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狙撃

今回は全部淵崎さん視点。

 狙撃地点に到着してから、作戦を開始するのは私の方からだった。一発目の弾丸を放った後、合図を送り、ほぼ同時に撹乱部隊が襲撃を始める。そういう手筈だ。

「最初の標的は屋内だ。こちら側から撃ちやすい、北側の部屋の中だ。障害物である塀や壁、窓ガラス及びいかなる生物も無視して良い。この距離ならば、厚さ三十センチのコンクリートを三枚貫通しても、人間を殺すのには十分すぎる威力を残すとの報告を受けている。それを踏まえて、準備が整ったら合図しろ」

 ライフルを設置し、伏せ撃ちの態勢を整えた私の後ろで、双眼鏡を持った隊長が説明した。もう片方の手には撹乱部隊へ繋がった無線機が握られている。

 左手のレバーを絞って、スコープを調節した。先ず通常の遠距離スコープをズームして、ざっと四十倍ほどで止める。そして建物全体の姿をやっと捕えると、次は赤外線スコープを使ってコンクリート塀の枚数を確認する。厚さは三十センチを超えるものではなく、それが一つ、建物を大きく覆っているのみであった。私はスコープから目を一旦離して、別の画面を覗いた。そこにはスコープで切り取った場所を上空から見た航空写真の画像が映し出されていた。縦に一直線、ライフルの弾丸が飛ぶのであろう弾道が映し出されている。これもズームが可能で、今のライフルの向きでは、目標の部屋を大きく逸れるらしい。私はもう一度スコープに目を戻し、今度は熱感知スコープにモードを切り替えた。ズームをさらに拡大させると、人影が一つ、二つ、三つ。

「同室に、標的以外の人間の反応を発見しました。どうしますか?」

「ああ。ここからは視認出来ないが、おそらく秘書辺りだろう。別の標的の居場所は他の伏兵が確認している。標的以外の人間の殺傷も、止むを得ん場合は許可されている。だが、弾薬の浪費はその例外だ。それだけを守れば良い」

「了解」

 二キロという距離は、このライフルにとっては近過ぎる。おそらく衝撃波や寸前の壁の破片などの被害は標的と、その周囲直径二メートルにまで及ぶことが予測される。標的の体は霧の如く消え失せ、その人の付近に並ぶ人間は、小型の爆弾が炸裂したように錯覚するだろう。生死は運に委ねられる。

 私は、再び赤外線スコープ、通常スコープ、航空写真の順で確認をし終えた後、目を閉じた。脳裏には、未来が張りつき、消えていく。

 弾丸は、横方向からの風をも切り裂き、加速を続ける。一秒を超える欠伸すら出そうな長旅を終えると、障壁を貫通、軌道を少しも曲げることなく標的の柔らかい肉を螺旋でかき混ぜる――。

 しかしそれは全て、このライフルを完全固定して弾を完全な直線を以って放つことに成功した場合の、仮の想定である。

 私の脳裏に映ったのは、そんな夢物語ではなかった。火薬の爆発は本来三キロメートルの旅を想定した燃料であり、その余力は容赦なく『反動』として私を襲う。同時に銃身は悲鳴を上げながら狂い踊り、螺旋を強いるライフリングで弾丸を惑わせるのだ。ミリ単位で弾丸の回転は狂い、その異変はコンクリート塀に衝突した際、六センチと八ミリの『ずれ』を生じさせると共に、爆裂したコンクリート片の歓迎は進行方向を三センチ歪ませる。果たして、当初ポインターが示した標的の脊椎を大きくずれ、右腕の中央部に命中する――。と、これが正しい未来予測だった。

 それら全てを鑑みた結果、私はポインターを左下に0.03ミリだけ下げたあと、然るべき筋肉を緊張させた。右の人差し指にトリガーの前に止める。熱感知スコープの中には標的の背中が黄色く映っている。

「撃ちます」

 ふっと、羽毛のように軽く触れた。

 爆発音と同時に目の前がぱっと白んだ。網膜に噛み付いた光は、熱感知スコープを通して抑えられた銃口の火花の噴射だった。右肩には強烈な反動が走り、だがそれらはほとんどが足や地面に接している体を通して地球へと流れ込んだ。

