ある日の仕事
いつ書いたものか忘れましたが、結構古い奴だった気がします。ただ戦ってるだけです。
私の仕事は、銃を撃つこと。彼の仕事も、銃を撃つこと。
私は、隣国の輸送車や輸送ヘリコプターを狙撃して資材の搬入を防ぎ、それを奪取するための狙撃手だ。
彼は、私を殺さんとするガンマンや軍隊を撃退する、言わば護衛だ。
私は、隣国へ搬入されるはずだった資材を祖国に届け、民の命を繋ぐ救世主とさえ言われている。
彼は、その救世主を守る救世主だのに、救世主だなんて言われない。敢えて挙げるとすれば、野蛮な軍人とか呼ばれていたりする。
そのことに、遺憾の念を抱かないはずもなかろう。
そのことに、若干のいらだちさえ覚えても良かろう。
『淵崎軍曹、十二時の方向だ。見えるか?』
無線で、隊長の声が聞こえる。コンクリートの残骸が積み上がって出来た小高い丘の上に銃を設置し、スコープを覗く。周囲には崩れたビル群や風化した建築物がジャングルさながらに囲んでいる。旧時代の文明の残りだ。
「はい、問題ありません。いつでも作戦を開始出来ます」
私の生まれた国はとても小さく、それと言うのも、元は一つの国であったのを、現在の統治者である皇帝様が独立を試みた歴史がある故である。当然、国際交流の場において私達は圧倒的不利な状況に置かれ、受けた仕打ちは酷いものだった。
『部隊の準備が整い次第相図を送る。準備しておけ』
「了解」
度重なる戦争行為で国内が荒れているのは、どちらの国も同じであったが、土地も人口も小規模なこちらは、食料や資材の不足にかなり悩まされた。
『チーム1、準備完了』
『了解、軍曹、合わせろ。カウント、五、四、三……』
そこで私達が担当しているのが、隣国との国境を超え、重要な物資を奪取するという作戦だった。
『ゴー』
静かに無線からの声を聞きとると、私は銃の引き金を引いた。スコープの中には、輸送路を通過するトラックが三台、連なっている。その距離は、およそ三キロメートル。資材の狙撃などには、通常アンチマテリアルライフルと呼ばれる特別な銃を用いる。威力や飛距離などの性能が通常のライフルよりも優れている大型の銃だ。だが、そのライフルであっても、威力を保つのにはせいぜい二キロやそこらが限界だろう。
『標的停止! チーム1突撃!』
だがこの銃は通常のものとは少し違う。ミサイルに近いものすら機構に組み込んだ特殊な弾丸、そしてその弾丸の発射にも耐えられる強靱な造りをした、この世に未だこの一丁しか存在しない特別なライフルだ。勿論、その大きなメリットに相応しいデメリットも存在する。機関砲を思わせるその大きさと重さ。扱うのは大男でも困難だ。反動や、撃てたとしてもその命中率は、戦力として使えるモノとは到底言えない。他様々な理由が重なり、独立活動以前から開発されていた武器であったにも拘らず、ごく最近になるまで実戦に持ち込まれることはなかった。
だが、それを唯一使いこなせる私という存在がいることで、この銃に役目が生まれたのだ。
「お疲れ。毎回思うが、本当にすごい反動だな、そいつ」
隣に座り込んだ男がぼそりと語りかけてきた。
「肩どころが、右半身持っていかれそうな勢いだ。どうしてそんな反動を、その華奢な体で耐えられる?」
この男が、私の護衛を担当する派遣傭兵である志楽陽宗だ。
「反動は、受け流すものだから。地面と体とにうまく分散させて、弾の軌道を逸らさないようにさえすれば、それで良い」
私は伏せ撃ちの態勢から起き上がり、髪留めを外しながら陽宗の疑問に簡単に答える。前髪がはらりと下りて視界の上部を少し隠した。
「だが、それが出来ない奴がいるんだろうに。撃ち方だけで撃てるなら他の奴にも可能だろう」
陽宗は、愛銃の手入れを終えて立ち上がった。黒い長髪は、女の私よりもむしろ綺麗で、男らしからぬ魅惑の美しさがある。
「生まれつき、物の運動の大きさとか、その通り道、発散方法が見えるっていうか、感覚で捕えられるだけ。多分、他の人は何回も撃たないと慣れないんだろうけれど、私はそれを最初から知っているから状況に応じて使いこなせる」
