声を出す
朝起きたら、声が出なくなっていた。
いいや、本当はそうではないのかも知れない。話そうとしてみても、喉がまったく震えているように感じないのだ。耳はちゃんと聴こえているようなのに僕だけの声が聴こえない。だからもしかしたら僕がおかしいだけで声は出ているのかも知れない。
とにかく、起きなきゃな。
今日は彼女に借りていた本を返すと約束していた日だ。返すのは午後だと伝えてあるから急がなくてもいいし、それに加えて休日だけれど、あんまりごろごろしていては動くのが億劫になってしまう。はぁ、と息を吐いてベッドから起き上がった。
適当にテレビをつければ、彼女の家の近くで殺人事件があったとか、僕の家の隣で死体が見つかったとか、物騒なニュースのオンパレードだった。
……ななみ、大丈夫かな。
早めに返しに行った方がいいかもしれない。最悪いなかったら家族の人に渡しておこう。ちょうど焼けたトーストにマーガリンを塗って口にしたら、いつもよりざらざらしていた。
げっ、あいつ。
彼女の家に向かっている途中、同じ学校のやつを見つけた。喧しいから僕はあいつが嫌いだ。馬鹿だしお馬鹿だし、とんちんかんだし。嫌いな点をあげたらキリがない。まあ、僕が冷めてるだけなのだろうけど。
なんて考えていたら肩に軽い衝撃、振り返るとあいつがそこにいた。ああ、いるのがバレてしまった。
びっくりしたとか、お前なにしてんのとか色々言われるのを適当に受け流す。あいつはそのまま少しついてきてから、なんか甘いもんでも食って機嫌直せよと言い残し去っていった。心底心配そうに言われたが、機嫌悪く接しているつもりはなかった。声が出ていなかったのかな? それとも思い通りに出てなかったのかな? …まあいいか。あいつが怒っていないなら面倒くさくはないや。それより、急がないと。ななみが心配だ。止めていた足を再起動させて先を急いだ。
かけるくん!
チャイムと共に飛び出してくる彼女を受け止める。どうしてこんなに速いの? と聞いてみたらたまたま窓から見えたからと愛らしく笑う。今日も彼女は可愛い。
いきなり来てごめんと伝えてみたら、ぎゅっと抱きしめられた。ちょっときついよ、笑いながら優しく言う。
すると彼女の目がずん、と暗くなった。
今までそんなこと思ってたの? かけるくん、そんなこと言う人だったの?
…自分は何を言ってしまったのだろう。ここまでは変なことは言ってはなさそうだったのに、ここに来て彼女を怒らせてしまった。とにかくまだ間に合う。謝らないと。謝罪するも火に油を注いでしまったのか、彼女は本格的に僕を責め立て始めた。なんで、どうしてこんなことに。混乱しながら謝る。謝り続ける。全身全霊をかけるが、そのいちいちがなんでか彼女の逆鱗に触れてしまう。僕のことがわからない、使い物にならない耳は、かわりに彼女の怒号を敏感に受け止める。僕はなんて言ってしまっているのだろう。どんな顔を僕はしているのだろう。怖い、怖い。そのうちに彼女の甘い両目にうっすら、似合わない涙が溢れる。
かけるくんなんて知らない。
いなくなっちゃえ。
ばどすっとドアを閉め、鍵を閉め、さらには自室のカーテンまで閉め、彼女は僕を拒絶したのだった。
ふらふらと自宅に帰り、ベッドにダイブする。本は彼女の家のポストにいれてきた。ずくずくと胸が痛い。僕はなんてことをしてしまったのだろう。彼女にあんなに嫌われてしまうようなことを、どうして言ってしまったんだろう。なんと言ってしまったのだろう。ぼろぼろと崩れる目元を隠すように抱き枕に顔を埋める。
きらきら輝く君との世界も、崩れてしまったな。
おもむろにスマホに手を伸ばす。慣れたロック入力。彼女の誕生日だった。なんでもかんでもななみだったんだ。歪み零れ続ける視界で連絡先を開く。簡単なこと、すぐに終わることだ。いいんだ、もう彼女とは……。
僕は彼女の連絡先を全部消した。
ロックのナンバーも変えた。
これで本当にさよならだ。泣いても泣いても止まらない気持ちに嫌気がさす。心身共に疲弊していた僕はそのまま意識を手放した。
目が覚めた。ぐっと背伸びをすると気持ちの良さそうな声が溢れる。これは正真正銘僕の声だ。
いつもどおり、平和な目覚めに、夢を見ていたのかとも思った。そのまま友達に誘われていたカラオケに行く支度をする。SNSで彼女にこのことを連絡しようと名前を探す。
…ああ………おかしいな、夢じゃなかったのかな。
いつもどおり平凡な日常が始まる。
その中には彼女の名前だけがなかった。
最後の方ノリノリで疾走してしまったので少し表現が雑ですね…。
最近スランプというのか、やる気が全く出てきません。なんてこったいです。何に関してもこうなので早くどうにかしたいものです。