第一話 「変わったのはアイツだけさ」
「さあ、第四コーナーを回って先頭は一番人気ダイヤオニール。このまま逃げ切ることができるでしょうか! 後続馬との差は約一馬身、ここから襲いかかってくるぞ! 鞍上の七海が後ろを振り返る。ここで一発ムチが入った! 伸びる伸びる! 誰も追いつけない! これは強い、これは強い! 最後は持ったままゴールイン! 勝ったのはダイヤオニール! 鞍上、七海ミズキ! 新人王タイトルに王手をかけました!」
「おい、何見てんだよ!」
七海ミズキはリビングに向かってそう叫んだ。
「いや、お前にもこんな時代があったんやなーと思って」
テレビを見ながら三枝龍之介はDVDプレイヤーのリモコンを片手にそう言い返した。キッチンからミズキの料理を作る音と「うるせえ」という声が聞こえてくる。龍之介は更に続けた。
「それにしても、一人暮らしええなー。俺も出ようかな」
「出ろ出ろ。むさ苦しい男子寮に比べたら、ここは天国だぞ」
「せやけど、休みの日に彼女もおらず、独りってのは寂しいわなー」
「ほっとけ!」
喋りながらも料理を済ましキッチンから出てきたミズキは、出来たばかりの料理を龍之介のテーブルの上に置いた。
「おっ、焼きそばですか。美味そうやな」
「先食っとけよ。俺のは今から作るから」
「おおきに」
龍之介は変わらずテレビを見ながら、焼きそばに手を伸ばした。テレビ画面では初々しい坊主頭のミズキが、勝利ジョッキーインタビューを受けている。
「この頃から5年か。時が経つのは早いもんやねえ」龍之介が呟いた。
「見た目以外、何にも変わりゃしねえよ。俺もお前も」
ミズキがフライパンと髪の毛を振りながら言う。そして少し間を置いて、ぼやくように呟いた。
「変わったのはあいつだけさ」
その言葉を聞き、龍之介は自分の体型を見直して言った。
「違いねえ」
キッチンで焼きそばを炒める音が消え、フライパン片手にミズキが出てくる。そしてうーんと唸りながら、丸い腹を触る龍之介を見て思わず「ちょっ」と笑った。