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風のまにまに 〜異世界ぶらり旅〜  作者: 東雲 紫雲
16/29

誕生する火

(つむ)いでは(ほつ)れ、掬い上げてはこぼれ落ちる。


あれからどれくらい時間が経っただろうか。10分は経った気がするが、もしかしてまだ5分も経っていないのだろうか? 思考がぼやけて時間の経過がわからない。


もう少し、あと少しでいいから持ってくれよ俺の体。

諦めるのはやり尽くしてからでいい。この温かな日常を手放すなんて簡単にはできやしないさ。


前世では繰り返しの毎日だなんて卑下していたが、それは当たり前のようで当たり前ではなかったことにこの体になってから気づいた。きっと恵まれていたんだろう。


仕事だって嫌じゃなかった。望んでいた部署とは違う部署に配属されたがその仕事にもやりがいはあった。

たまにミスして上司に怒られることもあったが上司が俺のためを思って叱ってくれていたことはわかっていた。

同僚を愚痴を言い合って飲む酒は旨かった。辛口の日本酒とエイヒレの炙りでこう…キュッとね。


大学の友達と遊ぶのも楽しかった。会う機会は減っても変わらない関係というのはいいものだ。

仕事のことなんか忘れて立場なく話せるし、

たまにキャンプ行ってバーベキューやってバカやって騒いで、ビール飲んで肉食って、締めに焼きそばやって、嫁さんの話聞いて、彼女の惚気聞いて…くそう、俺だって…俺だって…とか言ったりしてさ。


親との関係だって悪くなかった。ごく普通の一般家庭ながら父も母も妹も俺を大切にしてくれていたと思し、俺も大切にしていた。

十分な教育を受けさせてくれ、年に一回家族旅行に連れていってくれたし、夏や冬の休みに帰れば美味しいものを用意して出迎えてくれた。ワイン飲んでピザ食って、ビール飲んで手巻き寿司食べて、焼酎飲んで鍋食って。

いい加減彼女はできたの? とか、孫はいつ見られるんだ? とか面倒臭い問答にもあったが…


そんな日常はもう帰って来ないことを知った。

今が嫌なわけではない。それでも後悔は残っている。


心地よい冷たさの濡れタオルで顔を拭かれる。

励ます声が聴こえる。


「フィル…リリィ、しっかりして! もうすぐレナさんがジェナさんを連れてきてくれるからね!」


もうそんな後悔はしたくはない。俺の今世はまだまだ短いものだ。それでもこの手から温もりがこぼれ落ちていいわけがないだろう? このまだ付き合いは短いが愛すべき家族達のために自分ができることがあるならば全力を尽くそうじゃないか。


窓枠にはめられた板から漏れる月明かりがうっすらと部屋を照らす。まぁるい満月が頭の中で思い浮かぶ。暗闇に浮かぶその月の輝きは心を落ち着かせると同時に薄ら寒く感じさせるものがある。死は常に隣にいる。

