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矢次忠宗

矢次忠宗やつぎただむねって読みます。

 死が迫っているような、そんな予感が、確かにした。

「正直、『読み』が外れたことに関しては、素直に称賛の言葉を与えたい。だがしかし、いかんせんそれが真に相応しいものかどうか、私には判断しかねるぞ。こと心理的考察において、私を出し抜ける者は居ない。ともすれば、やはり君はその出鱈目な力を以てして私の予想の範疇を超越したと結論付けるのが妥当か」

 目の前の男は、いかれている。普通じゃない。先ず、有弥の狙撃を逃れて今両の足裏を地面に乗せている時点で、尋常な輩ではないことは明白なのだが。さらに、今奴の元に居る四人余りの人物は、有弥の狙撃対象に選ばれていた要人だ。狙撃は九人、成功したと聞いていたはずだから、おそらく影武者でもたてて狙撃を逃れたのだろう。予知能力にも似たその未来予測は、確かに脅威だ。

 そして、本来ならば今すぐにでも引き金を引き絞り、目の前の生きている奴を余さず葬ってやっているところなのだが、現状、そうする訳にはいかない事情がある。

「一か八か、なんて莫迦げた考えはよせ。一でも八でもなく、ゼロなんだ。君の勝率は現時点において、ゼロ、なんだ」

 現時点において、とそいつは強調して言い放った。

 今、俺の体は大量の火薬にまみれていた。匂いで判断するに、この地域でかなり古い時代、短い期間ながら弾薬などに利用されていたものだろう。爆速――爆薬として用いた場合の威力を表す数値――にして、約七八〇〇。これは、同じく爆薬として有名なダイナマイトなどに使用されるニトログリセリンの数値をも超える。だがこの極めて強力な威力とその焼夷性の反面、着火が非常に不安定で、暴発事故が相次いだためすぐ旧式となり表舞台から忘れ去られた、言わば骨董品のようなものだ。

 油断していた訳ではない。その重要性を知らず、弾丸を回避する片手間、粉如き、とむしろ自らかぶりに走った。銃を発射すればその発火で火薬は点火。俺の体は綺麗に吹き飛ぶだろう。それも、量が絶妙だ。

「だが」

 そんな俺に向かって、男はおもむろにコンバットナイフを引き抜いて言った。

「未だ狙撃手の引き金に指がかかっている以上、私の勝率も十割ではない」

 銃を突きつけられていた今までとは変わり、銃口が下げられた今、俺には軍刀を抜く余裕が与えられた。

「要は、時間の問題だ。増援が到着するまであと三分足らず。君たちの狙撃部隊はそれで片付くだろうが、それを待っていては遅い。君という脅威が未だ消えていないからな。三分という時間は、君がその軍刀で私達を殺し得る十分な時間になるからな」

 淡々と説明しているが、内容の八割は聞こえていない。なんだか知らないがこいつは俺を撃つのをためらい、ナイフでの抹殺を試みているらしい。好都合だ。

「以上の理由で、君には祖国を裏切ってもらう」

 ――だから、殺さないのか。

 思わず笑ってしまう。

「そうでもなければ、とうに君は死んでいるからな。だが勘違いしてもらっては困る。君の意志は聞いていない」

「……二流が。銃を下げた時点で、お前の負けだよ」

 走り寄り、抜刀で胴を狙う。この速度であれば、この速度で振りきれば、あのナイフでは防げない。まして回避など――。

「何度も言わさないでくれ。君の意志は聞いていない。君に、選択権はない」

 男は、体を反らせて軍刀の軌道をくぐった。目視することすら敵わない速度の刀剣を、避けた。そんな芸当は、刀を振る以前から回避行動に移らなければ不可能だ。だがそんな事をしても、結局は軌道修正の後、斬られることとなる――。

 そんな思考の暇すら与えず、男のナイフは俺の腹めがけ突き放たれていた。長身の刀を振るった全身は、接近された小型の武器に対応出来ない。俺はとっさに、左腕を盾に、身を庇った。同時に飛び退き、距離を取る。男もそれ以上の追撃はしない。