ケースの重量は、一〇キロを超える。私の体はそれを持って長時間走れるような筋肉では出来ていないので、そのケースを彼に託す。
「成る程、それでスポッターが居なくとも風を読んで弾の軌道を操作出来るって訳か。それならその驚異的な命中率の理屈は通るだろうが、その才能は稀有にも程がある。本当だとしたら、超能力者か何かなのか、お前は」
冗談めかしく呟いているが、案外それは的を射ていることのような気がしてならない。子供の頃から私は、普通の人が見えないようなものが見えた。それは飛行機雲のようなもので、動く物体のゆく先が、白だか灰色だかの「ぼやけ」として表されるのだ。初めのうちは、それが皆見えているものとばかり思い込んでいたのだが、物心が付く頃には、やはり自分の異常性を自覚した。
「こちら狙撃班。任務完了。回収地点に向かう」
『了解』
丘を二人でゆっくりと下って行く。街並みの死骸たる灰色が、視界を覆う。日は高く、じりじりと私達二人を焼き焦がしている。軍に支給された制服は、暑い。シャツの上に防弾チョッキ、その上にジャケットを羽織り、最後にマガジンポケットの付いたベストを着る。ズボンは、裾をブーツの中にしまい込むため、通気性が皆無で中は蒸し暑い。
「盆地は暑いから嫌なんだ。合流時間まで後何分だ?」
前方を歩く陽宗が気だるそうに訊く。
「一一分。この大通りを抜けたすぐ先の海岸がポイント」
元は都会であったのだろう。骨組だけになったものも少なくないが、高層ビル群が私達を空から圧迫する。数一〇年前の大地震の爪痕が、色濃く残っているのだ。地割れで無残な姿になった無人の通りを、二人だけが闊歩している。ここの辺りは地盤が不安定になったために、人が寄り付かないのだ。現代の住民は、多くが政府指定の安全地帯に細々と暮らしている。
「ここがその港か?」
「ええ、そのはず」
到着したのは、人の気配を感じない廃港だった。規模はそこそこ大きく、取り残された船舶も数隻ある。貿易のための巨大な輸送船や、コンテナを運び出すためのクレーンまであったが、どれも風化が進んでいてメッキは剥げ、錆ついた鉄が剥き出しになっていた。そのため市街地とはまた異なった雰囲気で、茶色や黄土色を基調としていて、いかにも荒廃した土地、といった具合だった。
「後一〇分で向かえの船が来るから、それまで待機」
私達は、歩いて港の中央部まで行った。すると、
「止まれ」
陽宗が突然腕を挙げて私の歩みを制止した。
「スナイパーだ。待ち伏せされた。相図するから十時の方向に走って逃げろ。あの建物なら狙撃の死角になる」
開けた港は、待ち伏せに絶好の場所だったらしい。私達の入国ルートがばれてしまった。
「三、二、一、ゴー」
静かに言って私を突き放つと、陽宗は抱えていたアサルトライフルを持ち上げて右前方の鉄塔目掛け放ち始めた。私は激しい銃声を背に、ただ走って逃げるのみ。建物の中に身を潜め、私もハンドガンを取り出した。護身用にと持たされたものだが――まあ、使うことは万に一つもないだろう。
運良く、建物の中には人がおらず、安全を確認した私は、外の陽宗の様子を確認した。
いつの間にかスナイパーを返り討ちにしたのか、彼は堂々と広場に仁王立ちしていた。百メートルは離れているだろう距離に居る狙撃兵からの攻撃を回避しつつ、スナイパーを返り討ちにする。それは最早神業と呼ぶに相応しい所業である。だが周りには、銃を持った兵隊が取り囲んでいる。
「一五、一六、一七人ってところか」
一人の兵がアサルトライフルを構え、引き金を引こうとしたその瞬間、彼の体は宙を舞った。私の銃が入ったケースを地面に置き去り、身軽になった陽宗は華麗な宙返りで以って兵の頭上を飛び越え、同時に一斉射撃された弾丸を避けつつ、コンテナの陰に入った。ここからだと、陽宗の姿が見える。彼は、角に浴びせられるライフル弾の雨を無視して、銃の準備を整え始めた。アサルトライフルの安全装置を外し、ハンドガンをコッキングする。手榴弾の場所を確認し、軍刀を少しだけ鞘から引き出す。
