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<13> 太郎のステータス

 ルカナンの店での鏡の売り上げは、異国からも買いに来る人が徐々に増え、鏡の値段が日本での価値に換算すると最低の品でも百万円程度に設定している。それにも関わらず、連日完売するほどの勢いであった。オルガは、新しい店の店長として大忙し。いろいろなお客様の対応に追われていた。その分給料も多いので頑張ってほしい。


 鏡の仕入れルートを確保するため、僕はおむつをしている。大人用のおむつを買うのが恥ずかしかったが、これも仕事だ。


 いろいろと試したところ、100CC(約100グラム)の尿が出たところで転移していることが分かり、これは同じくらいの量の大便でも転移した。だから、今は小便も大便もどちらも大切な転移のためのエネルギー原だ。ただし、匂うので大便の時は浄化魔法をかけて新しいおむつに交換している。


 おむつの処理は、おむつ処理用に焼却炉を購入し処理している。焼却炉ってネットの通販でも買えるので、入手は簡単だ。


 日本で手に入る鏡を大量に購入し、それを転移時に一緒に転移させるためのボックスに入れる。今では一度に五百枚の鏡を運ぶことが可能だ。工夫しだいでもっと多く運べる見込みがある。来月あたりでは、もっと多くの鏡を一度に運ぶことができる専用BOXが完成する見込みだ。


 日本で鏡を入れるボックスの位置とルカナンの店の倉庫の場所が同じになるよう、場所をうまく調整した。だから、今では運搬の労力も僕の糞尿の作成以外を必要としていない。運んだ鏡と同じ重さの金をボックスに入れてもらい、日本に転移する。あとは、大田副社長が手配した人材に任せているので、よくわからないが会社の利益の1%を日本円で僕の口座に振り込んでもらっているのと、利益の9%相当をスイスフランでスイス銀行の僕の口座に振り込んでもらっている。


 もう、お金に困る心配はない。僕は自分の利益だけでなく、ほかの人の利益も充分に出せるよう、あえて自分の取り分を少なくしている。「そんなに少なくていいのか?」と伯爵様に呆れて言われるぐらいだ。どのぐらい少ないかというとオルガの給料の半分だ。だから、今のところ誰にも恨まれてはいないはずだ。


 そして、僕は鏡と金を糞尿の出せるタイミングで運んでいるだけなので、忙しくはない。それ以外は他の人がやってくれるので、自分のやっていることは、運ぶものに手を触れて転移させるだけ。これで忙しくなるはずがあるだろうか。


 ルカナンでの店の売り上げが、予想通り以上になり、異国からも買いに来る人が多いため、王様は大変気分が良いらしい。僕とリサは、伯爵様に呼ばれて王様のところに行くことになった。


 今、伯爵の家で伯爵様が来るのを待っているところだ。


「リサは王様のところに行ったことある?」


「実は、以前に地球の数字と掛け算と割り算をこの世界に広めたことがあって、その功績を称えられ勲章をもらったんだけど、その時に王様に会ったことがあるわ。王様が私のことを覚えているとは思わないけど、王様の側近の人たちは私のことを知っているかもしれないわね」


「そういえば、こちらでは足し算引き算までしかなかったんだよね。リサが伝えるまでは」


「うん。だから、それまで計算がひどく大変だった職業の人もいたんだけど、地球の数字に変えただけで、計算がだいぶ楽になったという話を聞いたことがあるわ」


「王様かあ。礼儀作法とか、全然知らないんだけど大丈夫かなあ」


「大丈夫。こちらの世界では、礼儀作法は重要視されていないから。上下関係はあるけど、礼儀作法を学ぶ習慣はないの」


「それは助かる。礼儀作法って堅苦しいもの嫌いなんだよね」


 そんなやり取りをしていると、伯爵様が現れた。


「タロウとリサ。よく来たな。こうして会うのは久しぶりだ。」


「本当ですね。以前伯爵様が王様にかけあって頂いたおかげで立派な店が建ち、お店の売り上げも順調で感謝してます」


「おいおいタロウ、感謝しているのはこっちだよ。タロウ自身の儲けは、全体の利益からして少なすぎると思っている。なのに、それ以上はいらなと言うし……全く、不思議なやつだな」


「必要以上にもらって、誰かに恨まれるようなことがあっては、いくら命があっても足りません。今までつらいことが多かったので、恨まれないようにするというのは、自分にとって最重要項目なんです」


 伯爵様は、それでも何か恩を返したいということで、僕がステータスの魔法を覚えたいという希望を伝えたところ、王様に相談してくれることになった。それで王宮に着いて王様と会い、王様が太郎に「褒美を取らせたい」と言ったタイミングで、伯爵様が王様に僕の希望を伝えてくれた。


