誕生の日
山間の小さな村、雪解けが始まったとはいえ夜はまだまだ寒い。
吐く息は白く、寒さで手がかじかんでしまっている。
ザッザッザ…
まだ残っている雪の中を男が息を荒くしながら走って来る。
「ジェナ!早く来てくれ!レナが!レナが!」
男が顔を青くしながら必死に訴えて来る。
普段の毅然とした態度は何処へやら、今はその精悍な顔立ちも歪めてしまって情けないったらありゃしない。
「やれやれ…、今日は忙しい日だね」
手に持っていたカバンがやけに重く感じる。
ため息の一つも吐きたいものだ。すでに夜も耽り、日付を跨ごうという時刻だ。
「容態はどうなんだい?」
「えっと、容態…容態は何というか、えっと…」
男の容量を得ない答えにイライラする。全くこの男ときたら…。
「はぁ…ジェド!もっとシャキッとしな!あんた出産に立ち会うの何度目だい!」
「すまん。ともかく!見てもらった方が早い!」
「ったく、今いくよ。」
男に急かされながら彼の家へ向かう。
彼の家に入るとベッドに横になった女性が出迎えてくれる。
「はぁ…はぁ…ジェナさん、こんな遅くに来てもらってすみません」
彼女は産気付いて顔色を悪くしながらも気丈に振る舞っている。
「いいんだよ、ちょっと見させてもらうよ。」
彼女に近寄り、容態を確認する。
…これは今夜が山だと察し、後ろにいる男に問いかける。
「準備はできてるんだろうね?」
男は汗をぬぐいながら答える。
「あ、ああ! 清潔な布も、お湯も大丈夫だ!用意してある!」
「わかった。」
返事を一つし、右手に付けた指輪を掲げる。
「ヴィーネ、悪いがまた手を貸しておくれ」
すると指輪にあしらったサファイアから優雅に一匹の魚が飛び出て来る。
暖炉の光に鱗が煌めき、宙を泳ぎ彼女の周りをぐるっと一周してから宙に留まった。
神秘的なその魚の熱帯魚のように細身でカラフルだが体調は1.5m近くはある。
ヴィーネと呼ばれたその魚は彼女に顔を向け返事をするように口をパクつかせた。
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「おぎゃーおぎゃー!」
真夜中に産声が響く。
その声は力強く。村中に響き渡せるように。
しんしんと冷え込む寒空に負けんない熱を持って。
震える手で赤ん坊を取り上げた彼女は赤ん坊を見て驚くように言った。
「この子は…この子は火の精霊の加護を受けている!」
彼女の目には赤ん坊の誕生を祝福するが如く集まった火の精霊の煌めく光が写っていた。
ドウシテコウナッタ…