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風のまにまに 〜異世界ぶらり旅〜  作者: 東雲 紫雲
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始まりの月夜

 月が近い。手を伸ばせば届きそうだ。


 昔から寂しい時、悲しい時によく夜空を見上げていた。


 家への帰り道、ふと見上げると満月だと嬉しくて、三日月だと癒されて。


 だからだろうか、こんなことを計画してしまったのは。


 視界が揺れる。それでもこの瞳に映る月はどうしてこうも俺の心を魅了するのだろうか。



 ♦︎



「はぁ…」


 会社から家への帰宅途中、思わずため息を吐いてしまった。


 最近は会社と家の往復の日々。行動力のない俺は自分で新たな趣味を開拓する気にもなれなかった。好きな音楽を聴いて、好きに料理を作って美味しい料理を食べて、それなりに満足できる生活を送っている。神保 稜駿ふと気づけば28歳、立派なアラサーだ。


 周りが結婚だ、子供ができた、転職して地元に帰るだの騒いでいる中、平和な暮らしをしている。

 ……少し平和すぎて虚しい。こうも何もない日々を送っていると彼女いない歴=年齢という現実が重く伸し掛かってくる。


 今日も今日とて一人会社からの帰宅している。合コンに行くでもないく、夜の街に繰り出すのでもなくだ。お気に入りのスーパーのヤマコーに寄る。ここはいい野菜が揃っているからついつい足を運んでしまう。むしろこれが趣味になっていると言っても過言ではない気がする。


「お、かぼちゃ半額になってる」


 これは買いだ。煮物にでもしよう。あとは…玉ねぎが少なくなってきてたから買い物カゴに入れてっと。さて、そろそろセールになってる肉コーナーに急がねば!


「焼肉セット半額になってるじゃん! なあ、今日の夕飯焼肉にしようぜ?」

「え〜? 昨日は生姜焼きでお肉だったから今日はお魚にしようよ〜」


 精肉売り場に着くと賑やかなカップルの会話が聞こえて来た。彼氏であろう男性は半額シールが貼ってある焼肉用のお肉セットを片手に彼女とみられる女性に近寄る。彼女は買い物カゴを彼氏から遠ざけるようにしていれさせないようにしているようだ。


「いやいや、魚は今日買って明日でもいいじゃん! だって半額だぜ半額〜」

「は〜も〜、仕方ないな〜、じゃあお野菜もしっかり食べてもらうからね?」

「おう!」


 彼氏のおしに負けてしぶしぶ彼女が買い物カゴを彼氏の方に突き出した。すると彼氏は嬉しそうにお肉セットをカゴに入れる。


 チッ…

 はっ、いかんいかん俺は何も見ていない。…俺より若い彼氏彼女がいちゃついてる姿なんで見ていない!

 ん、豚ロースの薄切りが2割引になってるではないか!これも買いだな!


 レジで並んでいるとレジ前の棚にある料理雑誌が目に付いた。あっ、HAREMIレシピ新しいのが出てるじゃん、買っとかないと。これで家に帰った後の楽しみが一つ増えたとテンションが上がる。


「おか〜さん! シュガーマンのチョコ買ってよ! ね〜?」

「ダメよ。お菓子は一つってお母さんと約束したでしょ? 元の場所に戻してきなさい」


 前に並んでいる目がぱっちりした若奥様と7歳くらいの髪サラサラの男の子の会話が聞こえる。


「う〜、でもでも新しいのが出てたんだもん!」

「じゃあ、パッキーはやめてそれにしよっか?」


 母親の説得に対して男の子は涙目で反論する。


「やだ! パッキーは明日友達家に持ってくんだもん!」

「あら? そういえば明日コウタ君家で遊ぶんだっけ?」

「うん!」


 おっとこの年頃の子にしてはしっかりした考え方をしているな〜、俺がこの子と同い年ぐらいのときはそんなこと考えず遊びに行ってただろうな。親の躾がなっている証拠だな、感心感心。


「仕方ないわね〜、なら今回は特別よ? 二つ買ってあげるわ」

「わ! 本当? やった! ありがとうおかぁさん!」


 うん、微笑ましいね〜。でもなぜだろう、目を背けたくなるのは? 若奥様が同じくらいの歳に見えるからだろうか? 俺もそろそろ結婚とか考える年齢だしなぁ。こうも間近で見ると現実を突きつけられる感あるよな。


 そんなことを考えていると、ふと若奥様と目があってしまった。

 なぜだ? 目で会釈したあと気まずいので自分の買い物カゴの中身を確認する作業に移ったが若奥様がずっとこっちを見てきている気がするぞ…。

 そんな不躾な視線に晒されるようなことしたか? 冷や汗が出てきてしまったではないか。


「おか〜さん? どうかしたの?」

「う、ううん何でもないわ。」


 男の子の母親はなんでもないとばかりに首を振る。


「そう?」

「そう。」

「いらっしゃいませ、袋はいかがなさいますか?」

「あ、大丈夫です。袋はあります。」


 ちょうど順番が来て前を向いてくれた。気まずい状態がリセットされて俺はほっとした。


 ♢


 自分の会計を済まして、折りたたみのマイバックに食材を詰めいざ帰ろうという時に声をかけられた。


「あの…もしかして、神保君?」

「あっ、はい。」


 返事をしてしまった。声の方に目を向けると先ほどの若奥様じゃあないですか。

 え?あれ?何で俺の名字を…


「やっぱり! 私よ私! 松本よ! 松本冴! 覚えてる?」

「あっ…」


 そういえば中学校で隣のクラスにいた子の気がする。あれは確か…


「あ〜隣のクラスの…バレー部だった松木さん?」

「え?私バスケ部よ?それに何度か同じクラスだったじゃない!」

「……」



 ♦︎



 そこからの会話は覚えていない、お互いの近況だの旦那がどうだの会話したようなしなかったような。


 これから俺は誰も待っていない部屋に帰り、夕飯の支度をしてアネッタイのプライムビデオでドラマかアニメでも見ながら食事をする。そう思うと悲しくなってふと夜空を見上げると、まん丸の満月がこちらを見下ろしていた。


 何だかほっとした。

 そういえば今朝のニュースで今年のスーパームーンが次の満月のタイミングだって言ってたっけ?


「有給かなり余ってるし、飛行機から眺めるスパームーン…か。…いいな」


 足を止め、冷たい夜風に当たりながらしばし月を眺め独り言ちた。


 そんなこんなで思い切ってスーパームーンを眺めに俺が乗った飛行機は、陸地にはたどり着けなかった。

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