「そんなことで良いのか?」と王様に言われ、王様直々にステータスの魔法を教えてくれる人を紹介してくれたのだった。若くて美しい女性だった。名前はラケル。なぜかリサの機嫌がよろしくない。ラケルは太郎に挨拶をした。


「初めまして。ラケルです。魔法の能力を認められ王宮で働いています。ルカナンには二年前から来ているのですが、それまではガーベル魔法大学で研究をしていました。」


 ラケルは、金色の髪でスタイルもよく、顔も可愛らしく美しい。リサの機嫌が悪い理由は……いや、考え過ぎだろう。


 その後、王様は忙しい立場なので業務に戻ることになり、伯爵様も別件で約束があるとかで帰ることになった。残った僕たちはラケルの研究室に移動した。移動しながらリサが解説してくれた。


「ガーベル魔法大学は、ユーナスで一番の魔法大学で、今だと希望者十万人に対して百人が入学を認められる難易度なの。そこに入れなかった人は、ルカナンにも魔法大学があるけど、それぞれの地元の魔法大学に入る人が多いわ」


「こちらの世界って、つまりユーナスには、全体で何人ぐらい生きているの?」


「統計上は五十億人と言われているわ。そのうち魔法が使える人は二百五十万人ぐらい。その中に魔法大学入学希望者が五十万人ぐらい。五十万人のうちの四十万人は、ガーベル大学への入学は初めから諦めるわけだけど、十万人ぐらいは、ひょっとしたらと淡い希望を持ってダメ元で受験するわね。ほとんどの人がダメだから、本当にダメ元なんだけど」


 それにしてもリサが東洋人の美人なら、ラケルは西洋の美人という感じだな。ラケルは化粧しているように見えないが相当な美人だ。いや、リサも化粧必要がない美人だから、睨まないで。なんか、リサの機嫌がまた悪くなった気がする。ラケルは、僕たちに質問した。


「タロウとリサは恋人同士なの?」


「「え?」」


 僕とリサは驚いて変な声が出てしまった。僕は素直に言った。


「僕はリサのことが大好きです。まあ……リサが僕のことを好きでいてくれると嬉しいですが、恋人同士ではないです。」


 そう言ってリサを見ると、リサは顔が真っ赤だった。その後、慌てて顔を両手で覆い背中を丸めて小さくなる。かなり恥ずかしそうだ。その姿勢のままリサは言った。


「わ……わ……、私も太郎が好き。って言っちゃった。どうしよう……」


 やばい。可愛すぎる。リサが、いつもより50%増しの可愛さだ。僕に好意を持ってくれているとは思っていたけど、思っていた以上に両想いだったようだ。ラケルは、なるほどと頷き、言った。


「リサ、私はタロウを誘惑するつもりはないから安心してね」


 僕は、リサの不機嫌だった理由を今知ったのだった。さっきより恥ずかしそうに小さくなって身悶えしているリサは本当に可愛かった。あ、動画撮っとけばよかった。今からでも撮ろうかな。……怒られるよね。うん、やっぱりやめよう。そう思っていると、ラケルが僕に言った。


「それでは、ステータスの魔法を教える前に、実際に私がタロウのステータスを確認します」


 せっかくなのでスマホで撮影する。ラケルが僕にステータスの魔法をかける様子を録画させてもらった。ラケルが詠唱するとステータスが僕の目の前に表示されたので、三人で見た。


【名前  :タロウ 】

【年齢  :27歳 】

【攻撃力 :20  】

【魔力  :27  】

【知力  :38  】

【精神力 :9999】

 特殊能力 :劣化版異世界転移能力


 精神力の表示が9999になっている。これは凄いのか普通なのか全然わからないな。そう思ってラケルを見ると、ラケルが驚愕の表情でステータスを見ていた。


「タ……タロウ?これは?……なんで?」


 ラケルが慌てている。どうやら、ステータスが異常らしい。異世界転移能力については先に説明しているから知っているはずだし。精神力ってなんだ?9999って表示がおかしいのか?とりあえず、ラケルになにがおかしいのか確認しないと。


「ラケル、すまない。かなり驚いているように見えるけど、何がおかしいのか自分ではわからないんだ。教えてもらえないかな?」


「精神力だよ。普通はどんなに凄くても100未満なんだ。それがこれだけ高いとなると、ひょっとして君はそうとう理不尽な苦労してきたのかな。精神力のステータスは普通の生活をしている限り40未満にしかならない」


