淵崎有弥と志楽陽宗
淵崎有弥、志楽陽宗って読みます。
船は、そういう見掛けをした大型の潜水艦だ。隣国の海上保安部隊の目から逃れるために、それ用の戦闘に備えた武装もしてある。だがそんな大きな潜水艦でも、内部の通路は非常に狭く、人が二人すれ違うのがやっとだ。
「隊長はなんて?」
「特に何も。銃と軍刀のメンテナンスはいつも通り資金が出ると、それだけだ」
その廊下で、通信室から出てきた直後の陽宗に会った。緊急時とは言え、あれだけ激しい戦闘をしたのだ。それなりの報告が必要となる。はずなのだが。
「妙だ。ここ最近、奴らの襲撃の回数はあきらかに増えてた。それに今回に至っては遂に俺達の進入ルートまで知られたのにも拘わらず、状況の尋問や敵の情報に関しての報告を一切要求されなかった。何か裏の意志を感じざるを得ないな」
陽宗の推測に関しては、私も多少同じような思考に至っていた。
「そうかもしれない。けれど、それはきっと、裏の作戦を進めるためなんでしょう。私達はそれに従えば良い」
だが賛成はしない。自分の意見は持たない。持ったとしても、それは無意味なことだし、発言権のない私が上層部にどうこう言うこともできない。
「……お前、本当つまんねえな」
「一体何に興じろって言うの?」
むすっと言い放ったが、陽宗の意見に全く聞く耳を持たない、という訳でもなかった。
「それに、従うことがつまらないのなら、あなたは何故今ここにいるのかしら」
「ここが一番、給料が良いからに決まっているだろう。今じゃどこ行ってもガラクタ拾って配給待つのが末路だからな。だがだからこそ、上が考えていることには敏感にならなきゃならねえ。危なくなったらさっさと身を引くのが賢明って奴さ」
――例えそのために、人殺しの汚名を被せられても?――
言葉を飲み込んで、私は呆れた風に言ってみせる。
「私には、あなたの考えの方がよっぽどくだらなく聞こえる。それは確かに自由かもしれないけれど、言いかえれば単なる身勝手でしょう」
返答に、陽宗は少し笑っただけで通路を歩いて行ってしまった。灰色のトンネルを進む彼の背中に、そんな身勝手さに、私は本当に呆れそうになった。
一週間経たない内に、軍の会議に呼ばれ参列した。会議と言っても、上層部の指揮官達が私に任務内容を告げ、作戦の確認を行うだけの連絡の場であるが。
「淵崎有弥軍曹、今回の任務内容は少々前例と異なる」
軍の総指揮官である鬼島元帥が、いつにない深刻な面持ちで一人だけ直立する私に言った。
「……と、おっしゃいますと?」
「あの銃で、人を狙撃してもらう」
そうか、と思った。別段、覚悟していなかったことではない。いつかはこういう任務を依頼されることもあるのだろうと、心のどこかでは考えていた。
「隣国は、おそらく近日中に戦争を仕掛けてくる。まともに戦えばこちらに勝機はない。だが、軍曹が例の銃を用いれば話は別だ。先手必勝、やられる前に、奴らの上の、首を狩る」
作戦は思いの外シンプルだった。三日後、隣国の首都に位置する建物を軍の撹乱部隊が襲撃。混乱に乗じて私が遠方から合計十一人の政治関係者を狙撃する、というものだ。
「ただ通例と異なるのは、狙撃対象が物資から人間に変わったことに収まらず、他にもある。主要人物の狙撃において、いくら狙撃といってもそれを易々と許すほどあちらの国の警備は甘くない。そのため銃の威力を以ってして警備を突破する必要があり、対象までの距離を二キロと大幅に減らすことにする」
元帥は、合わせてこうも言っていた。
「それに合わせて狙撃手である軍曹の警備も、より一層強化される次第であるから安心してほしい。そして同時に、囮となって戦ってくれる撹乱部隊も頼れる奴らを集める」
