<3> リサの想い
ジンからは、十五年前に私を助けようとした太郎が近いうち、こちらの世界に来ると言われていた。太郎の自宅はこちらの世界では、この場所が同じ場所となるらしく転移するならこの場所の可能性が高いと言われていた。
ジンから、太郎が私のことを好きだったと聞き、私も太郎のことが好きになってしまった。不思議なものだ。太郎に助けられてから、彼のことを忘れたことはない。
太郎をこの場所で待つのも百四十五日となる。今日こそはと期待して。
後ろから水が地面に当たる音が聞こえた。振り返って見てみると、男の人がおしっこをしているところだった。なんて大胆。いや、本人も何か戸惑っている様子だ。
あの人、太郎だ。たぶんおしっこしているタイミングで転移してしまったんだ。
私と目が合った。太郎はかなり慌てている。でも、やっと太郎に会えたんだから、声をかけたい。でもこの状況の太郎に何ていえば、そうだ日本語で言わないと。しばらく使ってなかったけど、きっと大丈夫。
「あの、太……」
私が声をかけようとした時に、太郎は走り始めた。ジンにどこに向かっていったのか確認すると、山の近くの川に行ったという。なぜかジンも太郎に会いたそうだ。私が行くのを待ち切れずに太郎のところに行ってしまった。
あの川なら、一時間もかからないぐらいで着くかな。まあ、いる場所が分かっているから大丈夫だろう。
そして、歩くこと一時間弱。川のところまで来ると、太郎がジンと話をしているところが見えた。まあ、ジンの姿が見えるのは自分だけで、太郎には声しか聞こえていないだろう。ジンは、私の姿に気が付いたようで、その場を離れて行った。
私は、太郎の後ろから近づくと肩をポンポンと叩いた。太郎は、私が来たことに驚いたようだったが、それよりも、パンツ姿であることのほうが恥ずかしかったようだ。
私は太郎に自己紹介をした。
「よく、追いつけたね。」
「ジンが教えてくれたの。あの山の近くの川にいるって。」
「そうなんだ。君のことはこっちの世界だからリサさんって呼んだらいいのかな。僕が転移してくる時期や場所も知っていたの?」
私はここで、リサさんではなく、リサと呼んで欲しいと思った。それで私も太郎と呼ぶ。それからリサと呼んでもらうための説明をした。
「私のことはリサさんではなく、リサでいいわ。こちらの世界では目上の人にも呼び捨てが普通だからリサさんだと変に感じるの。私も太郎と呼ぶわ。……太郎が来る時期は曖昧だったけど、場所に関しては聞いていた場所と同じだった。」
「わかった、リサだね。」
太郎が素直に私のことをリサと呼んでくれた。私は、太郎を待っていた日々を思い出し、これ以上会話すると涙が出そうになり、ごまかすために太郎の胸に頭をつけて言った。
「ようやく会えた。会いたかった。」
「あの、リサ?会いたかったってことだけど、僕は以前のことを覚えていないんだ。だから、知っていることを教えてもらっていいかな。」
太郎からちょっと離れて、顔を見ると太郎は照れた様子ではあったが自然な笑顔だ。良かった。変に思われていないようだ。
「ジンからは、……そっか。聞いていないんだね。ジンが説明するのはちょっとまずいのかな?私から説明できることはあまりないんだけど、わかっている範囲で教えるね。」
「ありがとう。助かる。でもその前にズボン履くね。まだ濡れてるけど。」
何から話そうかな。私はやさしそうな太郎の目を見て言った。
「十五年前、日本で天使のジンと私は小さいころからよく話をしたの。ある日、私が崖から落ちて死にそうになっていたところをジンが呼びかけて、それに応じてくれたのが太郎だった。ジンの声は普通の人には聞こえないんだけど、太郎には聞こえたの。」
「そうなんだ。リサとジンは友達だったんだね。」
私はつい、話すつもりのないことまで話してしまった。
「うん。実は、私はある人に崖から落とされたの。誰が私を落としたのか、ジンは知っているようだったけど、私には教えてくれなかったわ。それは天使としてルール違反になるらしいの」
話した後にひどく後悔した。こんなこと話すつもりなかったのに。どう思われるだろう。……考えても仕方がないので続けて私は話をした。
「ジンがどうやってあなたにポイントを与えられたのか、全く経緯はわからないけど、そのうちの100Pは私の転生に使われた。もう死んでるから転移は無理でも転生はできますよねってジンに言ったらしいわ。
まあ、この世界では日本語が通じないから、転生で赤ちゃんから始めて言葉を覚えられて、三歳ごろからは日本の記憶もあったから、優秀な子供として育ったわ。この世界では今、数学のような学科の先生をしているの。」
太郎は、この世界の言葉がわからない。私と違って生まれた時からこの世界にいるわけではないから。だからこの世界の言葉をこれから覚えるのは難しいかもしれない。
「十五歳で先生か。こちらの世界の数学はどのぐらい発展してるの?」
「数字が文字だったし、掛け算の概念もなかったから、その概念を前世の知識を使ってこの世界に伝えたら、一躍この世界のトップになった程度よ。」
「うわ、全然余裕で先生になれるな。僕でも。でも言葉の壁が。う~ん。リサ、こちらの言葉を教えてもらっていいかな」
私は本当に驚いた。赤ちゃんから始めて言葉を覚えた私と違い、日本で生まれ育った太郎が二十七歳からこちらの言葉を覚えようとするなんて。私が考えるにそれは大変なことだと思うから。でも、太郎は言葉を覚えるつもりだ。ならば、私も最大限協力しよう。
「いいよ。喜んで!」
しかし、私はまだ太郎がどれほど日本で苦労してきたかを知らなかった。