「精神力と魔法って、関係があるんですか?」


 ラケルは言った。


「精神力が高ければ、それだけ体内の魔力のコントロールが容易になる。……それにしても、恐ろしく理不尽な苦労をしてきたようだね。十年奴隷をやっても経験できないほどの苦労を百回以上克服してきたかのようなステータス。……経験するだけじゃなく、克服する必要があるんだけど、タロウはそんな辛い経験をたくさんしてきた覚えはあるのか?」


「なぜか、十二歳の時から、理不尽なほど苦労はしました。運の勝負じゃんけんのことをすれば100%負けるし、運が絡む要素の強いものも、全てだめでした。まあ、そのおかげでギャンブル要素のある遊びが嫌いになったけど。嫌な役回りは全部自分が引き受けることになるし、仕事してても、嫌な仕事は全部自分に集まってきて。でも負けちゃいけないと思ってがんばって……あれ?……なんか目から汗が出てきた。思い出したら、……別に泣いてるわけじゃ……」


「それは……、辛かったですね」


 思わず涙ぐんでしまったが、今となっては異世界転移能力を得るためだったと知ったから、文句はない。むしろ感謝しているぐらいだ。十二歳からの経験を話したところ、ラケルは納得して説明してくれた。


 苦労しただけで精神力が上がるわけではない。むしろ苦労が恨みになると精神力は下がるらしい。十二歳から二十七歳までの十五年間の不幸を克服したことが今のステータスの原因だとラケルは言った。


「精神力が9999というのは、私のステータス魔法の能力の限界を超えているため、最大表示になっているだけで、実際にはもっと高いかもしれない。これにより、タロウの魔法を使える能力は常人の百倍以上だと思われる。百倍というのはリサが以前公表した割り算というものを使って計算できるのですが、タロウも割り算は知っているのですか?」


「僕のいた世界では、貧しい国は別として通常小さいうちに学びます。だから、知ってます。」


「その面についての知識も興味はあるな。タロウ、もしよかったら魔法を教える代わりにタロウの知識を私に教えてもらえないでしょうか」


 先ほどまで小さくなって身悶えていたリサが、復活していた。リサは、ラケルに言った。


「実は、私は太郎と同じ世界に生きていたことがあるんです。だから、私の知識は十二歳までの知識。太郎は二十二歳までの教育を受けたから、この世界の常識を変えてしまうほどの知識を持っているはず。だから、その知識を得た責任が生じる覚悟は必要になりますよ。」


 ラケルは真剣な顔でリサの話を聞いた。


「それは……。リサの言う通りですね。でも私は知識を悪用するつもりはないですよ。それだけは約束します」


 僕は、リサの目を見て言った。リサは念のためジンに確認すると言いジンを呼んだ。ジンとリサが相談している。ラケルには見えていないので、僕がラケルに天使のジンのことを説明すると、天使と会話できるのかと興味を持った。普通はジンとリサが会話しているところを人には見せないのだが、事情をしっている僕がいるから安心しているのだろう。ジンの声はリサと僕にしか聞こえないので、どんな会話になっているのか、僕がラケルに簡単に説明してあげた。ジンとリサの会話が済み、ジンはまたどこかへ行ってしまった。


「リサ、僕はラケルを信用して僕の知識を教える。ラケルは僕を信用して魔法を覚える。それで対等だと思うんだけど、どうだろう」


「太郎がそう言うなら、私は文句ないわ。まあ、ジンも問題ないって言ってたし。その……ラケルが太郎を誘惑しないというのが条件だけど」


 リサはそう言うと、ラケルを見た。ラケルは最初笑っていたが、でもまてよと考えはじめ、ただそうなった場合は……まずいかも……と独り言を言い始めた。気持ちの整理ができたのか、ラケルはリサを見て真面目な顔で言った。


「両想いの二人に水を差すつもりは全くないです。でもリサが心配なのもわかります。だから正直に言います。私からは誘惑しませんが、タロウが私を誘惑したらその誘いを断る自信はないですね」


 ラケルの発言に対し、リサは目だけが笑っていない笑顔で僕を見ている。「どうなの?」と。これはちゃんと言わないとダメだな。


「リサ、僕はリサ以外の女性を誘惑するつもりはない。リサと僕が恋人同士になれるなら、僕はリサ一筋の人生を送ることを約束する。」


「そ……それなら仕方ないから、こ……こここ恋人になってあげる。絶対にほかの人に手を出したらダメだからね」


 怒ってるのか喜んでいるのか、よくわからない表情だ。言ったあとから恥ずかしくなったのか、また顔が赤くなってきた。照れ隠し?可愛いなあ……もう。


「うん、約束する。リサ以外誘惑しない。今日から恋人同士。よろしくね。リサ。」


 ラケルは、僕たちを微笑まし気に見て、「おめでとう」と言ったのだった。

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