一斉射撃が一時止み、ほんの一秒もない間、静寂が訪れた。その刹那。陽宗は飛び出した。アサルトライフルを連射して、一番前方に立っていた兵二人を殺す。すかさず相手も反撃に出るが、彼らの弾丸は当たらず、対して陽宗の弾丸は既に三人目、四人目の体に命中している。
「撃て! 撃て!」
「くそっ! すばしっこく動きやがって……うがあっ!」
それは他でもない、彼が狙っていないからである。通常アサルトライフルのような反動の強い武器を使う面制圧を目的とした歩兵は、直立したまま照準をしっかりと合わせて敵を襲撃していく。だが陽宗はその常識を知らない。集団戦ではなく、個人での対人戦に特化した彼の戦闘スタイルは、非常に稀なものである。高速で移動しながら敵の位置を把握し、己の勘を頼りに銃口を向ける。牽制の意味も兼ねて、彼はアサルトライフルをそのように使っていた。彼は私の狙撃を不思議がっていたが、私は彼の撃ち方による命中の方が一向に理解できない。
『軍曹、聞こえるか?』
陽宗の背後を龍の尾のように舞い、彼の素早さを一層感じさせる黒髪に見とれていると、隊長から連絡があった。
「良好です。どうぞ」
『間もなく合流地点に向かう。そちらの状況は?』
彼は、対複数の個人戦に卓越している。狙わないが故に命中する、という原理は、対複数の戦闘において本領が発揮される技なのだ。既に、五人の兵を倒している。別のコンテナの陰に隠れて、陽宗はアサルトライフルを捨てた。
「特に、異常はありません」
私は通信を切り、彼の雄姿を見届けることにした。
手榴弾を放り、敵を牽制しながら煙の退かない戦場に身を乗り出し、ハンドガンで敵を駆逐している。不意を突かれた兵は成す術も無く倒れ込んでいく。それもそのはず、手榴弾で間合いを有耶無耶にした後、陽宗は大幅に敵との距離を詰めたのだ。あそこまで接近すれば、小回りの効かないアサルトライフルと、身軽な陽宗のハンドガンによる銃撃と、どちらが有利かは明白だ。
「なんだこいつ! たった一人なのに!」
狼狽する敵兵に、さらに接近する陽宗。最早、目の前の兵はナイフを取り出している。あの間合いならば、ナイフの方が早いと踏んだのだろう。だが、後出しで負けた。
「じゃあこいつだ」
陽宗は軍刀を抜き、勢いを殺さず理不尽な間合いから敵兵を斬り伏せた。いくら大型と言えど三十センチに満たないダガーと、人体を両断し兼ねない太刀とでは、まともな勝負になり得ない。陽宗は遺体を盾代わりに使いながら、残る四人の兵を難なく斬殺していった。
だが、最後に残った二人の兵はその隙に船着き場のシャッターの陰に隠れてしまった。距離を取られては、刀を持った陽宗の圧倒的不利である。
「チャンスだ! 撃て!」
シャッターを貫通させて、敵兵はライフルを連射した。陽宗の姿が見えないが故に、闇雲に撃っている。
唯一対抗出来るであろうアサルトライフルは先程置いて来てしまった。あのシャッターを貫通出来る武器は、今彼の手元には――
どん
と、鈍くも、乾いた爆発音が響き、銃声が小さくなった。続いて同じ音がもう一発。それで、銃声は完全になくなった。
彼の愛銃であり、特別仕様の銃。元々は対大型の熊用として、狩猟用に使われていた古い銃で、その絶大な威力はコンクリートでさえ破壊する。
回転式のマグナム銃。そこから発射された50口径の弾丸は、穴だらけのシャッターなど最早ないも同然に扱い、奥に居る兵の体を食い荒らした。
静かになり、陽宗が無線で語りかけてきた。
『有弥、生きてるか?』
彼の足元、周囲には十数体の死体が転がっている。陽宗の体は、激しい接近戦のため敵の鮮血をその一身に浴びていた。
「お陰様で。ありがとう」
私は、そんな人殺しに精一杯の労いの言葉を贈る。
『礼には及ばん』
船が到着し、私達は無事、帰国を果たした。
この後も戦ってるだけです。