燭台に立てられた蝋燭がジリジリと燃え、部屋を照らしている。

漏れる月明かりが陰っていく気がした。



家の中に入るとすぐにキースが出迎えた。

目には涙をため、不安で震える声でしかし懸命に二人に伝えた。


「ジェナさん…フィルが! フィルの様子もおかしいんだ! 顔も赤いし、汗がすごいんだ! 早く二人を見てあげて!」

「わかったよ。キース、私が来たからもう大丈夫だ。すぐに見るからあんたは休んでなさい。」


ジェナはキースを安心させるように屈んで目線を合わせ頭を優しく撫でながら言った。

そうされることで少し落ち着きを取り戻したキースは首を振って答えた。


「ううん、僕は二人のお兄ちゃんだから、二人が辛い時はついていてあげるんだ!」

「そうかい。」

「ありがとう、キース君。 二人についてくれていて。」


ジェナとレナの二人は目を細めキースを見て言った。

そして3人は寝室へと向かった。


寝室の扉を開けると熱気が立ち込めていた。

ジェナは目を見開き、言った。


「なるほど、精霊の加護だねこれは。火の精霊がリリィの魔力を放出を助けているようだ。」


ジェナの眼には多くの火の精霊達がリリィの魔力を食い(くらい)活発に魔力を放出しようとする輝きが見えた。

そしてジェナは二人が寝ているベッドに近づいた。


リリィは魔力が高まっており明らかに魔力熱の症状だ。今は精霊達が必死に魔力を放出させているためか熱は出ているものの症状は落ち着いているように見える。


問題はフィルだ。どういうことだ? 魔力の歪みを感じる。顔を赤くし、息を荒くしているし、熱も出ているようだ。

一見フィルも魔力熱に罹っているように見える。しかし、違和感がある。大きな魔力の流れを感じるのだ。


その時、フィルの瞳がジェナを捉えた。

ふっと柔らかな表情になり、目を瞑った。


するとどうだろうかリリィの魔力が先ほどより高まり、大きな魔力の流れが止まった。

まさか…そんなことがあるのだろうか? 


「ジェナ? 二人の様子はどう?」


その言葉にジェナはハッとし、再び診察を始めた。

ゆっくり息をし始めたフィルからは不安定な揺らぎを見せる魔力状態になっているのがわかる。魔力中毒の症状に似ているがとりあえずは大丈夫だろう。


「フィルの坊主は…おそらく大丈夫だ。少し休めば魔力が落ち着くはずだよ。」


ジェナはそう言いながらフィルとリリィの握り合っている手を離そうとするが思ったよりしっかり握られているのと赤子の小さな手ということもあり無理やり引き離すのは力の加減が難しく断念した。


「ただリリィの嬢ちゃんは思ったより厄介だね。魔力の高まりが大きい。今まで症状が落ち着いてたのが不思議なくらいにね。」


その言葉にレナとキースの二人は悲壮な顔をした。

そんな二人に向けジェナは指示を出した。


「まだ打てる手はある。二人は湯を沸かしとくれ。薬の準備をするよ。」


その言葉を聞いた二人は頷いてお湯を用意するために部屋を離れた。

それを見送ったジェナはリリィの方に向き直り、右手に付けた指輪を掲げ相棒を呼んだ。


「ヴィーネ、手を貸しておくれ。」


指輪から一匹の美しい魚が飛び出し、優雅に宙を泳ぐ。

それは彼女の契約精霊であるヴィーネだ。

明確な意思を持った精霊は生物の姿を象る(かたどる)。そしてそれは高位の精霊の証でもあるのだ。

精霊の象る姿は様々であるがその属性をイメージさせる姿であることが多い。

ヴィーネは魚の形を象った水の精霊である。


”揺れる波よ、さざ波よ、揺らいでたゆたい、一時の安寧を”


ジェナの声に合わせてヴィーネから柔らかな波のような魔力が放たれリリィを包み込む。そしてその魔力の波がリリィの魔力放出の動きを整える。


「くっ、火の精霊が多い中だと制御が難しいね。」


火と水の精霊の相性はあまり良くないとはいえ目的は同じであるためか、反発することなくリリィの魔力放出を促すことはできている。その制御をしながらジェナは持ってきた鞄を開け、薬の用意をする。

ベッド横にあったテーブルの上にすり鉢を取り出し、そこに複数の乾燥させた植物の根や葉を入れ摺り潰し混ぜ合わせる。


「お湯の用意が出来たわ! どこに置けばいいかしら?」


湯を沸かした鍋を持ったレナが言った。


「そこに置いとくれ。」


ジェナが指差したテーブルの上にキースが敷き布を引き、その上にレナが鍋を置いた。

ジェナは鞄から液体の薬が入った瓶を取り出し蓋を開け、その鍋のお湯に入れ人肌の温度まで温めた後取り出し、その薬をすり鉢の中に入れ混ぜ合わせた。

そして匙を使い、少しずつリリィに飲ませた。薬が苦いのかリリィは最初は泣いて嫌がっていたが少し、また少しと飲ませた。最後に水を絞ったタオルで汚れた口元を拭ってやる。