 スコープ内の標的は胸から上が綺麗に消し飛び、二本の足の熱だけが虚しく熱を発していた。

 私が左手を挙げて命中を知らせると、隊長がすぐさま撹乱部隊へと連絡する。

「攻撃開始!」

 スコープを通常モードに切り替え、倍率を少し下げた。建物の入り口から、玄関口に向けてガトリングガンを撃ちながら数台の戦車が突入してくる。陽宗の姿は確認できなかったが、うまく注意を逸らす事に成功しているのがうかがえた。私も、見物している暇はない。すぐさま第二射の準備に取り掛かる。

シングルアクション――一発撃つ毎に手動で次の弾丸を装填、発射の準備を整える必要がある銃――であるため、且つ常軌を逸した反動と、さらにはその射撃距離から、この銃を素早く連射する事は困難を極める。一発、射撃に成功したとしても、二発、三発と命中を続けるためにはそれなりの時間を要する。これも、実戦での導入を渋られていた理由の一つだ。

だが私の狙撃の才は、それすらも全く問題としなかった。

コッキングと同時に、肩に力を入れ直し、場所を元に戻す。スコープから目は離さずに、次の標的の位置だけを上空からの写真の中に探す。筋肉の緩急のみでわずかばかりの方向変換を行い、軌道を大きく移動させる。呼吸を整えると弾道を頭の中で見て――人差し指を曲げた。

「第二射、撃ちます」

 反動、爆音、閃光、そして、命中。でも、後者二つは虚構の如く、スコープという小さな世界の中に起こる事象に過ぎない。私が覚えるのはただ耳鳴と肩にかかる重みそれだけだ。

 だからこそ、ここまで来られたのだ。私は銃を撃つことに慣れていても、人や物を撃つことには慣れていない。狙撃というのは、逃げ口なのだ。戦場に生きる身として、最もフィクションに近い攻撃をするのは、この役職なのだと、私の本性がそう教えてくれたに違いない。

 最早、何も感じない。何も考えない。ただ純粋に、このライフルのオーナーとして、弾丸を放つ手伝いをするだけなのだ。

 三人目。

 四人目。

 五人目。

 六人目。

 七人目。

 八人目。

 九人目。

 あと、二人。という所で、標的が地下の部屋に逃れたらしい。流石に大地を貫く狙撃は不安だ。狙撃を恐れて逃れたということは考え難い。合計九人の人物を狙撃するのに要した時間はおよそ五分足らず。さらに狙撃対象に選ばれた人間はその地位の高い者から抹殺していったため、誰が対象となっているか、あちら側からしてみれば予測するのは容易ではない。おおよその目途を立て、要人を悉くかくまうとなれば話は別だが、そんな様子は見られない。ならば――。

「隊長、十人目の標的が安定した射程範囲内に居ません。十一人目と順序を変更、優先順位を無視する許可を」

「仕方がないな。良し、許可する」

 スコープの倍率を下げ、十一人目を探していた、ちょうどその時だった。陽宗の姿が目に入ったのだ。

 以前と同じだ。スコープの中の陽宗は、やはりその雰囲気を周りとは異にしている。黒い龍は、暴れていた。どの種類のスコープを使ってもそれは明白で、つまり彼の輪郭も、体温も、残像も、全てが志楽陽宗としての殺戮を体現していた。

 見惚れてしまう。殺人者としての彼を見て、私の意識はそこに吸い込まれている。そういう事実に、はっと気付いて短く息を吐きだした。何をしているんだ、私は。

「撃ちます」

 十一人目の標的、最後の狙撃対象をレンズの中央近くに捕まえて、私は静かに言った。……と、普通ならばそのまま引き金を引くのだが、何故だかそこで、私の脳裏をよぎったのは標的調査書にあった違和感だった。十一人目。その人物だけが妙に印象に残っている。あれは確か、そうだ、経歴の項目を見ていた時。

『独立運動を内部側から支持。その後国内からの糾弾と、独立派リーダーとの対立を経て隣国政府幹部へ寝返る。軍人。現在の役職は元帥に当たる』

 今回狙撃の対象となった隣国の要人は全て、主に外交関係をはじめとした政策の決定権の持ち主や有力者で構成されていたのだ――ただ一人、この男を除いては。しかも彼は、政治的戦略や作戦だけを会議するだけの軍人もどきなどではなく、幾度となく過酷な戦場を生きのこっている、紛れも無い猛者であった。

――だからと言って、狙撃に支障が出るだろうか?

