不安
「よう、鍛冶屋んとこのせがれじゃないか。やっと帰ってきたか」
荷馬車に揺られて村に着く頃には、厚雲にくるまれた、それでも明るさを多少なりとも投げかける日が、西の山陰に身を隠すところだった。
雪はトムの山小屋を出たあたりから殆んど止んでしまい、トムのかけた術が聞いているのだとダニーは思った。
「あれ、バーツおじさん。何かあったの」
荷馬車の上から声をかける。
村の入り口付近で声をかけてきたのは、村の中に住む偏屈で有名な男だった。
灰色の無精ひげが顔を覆っていて、いつも眉間に皺を寄せている。
冷えが酷くなる夕刻からは、村人は家に閉じこもり、よっぽどの事が無い限り外出はしないのだが、彼はカンテラを下げ、ダニーを待っていたかのように両手を広げたのだ。
「何かあったも何も。お前が出かけている間に、少々問題が起きてな」
バーツの言葉に、村に視線を送ると、どこの家の明かりも煌々と灯ってはいるが雰囲気は暗い。
「どうしたの、何があったんだよ」
不安を感じて荷馬車から身を乗り出す。
不機嫌そうに、馬が息を吐いた。
「疫病が出たかもしれんのだ」
「疫病?」
「わしらの村よりもっと下った村や、麓の街付近で変な病が流行りだしたのは知っていたんだが…吹き上げる気まぐれな風に乗って、ここまで上ってきたのかもしれん」
「…なんだそれ、詳しく教えて。今シェリーを小屋に入れてくるから、バーツおじさんは家で待っててよ」
「ああ、わかった」
言い放って、偏屈と言われるバーツが、慌しげに自分の家へと戻っていった。
その背中を見送り、ダニーは自分の家に戻る。
何故か苛立ち、なかなか大人しくならないシェリーを宥め、厩に入れる。
干草を与え、首を撫でてやった。
「シェリー、ちょっと出かけてくるよ。いい子にしてるんだぞ」
裏手の厩から、煉瓦作りの自分の家の玄関へと回り、一旦中へ入ってトムからもらった魚を台所に置いた。
バーツの家から話を聞いて帰ってきたときに、部屋が暖まっているよう、小さな暖炉に火を入れる。
「父さん、ちょっとバーツおじさんのとこに行ってくる」
声をかけたのは、自分の父親が使っていた、鍛治道具にだ。
半年ほど前に、持病をこじらせて死んでしまったが、村の中では名匠と呼ばれるほど、良い腕を持った鍛冶屋だった。
ダニーが後を継ぐにはまだ度胸が足りず、未だに鍛冶場の火は入れられることもなく、眠っている。
それでも道具の手入れは欠かさず行っているから、鍛治道具は鋭い鉄色をもって、暖炉の火の灯りを返してきた。
「…大したことがなきゃ良いんだけど」
そう呟いて、ダニーは家の扉をくぐった。