プロローグ(改)
初めまして、卵かけしめじと申します.よろしくお願いします.
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本話の大幅な改稿を致しました.ストーリに変更はありませんが、字数を3000字ほど削りました.
改稿前のプロローグは活動報告に残しておりますので、気になった方はそちらを参照ください.
音が聞こえる。ドクドクと血を押し出す命の鼓動。
不規則に揺れるそれは2人分。自分のものと彼女のもの。
「……解除っ」
彼女に突き刺さっていた『魔力の剣』が鈴を鳴らす音と共に光の粒となりて消える。
同時、彼女は囁くように声を紡ぐ。俺の身体を穿っていた『狂戦士』が瓦礫へと帰す。
力が抜け、使い手のいなくなった操り人形のように崩れ落ち、彼女の上に重なり床に伏す。
「負けてしまいましたね」
彼女は、自身の上に男が乗っていることを厭わずにそう言った。
「だが、同時に勝ちでもあるだろ」
先までの戦闘で彼女の鎧は熱を帯びていた。ムラのある熱がまるで彼女の体温に思えた。
首を動かすと、僅かの距離にいる彼女の目と視線があった。穏やかでいて幼さを残す黄金の目と。
(ったく、こんな終わり方なんてな)
自分の運命を呪った。倒すべき相手、殺すべき敵。その頂点にいたのがこんなにもーー可愛らしい女の子だったなんて。
濡れた肌に金の細く短い髪を貼り付け、耳の少し上の当たりに全部で2つの角を生やしている。
角は、禍々しいものでなく、女の子がつけている髪飾りのようで、似合っていると心から思った。
醜い獣から連想していたから、拍子抜けした。その落差に困ったものだ。
「いいえ、負けてしまいました。自身が観測できない勝利は、可能性のまま死んでゆくのです。そこに価値はありません」
紡がれた音は、弱々しく、されど意志が込められていた。
傷口から流れ出す血液は、混ざりあい赤黒く変色を始める。
死を可視化するHPがゆっくりと減っていき、床の赤と同じ色に染まる。
もう、長くない。
「そうだな」
頷くと、彼女は優しく微笑んだ。
心が満たされるのを感じた。どうにも形容しがたい感情が心から溢れ出す。
「やっと死ねるのか……」
声に出さなかったつもりだったが、音となりて彼女の鼓膜に届いてしまった。
「ふふっ、真面目なのですね。勇者さんは」
「真面目なんて。そんなことは、ありえない」
「いいえ、あり得るのです。貴方も私も、同じです」
彼女はーー魔王は目を細め、頬に手を伸ばしてきた。触れられたことに幸せを感じる。
「貴方が勇者。私が魔王。それぞれの運命を押し付けられ、生き方を定められた」
「ははっ、今理解した。そういうことか。だけどなーー」
勇者という称号を与えられたことに、今は感謝しているのだ。
「ーー勇者ってのから逃げる道なんて、一度も考えなかったな」
幼げな彼女の黄金の髪の毛に手を伸ばす。頭部全体を撫で、角の根本に触れてみる。
体液で濡れた髪の感触や、角の硬さを感じる。
「最後にお名前をお聞きしても」
残された時間なんてもうない。彼女もそう判断したのだろう。
「ユウだ。ユウ=カレント。お前さんは」
魔王の名前も勇者の名前も、魔族間、人族間で秘匿されていたのだった。
「マオ。マオ=スタックです」
嗚咽の混ざる、途切れ途切れの自己紹介。死ぬ間際の『初めまして』に幾筋の鉄と塩が頬を伝う。
「もう一度。出会いたいです」
「俺もだ……フォーテインの森に俺の家がある。そこに行こう。そこで暮らそう」
言い切ってから、自分の言葉に気が付いた。
本心からの言葉だが、それは空虚な幻想。それを語り、誓いを立てる。
薄れゆく意識の中、共に終わりを迎える彼女の表情は、生涯で初めて向けられたーー
「……はい」
ーー笑顔だった。