「お前、名前は」

「矢次忠宗。元帥という役職上、白兵戦は久しい。が、これ如きに自分の部隊を壊滅されかけたと知ると少々情けないな」

 間合いを一旦開ければ、再び俺に攻撃の主導権が渡る。

 左手を脱力してぶら下げ、次は突きを以って矢次の首を狙う。リーチの長い武器の刺突であれば、速度も威力も短いそれとは桁違いのものとなる。

 一秒にも満たない判断が遅れた。そればかりに、矢次は軍刀を見切り、左肩の上をかすらせた。

 まずい――。

 腋の下を転がるようにして駆け抜け、通り抜け様に奴のナイフは俺の左腿を深々と切り裂いた。奴にその気があれば、首はなくとも、心臓を一突きにされていたやも分からない。

「……舐めやがって」

「私には、殺さずとも君を殺せる自信があるよ。すぐに膝をつかせてひれ伏してもらう」

ナイフを向けて、余裕そうな笑みを浮かべた。

だが、この二撃で分かった事もある。これは回避と言うよりも、正確には、虚空に振らせた、と表現するのが相応しい。俺の攻撃を完全に読み切った上で、微妙なタイミングまで回避をわざと遅らせ、回避を『予測させない』のだ。それにしても、異常なまでの行動予測の正確さ、そして意識の一瞬の隙を突くタイミングは、何を以ってしても解明不能だ。おそらく、これが矢次の天賦の才であり、武器なのだろう。

ばっくりと穴が開いた太腿から、湧水の如く血は躍り出た。早急に止血を行わなければ、数分の放置で失血死もあり得るだろう。だが矢次の目的はそれではなく、足止めだ。少なくとも足を攻撃すれば、速度を維持する事は不可能、増援に対する脅威も小さくなる。その上、銃が使えないこの状況で動けない、となれば最早死人も同然だ。

「君もすぐに分かる。裏切るという行為は、所詮、裏切られた側の言葉で表現したに過ぎないものだ、と。その戦闘能力を以ってして、さらに俺の戦略に従え。その時お前は真の兵器として覚醒出来る」

 ナイフを握り直し、矢次は俺に向かってきた。

 軍刀は、振れる。だがしかしほとんど上半身のみによる駆動だ。

 次の一撃を回避されれば、いよいよ俺に選択権はなくなる。

 銃は、撃てない。

 撃てない。

 ならば。

「まあおとなしくここは退いておけ。その足を治療した後、新しい任務を与えてやろう」

 矢次が軍刀の間合いに、入った。その上半身目掛け、渾身の袈裟切りを繰り出す。斜めに振り下ろされた刀身は、だが果たして空を掻いた。ナイフの切先は既に俺へと向いている。

その刃の軌道を俺は見逃さず、迫りくる攻撃を、そのままマグナムリボルバーの銃身で弾き返した。

 負傷していた左手で、抜き打ちの動作宜しくナイフの攻撃を防いだ。結果は成功したものの、今の左手の握力ではリボルバーを握り続けることは難しく、銃は衝撃で空中を舞ってから落下した。左手が悲鳴を上げている。だが――。

(一撃をかわしさえすれば、それで良い。後は……)

 右腕を、意識の内に呼び戻す。後一振り。それで終わる。

 軍刀が避けられるのは、その軌道を先読みされるからである。

 ならば、軌道を隠すのではなく、軌道を意味のないものにすれば良い。

 ゆっくりと、欠伸が出るような速度で俺は軍刀をそっと矢次の体に触れさせた。

「なっ!?」

 その瞬間、ナイフ攻撃を弾かれた事以上の衝撃を矢次が襲った。表情の変化は明らかな動揺を表している。

 あらかじめ刀身を接した状態で、斬撃を繰り出す。通常の一振りに比べ必要な力が跳ね上がり、それでいながら威力は低い。だが絶対に回避する事の出来ない一撃を喰らわすことが出来るのもまた確かである。現実には、先ず相手の体に刀身を触れさせることすら不可能なのだが、今回の場合は、相手と極めて接近していた上に、使うはずのない左手の登場によって矢次に思考の余地を与えなかった。

