来訪
貴重な油の灯りが、灯されている。
山頂付近の村では、油や蝋燭の調達が困難な為、日の暮れた後の短い時間だけ灯りを灯し、早々に床に着くことで節約を重ねている。光が必要な作業は、昼のうちに済ませることでやり過ごす。
食事は塩漬けにした肉や魚、干した根菜を少しずつ使い、凍える冬は身を寄せて乗り切るのだ。
そうやって、村の人間は生きてきた。
しかし、命が危うい者の前では話が別なのだろう。
伏せった娘を案じる母親は、油の減りを厭わず灯りを灯し、懸命に幼い娘を励ましているようだった。
「こんばんは、旅の者です。この人に、村に病人がいると聞いたので」
トムがマノリアの家の扉を叩き、そう告げる。
『申し訳ないけど、俺は旅人だってことにしてね』
村に到着する前に、トムはそうダニーに言った。
なぜそんな嘘をつくのかと問えば、『なんとなく、その方が良いから』と濁されてしまった。
多分、山に住んでいることを知られたくないのだろうと、ダニーは推察する。
何かと知恵を持ち、魔術を心得た人間が村の上の山に住んでいると知れれば、頼みごとが殺到して困るのだろう。
「旅の人って…お医者様なのかい?」
見知らぬ人間が現れ、戸惑うマノリアに、ダニーは言った。
「マノリアさん、街に行こうと思って村を出たら、偶然この人に出会ったんだ。娘さんの症状を言ったら、見せて欲しいって」
「熱が引かず、手足にただれがあるとか」
トムの言葉に、マノリアは頷く。
「そうなのよ…あんたが見て、娘は助かるの?お医者様には見えないけど」
疑いの視線を投げかけるマノリアに、柔らかい物腰で、トムは告げた。
「一応、魔術を心得てます」
途端、マノリアの目が見開かれる。
「もしかして…魔法使いなの?!そんな…」
「しー」
大声を上げそうになったマノリアの唇に、トムが指を当てた。
意味を察してマノリアは黙る。
「お嬢さんを診ましょう。手に負える範囲だと良いのですが」
マントをよろしくと振り向いて、トムはダニーに、雪を吸って重量を増した毛織のマントを預けた。
ダニーはと言えば、紳士的なやり取りをするトムに、多少面食らっている。
いつもはもうちょっと意地が悪いような物言いをするくせに、という呟きは闇に吸われた。