「さて、あとはリリィの嬢ちゃんの頑張り次第だね。」


医者としてできることはもうない。歯がゆい気持ちを抱えながらジェナはそう言った。





眼を閉じて感じる。


火の匂いがする。それはパチパチと音を立て燃える焚き火のようだ。温かい火の輝き、熱を感じる。

励ますように活発で、勇気付けるように猛々しく。


水の匂いがする。サァーサァーという優しい波の音に耳をすませせる。爽やかな水の揺らぎ、心が安らぐ。

癒すように優しく揺れ、鎮めるように清涼に流れる。


あぁ、だが足りない。

あれからどれだけ時間が経っただろうか。

先ほどよりは調子が良くなったため、周囲を感じる余裕ができた。


ジェナさんが来たことに安心した俺は魔力の吸収とアイテムボックスの解放をやめた。

正直限界だったので助かった。

俺はなんとか繋ぐことができたと安心してしばし休むことができた。


今はジェナさんがリリィの魔力放出を上手く助けているのがわかる。

でも、足りていない。俺がリリィの魔力を吸収し、症状を抑えていた頃よりリリィの魔力が高まっている。

まだ高まるのか…。

俺はうっすらと目を開いた。


ジェナさんは魔力制御に集中している。レナさんはリリィちゃんの汗をタオルで拭って励ましている。自分でリリィちゃんにしてやれることがない無力さを感じさせる表情をしている。兄のキース兄さんも同様に不安そうに様子を伺っている。


リリィちゃんは…はっきり言ってまずい状況だ。繋いでいる手から感じる温もりは明らかに弱々しいものになっているし、顔色は青くなっている。


どうしてだ? 俺頑張ったよな? これでもダメなのか?

そんな言葉が頭によぎる。


諦めてたまるかと再び魔力を制御してリリィちゃんの魔力を吸おうとするも自分の魔力が言うことを聞かない。

自分の魔力が正常な状態でないことはわかっている。でもそれを押してでも今は動いて欲しかった。


”諦めるのか?”


ジワリと目に涙が浮かぶ、こぼれ落ちるそれを拭う気力さえない。


「あぅ…。」


隣から弱々しい声が聞こえる。


あぁ、いっそのこと耳を塞ぎたい。

もう何をすることもできない自分が腹ただしい。

わからない、わからない、わからない…


目を閉じて、耳を塞いで、自分ができないことから逃げたい!

どうして俺はこんなにも…

それでも俺は助けたかった。


「うぅ」


体中の力を振り絞り、首の向きをリリィの方へもう少しだけ傾けた。

するとリリィと目が合った。


それは辛くとも生を渇望する火のように熱い熱を持った瞳だった。

それが俺の目には眩しく映った。


俺は弱々しく、しかし確かに繋いだ手に力を込めて握った。

このままでいいわけないだろう!

この火を絶やしてなるものか!


もどかしい!

手を伸ばしても届かない。


もどかしい!

手繰り寄せても解けていく。


もどかしい!

掬い上げても溢れていく。


部屋にうっすらと差していた月の光が消える。


あぁ、頭の中で前世の最後に見た記憶が蘇る。


丸く綺麗なそして優美な光を放つ大きな月。

瞳に焼き付いて離れないその月を…


”俺の心が蝕んでいく”


暗く、昏く…





朝日が部屋に差し込む。

目が覚めて、君の安らかに眠る姿を見て安心した。


何がどうなったかはわからない。

だが今はそれでもいいや。


繋いでいる手からは確かな鼓動と温もりを感じる。

それが全てだ。


”おやすみ”


再び意識が暗闇に落ちていった。

遅くなりましてすみません。

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