 左半身を腰から肩に掛けて真っ直ぐ、刀身の餌食とされた矢次は、肺付近の骨や筋肉を断裂させ、容易には動けない状態だった。

「さすが、俺の予測の範疇を越えただけはある。良い攻撃だ」

 流血から察するに、傷の深さはおよそ臓器までには達していまい。だが、奴はもうあの素早い駆動をする事は出来ない。

 再び静止したまま、対峙する。

「……ここまでしてもまだ分からないか。仕方がない。増援を狙撃部隊の方にも遅らせたもう一つの理由を、話してやろう」

「何?」

「やはり、分かっていなかったようだな。あのライフルは、俺が開発したものだ。発射機構から弾丸の構造、火薬の量に至るまで全て記憶してある。いかな正確な狙撃であろうとも、それがあの銃である限り、特性が熟知しているからして、このように火の壁を張りさえすれば脅威にはなりかねない」

 確かに、この男は今四人もの要人を保護することに成功している。はったりや出まかせの類ではない。

「なら、何故部隊を……」

 

「淵崎有弥」

 

 ねっとりとした口調と、今にも大穴を開けてやりたいような間抜けな笑みで矢次は、確かにその名を言い放った。

 瞬間、全ての思考が停止と加速を繰り返すような、妙な感覚に駆られた。脳裏には、彼女の顔が浮かんでいる。

「だから言っただろう。君に選択権など無いし、勝率はゼロだ。唯私の勝率が十割ではなかっただけ、というのが分からないのか? 莫迦は扱いづらくていかんな」

今すぐリボルバーを拾って撃て。――駄目だ。

斬りかかれ。――出来ない。

殴り殺せ。――無理だ。

こいつを殺せ。――ならば、どうやって?

「……諦めて降参しろ。もう貴様に道は無い」

 こいつを殺して、そして有弥の元まで走って行こう。途中で足が動かなくなって、失血で死ぬ。

 こいつを殺して、あの莫迦の隊長を呼び戻そう。とうに避難して、海岸に到着している。

 こいつを殺して、こいつを殺そう、こいつを殺せば、こいつが殺されて、こいつを殺さなければ、こいつを殺して、こいつを殺して、

 有弥が死んで、有弥が死のう、有弥が死ねば、有弥に死なれて、有弥は死ななければ、有弥は死んで、有弥が死んで、有弥が死んで、

『陽宗、聞こえる?』

 ……ふと、耳にかゆさを覚えた。空気が揺れたような気がした。有弥からの通信が入った。

『狙撃ポイントを変更して、今そこと1.3キロメートルの距離に居る。炎からの死角に、移動した』

 矢次には未だ通信の存在を知られていない。

「矢次、淵崎有弥軍曹の狙撃をあの炎で以ってして回避できると、お前はそう考えている訳だな」

 俺の態度の変化に、少なからず奴も違和感を抱いたのだろう。

「有弥、炸裂残片弾を使え」

 その時点で矢次の思考は結論にたどり着いたらしい。

「莫迦な、いくら連絡手段があったとしても、そんなもの何の意味も為さない! この状況を狙撃によって切り抜けようだと? 不可能だ、大体、炸裂残片弾など使用すれば……!」

 炸裂残片弾、対象に命中した瞬間の衝撃で弾頭を二次炸裂させ、被弾域を何百倍にも拡大するという出鱈目な弾丸だ。

『そ、そんな……』

 遠方からの有弥の声も聞きとれる。おそらく、あの『目』で未来を見通したのだろう。衝撃の結果を、彼女は知り得ることが出来る。

『前方の壁に衝突した瞬間に第二火薬の炸裂。その部屋を丸ごと飲み込んで、それでも弾丸は止まらない! 中に居たら陽宗も……』

「死ぬつもりか、志楽陽宗!」

 矢次の咆哮を聞き取って、しかし返事は保留する。

「自分の死に場所くらい、弁えているさ」

 そして、ゆっくりと呟いた。

「有弥。自分の撃ちたいように撃て」

『でも……』

「撃て。自分の引き金くらい、自分で引け。俺は、方法を提示しただけだ」

 有弥の目と腕に全てを賭けて、それで尚、俺は勝利を確信していた。

 俺はなにも、死を覚悟していたわけじゃない。


淵崎さんは、物体の動きが見えます。

志楽さんは、弾丸が当りません。

矢次さんは、なんか相手の考えが分かるとかそんな感じです。

皆そういう特殊能力なり魔法なり才能なり勘なりがあると思って読んでください。

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