表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ARメガネと神様

作者: からす

 Augmented Reality、日本語に訳すと拡張現実という技術がある。裸眼で見る世界、つまり現実世界。そこにある何か、建物でも人でも、何なら動物でもいい。まずインプラントされたチップに情報を入力する。それを開示するよう設定し、フィルターを通して見ることで現実世界に情報が表示される。利用もたったツーステップと簡単で、インプラント手術も、麻酔、切開、挿入、縫合だけで済むため費用もそれほどかからない上に国から補助金が出るようになり、その技術はあっという間に拡散した。

 主な利用例を三つほど上げる。まずレストラン。フィルターを通して建物を見たら、そこにメニューや価格、アレルゲンなどの情報が表示される。

 次に緊急事態。心拍数の急激な下降、上昇、不整脈などが起きた時、周囲のフィルターに情報を発信して助けを求める事ができる。

 最後に身分証明。人体にインプラントされたチップの情報を操作できる権利があるのは、警察、役場などの公的機関を除き所有者本人のみ。ただし、逮捕歴と学歴、職歴は本人には操作できない。できるのは開示設定のみで、殺人・強盗・強姦などの重犯罪は強制的に常時開示される。勿論冤罪なら非開示になるが。


 この技術は便利で悪用されづらい。まさに夢の様な技術なのだが、都会では情報が常に絶える事無く目に飛び込んでくるので少々疲れる。だから技術を利用しない老人ばかりの僻地、田舎。あるいは人なんて居るはずのない山奥。趣味の山登りをしに来ている……のだが、つい道を間違えたのか、少し山奥に入ってしまった。普通は誰も入ってこないような、木の生い茂る奥地。なんとなく惹かれる物があり、ARチップで自分の歩いてきた道が表示されるのをいいことに、どんどん奥へ奥へと潜っていく。

 草木をかき分けて、前へ前へ。奥へ奥へと。絡みつく草や飛んでくる虫に悩まされながら進むと、やがて少し開けた場所に出た。

「なんだこれ」

 こんな場所にチップが有るはずはない。無いのだが、その広場にいくつもの半透明な物体が浮いている。ARにしては形が定まっておらず、まるでアメーバのように流動性が有る……気がする。

 都市伝説のようなものだが、ネット上で「AR機能で幽霊が見える」とかそういう話はよく聞く。噂は噂。まさか現実でそんな事有りはしないだろうと思っていたが、案外そのまさかだったりしないかと、AR機能を切る。半透明の物体は、見えない。墓とかもないが。

 まさかと思ったら、そのまさかだったようだ。なんとなくこれは良くないと、再度AR機能をオンにして踵を返し、来た道を戻ろうとする……が、何ということだろう。さっき来たはずの道筋は表示されているのに、道がない。かき分けた草などどこにもなく、先ほどまではなかった木が一本生えているのみ。口角が引きつる。これは、良くないどころか最悪だ。理解不能の超常現象に遭遇するなんて、生まれて始めてだ。当然、どうすればいいかなどわかりはしない。ただ振り向いて、半透明の物体を眺めるのみ。

「まあ待つがよいご客人」

 声。音。空気の振動が、耳に入り、それが脳で情報として処理され、認識された物……はしない。耳は介さず、脳の中に直接響くような感じがする声。

「百年以上、人間とはご無沙汰でなあ。私の姿が見えるとなると、二百年以上だ。少し話し相手になってはくれまいか」

 恐る恐る、振り向く。半透明な超自然的な何かが、ぐにゃりぐにゃりと波打って、形を変えていく。伸びて、縮んで、出て引っ込んで。段々と、人の形に近い物になる。理解できないものが、たまらなく恐ろしく、AR機能をまた切る。見えない。

「あぁ……どうだったか。確か、こんな感じだったか。どうも昔の事だから上手くいかんな、すまんがもう少し待ってくれ」

 しかし声は聞こえる。これもまた不気味。

「よし、こんな物だろう。どうだ、上手く人の形になったか?」

 そう言われても、わからない。見えないのだから。見たくないのだから。しばらく黙って、固まっていると、頬に何かが触れる。実体の無い何かが、頬を撫でる。冷たくも暖かくも、硬くも柔らかくもない。乾いてもいないし、湿ってもいない、理解できないナニカが触れる。