そこで撹乱部隊の中心として抜擢されたのが、他でもない志楽陽宗という傭兵である。
「よう」
会議があった翌日、作戦決行二日前。陽宗はいつもの調子で食堂にいる私の向かい側に座った。パスタ一皿の私に対し、どこの国籍か分からないが私の皿二杯分はありそうな大きさの肉料理を掻き込みながら、自分のペースで語り始める。
「聞いたぜ、今回の作戦。お前もえらい出世っつーか、大した仕事だな。ま、負担でいえば俺も負けず劣らずか」
わざとらしくあるものの、珍しく溜め息などつく彼に違和感を覚えてしまう。
「面倒臭そうだけれど、危なくなったらさっさと身を引くんじゃなかったの?」
「そうだな、確かに面倒臭いし、事実厳しい任務だ。……ま、だからこそ、給与も高く付くってもんさ」
先日聞いたことと、矛盾しているような気さえした。真に彼が単なる守銭奴とするならば、既に荷造りを始めていても、なんら不自然ではない。今回の任務はそれ程までに過激なのだ。それすらも見過ごす事の出来る、生存本能とも金欲とも別の、言うなれば第三の意志が彼にはあるのだろうか?
「お前の護衛を外れるのは、正直言って不安なんだ」
と、下手な詮索をしている最中、彼の一言で、一瞬私のフォークの動きが止まった。第三の意志とやらに、自分勝手な妄想を抱いてみたりしたのだ。
「……」
「死ぬなよ? 死なれるのは、困る。安定した給料源がなくなるのは俺にとっても死活問題なんだ」
言い終わらぬ内に、私はわざと苛立たしげに立ち上がってその場を立ち去った。
積年の彼への負い目を、私は今どうしてくれようと始末に迷った。
こんなことなら、彼と出会って早々に――
惚れなければ良かったものを。
志楽陽宗という名を初めて聞いたのは、私が初めて現地での任務に向かった時だった。その時はまだ、作戦失敗時の補佐、という立場だったので、襲撃部隊の作戦を遠距離から見守っていた。
その時、私のスコープの中に映り、孤軍奮闘、否、孤軍無双していたのが彼である。走行中のトラックに、いきなり茂みから姿を現したかと思うと数秒並走。その強靱な脚力で以って運転席に飛びついた。通常の輸送トラックの上部には護衛用にガトリングガンが取り付けられていて、自動車での接近は不可能に近い。
そんなまさか、と思った。自動車での接近が不可能ならば、足で走って近寄れば良い――そんな考えを、誰が思い付く、否、思いついても実行に移すだろうか。
陽宗はみるみるうちに二台のトラックを停車させた。後方のトラックの運転手を射殺するとすぐさま前のトラックに飛び移り、だがそこでガトリングガンの射撃に狙われた。……のだが、車体に張り付いている彼を、可動域が限られているガトリングガンは、その射程に捕えることはできなかった。横から天井に登り、ガトリングを手で押しのけながら射撃手を斬殺。ガトリングを奪い取ると、躊躇なくその銃口を運転席めがけ発射した。
尾のように黒髪をたなびかせて華麗に舞う姿に、私は見とれた。だが対して――。
帰国後、盗み取った食材などの戦利品を掲げて凱旋パレードに興じる軍の連中を、町の人々は喜んで称えた。大層華やかなパレードだった。
だが。
一人だけ、その身をどす黒い返り血で染め、禍々しい銃器や刀剣を担ぎながら闊歩する陽宗の姿だけは、蔑視すら与えられず、ただただ目線を逸らされ畏怖の対象となっているようであった。
(何故だろう……)
自分は何もしていなかった。それは、周りで戦利品を高く持ち上げて見せている軍人たちも同じことだ。それなのに、称えられるのは、喜ばれるのは、感謝されるのは、誰なのだ。そんな思いを抱いた私の感情は、恋慕というより、むしろ同情であったのだろうか。