(否、考え過ぎだろう。いくらなんでも、五分やそこらで狙撃を読み、部隊を呼ぶなどという所業を、成し得る人物であるとは考え難い)

 心を落ち着けて、呼吸を制した。肺の伸縮が一時的に制止する。体が完全に硬直し、引き金に触れた――丁度その瞬間に衝撃は重なった。

 スコープの中の男の身体が、高速で移動を始めたのだ。およそ、通常の疾走。腕を振り、足を滑らせるごく普通の『逃走』である。私は文字通り息を呑んだ。火薬は既に炸裂していた。

 発射された弾丸は、約1.2秒後に標的へと到達する。その間にヒトが走り得る距離は、八メートル強、といったところか。このライフルの衝撃から身を守るのに、十分すぎる長さだ。……しかしながら、それは狙撃方向を読み、狙撃の瞬間を見切り、狙撃を確信していたとする場合のみにおいて可能な神業である。

 さらについで言うとすれば、私が狙いを付けた時点で、そこから生きて回避することは理論上不可能なはずなのだ。それは、他でもない私の天性の才による『物体の運動予測』によるもので、いかに静的な物体と言えど、それが運動を伴い活動を始める切り替えの瞬間というものは、運動中の物体宜しく、その予兆が表れ、軌道が見えるのだ。ヒトは無意識下で、筋肉を動かす準備を、例え一瞬であれ行う。私にはそれが四肢の緊張として読める。にも拘わらず、あの男は――

(全く動かない、はずだった……。何も見えなかった。スコープ越しにしても、わずかな揺れでさえ読みとれなかった……)

 呼吸が乱れ、視界が安定しない。自分でも分かる程に動揺していた。

全てを鑑みると、あの男は、狙撃の飛来を完全に予測し、狙撃手である私に対抗し得る適当な回避手段を以て、弾丸を回避したのだ。

はっと我に帰ると、既に遅かった。男の姿を捕えようとスコープを向けるが、そこには幻影のように揺らめく赤い壁が視界を覆うばかりであった。炎である。男は、狙撃から間髪入れず自分と私の間に巨大な炎の壁を作って盾としたのだ。本来ならば、化学現象の一つに過ぎない気体など、このライフルはものともせず貫くのであろうが、だがしかし、対して『スコープ』 の方は話が違う。超遠距離を目的とした狙撃用に作られたこのスコープは、視野の熱を感知してその輪郭を私に伝える。そこに、炎という熱の塊が入り込むことで、それだけで私の目を潰すも同然なのである。

 にわかには信じがたい。現実なのかすら怪しく思えるほどの怪奇じみた回避。あり得るはずもない現象を裏付けするかのように、調査書の内容は私を嘲笑った。

 独立運動を内部から支持――?

 まさか。確かに、このライフルは独立活動が明るみになる以前から、幹部達のみによって開発された独自技術の一つである。だが、百歩譲って、あの男がこのライフルの事情を知る元独立派の幹部であったとしても、それがどうして、あそこまで的確な予測回避を可能にする理由になろう。

 二キロ先にいる正体不明の恐怖に、私は怯えていた。何故? 危険なんて、どこにもない。二キロメートルという気が遠くなるような距離を隔てても尚、その男の脅威は私の体を硬直させる程のものだった。

 ちょうどその時、傍に居た隊長が声を挙げた。

「何? 敵の応援の到着だと!? 莫迦な、早すぎる! ……分かった。全員海岸まで急速撤退を……」

 明らかに何かが狂い始めている。こちらの行動を予測されているとしか思えなかった。内通者が居たのか? それとも最初からこれぐらいの事態に備えていた? 思索する脳内に、特別響く言葉が走った。

「志楽が単独で動いてるだと? 馬鹿な、あいつ何をするつもりだ。狙撃は既に九人まで成功しているんだ。撤退するのには十分働いた。早急に呼び戻せ!」

 私は頭を起こして、一瞬だけスコープから目を離した。一秒にも満たない、その刹那、私はそれだけを後悔した。

――しまった。

 再び見つめたレンズの中には、さらに狙撃が困難なポイントに移動するあの男と思われる人物の影が映っていた。咄嗟にライフルを持ち上げるものの、最早遅すぎた。安全圏には、静止した男と、他にも数人の人影が見られた。四、五人居る。そのうち一人が男と対峙する位置に立って、硬直している。

 私の中で、妄想が繋がった。確証なんてどこにもないのに、それと信じて、疑わずには居られなかった。

「軍曹、撤退だ。応援がこちらにも到着する前に引き上げるぞ」

「……いえ隊長、あと三分、いや二分だけ時間を下さい。緊急事態です」


チート狙撃銃にはモデルとか特にないです。

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