 見えない何かに触れられていることがたまらなく恐ろしく、機能を戻す。

「……」

 目の前に居たのは、古めかしい衣服をまとい、やや身長が低く、今の時代ではなかなか見ることのない、古いタイプの美しさを持った女性。黒くつややかな髪が、腰まで伸びている。機嫌がいいのか、ほほ笑みを浮かべ、真っ白な手で私の頬を撫でていた。その笑顔で恐怖はどこかへ消え、その代わりに安堵が胸を満たした。

「どうした、見えるのではないのか?」

 首を縦に振る。

「では感想を言わぬか」

「美人ですね」

 率直な感想を伝える。すると気を良くしたのか、一度離れ、腰に手を当てて笑い出した。

「そうであろう、そうであろう。力は衰えても、一応は神の一柱。信心を集めるために、こうして美しくあるのだ」

「幽霊ではないんでしょうか」

 神、と聞いたが私の持つ神のイメージとは随分異なる。神というとやはりもっとこう、普通ならキリスト教的な物を想像するが。それにそんなオカルティックな物が、科学の粋であるARフィルターを通して見られるのはどうも違和感がある。似たような物である、幽霊が見えてもおかしいが。

「幽霊のう。そう言われるのは癪ではあるが、実際は力ある幽霊にさえ劣るのが今の私よ。お主の無礼も許そう。許さなくとも、形を保つのが精一杯な現状ではどうにも出来ぬがな」

 それに、神というには正直、あまりにも友好的。威厳は感じるが、まだ話しやすい程度。

「昔、ここに社があって、もっと人が信仰深かった頃には今よりも力があったのだがなぁ。まあ時代と共に人は変わる物だし仕方がない」

「はぁ……」

 こちらはさっきからほとんど喋っていないのに、一方的に口を回す自称神様。話しかけるだけなら猪でも鹿でも蝶でも、なんでもいいだろうに。

「ところで、お主は何故ここに来た? というか何故来れたのだ? 百年以上、誰も訪れなかったような秘境だ、道らしい道も木が生えていて通れないはずだろう」

「草木は生えてましたけど、通れないほどじゃありませんでしたよ」

 ただ、その道も今は何故か塞がってるが。これでは帰るに帰られない。帰さないためとも見えるが。

「そうか。ふむふむ。まあいい」

 何がまあいい、なのか。私にとっては、あまりいいことではないのだが。それからしばらく、日が暗くなるまでとりとめのない話は続いた。やれ、体格がいいが何を食っているのだとか。外では何が流行っているんだとか。とりとめのないことを、いくらでも聞かれた。

 そうこうする内に、フィルタに搭載されたバッテリーが切れて、自称神様の姿が見えなくなった。それを伝えると、ひょいとメガネが取り上げられた。

「おお? これで私の姿が見えておったのか。人は不思議な道具を作るのう」

「返してくださいよ。無くすと面倒ですから」 

 一応、これにもチップは入っていて、誰の所有物かという情報が入力されている。無くしたらまずは取りに行けと命令される。取りにいけない場所にあるなら、取りにいけない証明をしろと言われるし。

「もちろん返す。が、その前に話に付き合ってくれた礼をさせてもらう」

 メガネが戻され、その次の瞬間に、全身が実体の無い何かに包まれる。抱きしめられている、のだろうか。衣服を通り越して、肌に何かが染みこんでくる。

「よし。では、森の入り口まで道を作ってやろう」

 木が動き、草が動き、土が出たり凹んだり。夕日に照らされて、一本道が出来上がる。なんとも非現実的な光景に開いた口がふさがらない。

「さらばだ。縁があればまた会おう」

「……さようなら」

 そういう自称神様の顔は、もうフィルタのバッテリーが無くなって見えないから、笑顔なのか、別れを惜しむ顔をしているのかはわからない。とりあえず、別れの挨拶をして出来た道を歩いて行く。




 数日後。旅行前に買った宝くじで三等が当たった。これが神様の言ってた礼なのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