だ。



 一頻り写真を撮った後、あとは月を見ながらゆったり過ごすことにする。


「お月様すっごい綺麗〜。飛行機乗ってよかった〜」

「ふふっ、そうね。美奈は高いところ苦手だもんね。また飛行機でお爺ちゃんとこ行けそう?」

「…う〜ん。」


 前の席の少女と少女の母親との会話が聞こえる。この女の子は高いところ苦手なのかな?

 そういえば大学の同級生も高所恐怖症で昔は飛行機なんて乗らないっていってたな。サークルの合宿もそれが理由で欠席するくらいに。

 でも結婚した奥さんの実家が北海道だったから何度か顔合わせで飛行機に乗る内に慣れたみたいだったな。思わず微笑みがこぼれる。


 俺はヘッドホンをつけ、スマホを操作し音楽を流す

 。

 ”Fly Me to the Moon"


 ピアノとベースとサックスというシンプルな組み合わせが不思議と心を弾ませて、気づけば指がリズムを刻んでいる。

 先ほど使用していたカメラは今日のために大人買いしたものだ。せっかくだからケチケチせずに良いものを買った。

 最近のデジタル一眼レフは凄いな。フォルムもカッコよくて写真家にでもなった気分だ。ニコルの一眼レフとか学生時代は金がなくて泣く泣く諦めたが今は社会人、普段浪費もしないからこれぐらいは余裕です。

 ゆったりと月を眺めながら時折ビール飲み過ごす。はぁなんて贅沢な時間なんだ。


「これで明日仕事じゃなければなぁ…」


 嫌なことを思い出してしまった。今は旅行の最中、家に着くまでが旅行だ。気持ちを切り替えビールを煽り、目を細め月を見る。本当に綺麗だなぁ。来てよかった。



 ”ガタッ、ガタッ”


 そんな時間をしばらく過ごしているといきなり飛行機が揺れだした。

 まぁ少しくらいこういうこともあるだろさ、と最初は楽観視していた。


 でもだんだん強くなる揺れにこれは何かが違うぞ?と思いヘッドホンを外すと辺りは騒然としていた。


「落ち着いてください!只今原因を確認しております!席についてシートベルトをしっかりしてください!」


 キャビンアテンダントの女性が声を張って乗客に呼びかけている。


「どうなっているんだ!状況をしっかり説明しろ!」


 おじさんの怒鳴り声が聞こえる。


「えっ、これどうなるの?」

「怖いよ〜」

「大丈夫、落ち着いて。」

「だから飛行機なんて乗りたくなかったんだ」


 和やかな雰囲気から一転、辺りは悲観的なムードが漂い始めている。

 かくいう俺もさっきから心臓がバクバクし始め冷や汗が止まらない。嫌な予感がする。ただどうすることもできない。周りの声を聞いていても不安になるだけだ。

 ヘッドホンを再度付け曲をかける。巻き戻して最初から。

 ヘッドホンから流れるリズムに合わせ俺は祈るように揺れる視界で月を眺めながら”Fly Me to the Moon"を口ずさむ。


 あぁ、今夜は本当に月が綺麗だ…


 ”ブツッ”


 視界が暗転する。



 心地よい温もりと揺れを感じ目が覚める。

 俺は今世の母の腕の中にいた。


「フィル、怖い夢でも見たの?」


 母は俺の目を見つめ問いかける。


「う〜」

「大丈夫よ、私が守ってあげるから怖いものなんて何もないわ」


 母はそう言って優しく俺に微笑む。

 その細めらた優しい紫色の瞳に心が落ち着く。

 俺は夜泣きをしてしまったのか。何を夢見ていたのかは覚えていないがまだ不安が心に残っている。


「あなたが夜泣きをするなんて珍しいわね。でもなんだか安心したわ。あなたはお兄ちゃんの時と比べてあまり泣かないから心配だったのよ?」

 ニコッと微笑んで優しく背中を叩いてくれる。


「そうだ、ちょっと外に出ましょうか。」

「あぅ〜」


 父も兄も寝ているので起こさないように気をつけながら母は俺を外に連れ出した。

 外は暗いが満点の星空広がっていた。


「ほら、見て見なさい。お月様が綺麗よ」


 母の長い銀髪が夜風に揺れて美しい。

 母に促され、月を見る。青白く光る地球で見た月とはどこか違う。

 でもとても綺麗な満月だった。心に残っていた不安が消えていく。

 母はそんな俺の様子を眺め、子守唄を歌い出す。

 俺はその優しいリズムと温かな温もり、心地よい揺れを感じていると次第に目が閉じていく。

 閉じゆく目に映された月は、やっぱり綺麗だった。



「エミリー、どうしたんだ?」


 後ろから男の問いかける声がする。


「ハース、心配しないでフィルがちょっと夜泣きしちゃっただけよ。もう落ち着いたみたいでよく寝てるわ」


 振り向いて夫に返事をする。そして子供の目端に残った涙を指で拭ってあげる。


「そうか、フィルが夜泣きとは珍しいな」

「ええ、ちょっと怖い夢を見ちゃったみたい」


 二人して息子の顔を眺める。その顔は安らかに緩められた状態で眠っている。2人は温かい目でその寝顔を見つめた。


「でも今は安心してる見たいね」

「よかった。ならそろそろ家に戻ろうか。夜はまだ寒い。体を冷やしてしまうよ」

「ええ、そうね。それに明日も早いもの。でももう少しだけ月を眺めさせて。今夜の月はとても綺麗なのよ」


 しばらく、二人で月を眺める。そして身を寄せ合い軽めのキスをし、家の中に入っていった。


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