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風の行方  作者: 晴雪
北の魔法使い
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魔法使いの名前

「トムー、魔法使いは皆、本名を教えないんだって?」


「あ、知ってるんだ」


飲み干したカップに薬湯のおかわりを注いでくれるトムに、思い切って聞くと、案外あっさりとした返事がかえってきた。


「…あれ?それって結構機密事項だと思ったのに」


「そんなの、魔法使いの世界では常識だよ」


「へー…」


魔法書の影響の、こめかみの痛みをこらえながら頑張って調べて得た成果も、トムの前では常識呼ばわりされる。

その温度差が、なんだか悔しく思えて、ダニーは食い下がった。


「だってさ、だってさあ、名前公開してる魔法使い、歴代いっぱいいるじゃん」


「…うん、そうだね。コール・ガリヴ、マーリィ・ベルファウス、あと、リムリック派の魔法使いも名を公開してるね」


トムの唇から、他にも魔法使いの名前がぽろぽろと零れてくる。

自分の名前を教えないのに、他の魔法使いの名前をバラすのはどうなんだ、とダニーは思う。


「…コール・ガリヴってあれだろ、嵐を逆流させて、竜を倒したっていう魔法使いだろ。マーリィは死んだ恋人を蘇らせたっていう。リムリックは時から外れた賢者だ」


「ダニー、よく知ってるねぇ」


「全員おとぎ話の主人公じゃんか」


子供のころに暖炉の前で聞いた、不思議な魔法使いのおとぎ話の数々。

竜を倒したり、死者を生き返らせたりと、なかなかにダイナミックな活躍ぶりだったが、現在に実在している魔法使いは、それよりももっと地味だから少し悲しい。


「んー、おとぎ話にはなっているけど…でも皆、実在の人物だよ?」


「そうなんだー…って、違うってば。魔法使いでも名前を公開しているヤツがいっぱいいるのに、なんでトムは本名教えないとか言うのってゆー話!」


話題を逸らそうとしているトムの様子に気がついたダニーは、慌てて本題に戻す。


「そこんとこ、どうなの?」


しつこく聞いてくるダニーに、トムは眉毛を下げた。


「もう…説明して欲しいの?」


「うん、納得いかねーんだもん」


しょうがないなあと呟いて、トムは洋紙を一枚、テーブルの上に置いた。

鷲の羽根のペンで、さらさらと図を書いていく。

青錆色のインクがにじんで綺麗だ。


「魔法使いって、どういう風にすればなれると思う?」


「え…、魔法使いの子供は魔法使いだろ?そういう子供が、魔術学校に行くんだ」


きょとんとしたダニーの返事に、トムは苦笑する。


「魔術を得るには、生まれ持った才能もそうだし、血統もそうだけど…一番の決め手はどこの流派で勉強するかなんだ」


「ん?流派?」


「流派が沢山あってね。特色もランクもそれぞれあるんだ。どこで勉強したかによって、将来が決まる。

中でも、リムリック派は先読みの魔術が得意で、王宮付きの魔法使いの斡旋に力を入れてるし、ガリヴ派は農耕に役立つような…自然環境に働きかける魔術が主流なんだ。

そういう風に、自分にあった流派の魔術学校を選んで、難関の入学試験を越えて、その中の一握りが、師となる魔術師の元で修行するんだよ」


「へえー…それじゃあ、トムも?」


「まあ、そうなるかな。…で、何年も修行して…師の許しが出たら、魔法使いとして自立できる」


いわゆる就職活動だね、とトムが図解に表していく。


「自立する前に、師から名前をもらう。その流派のルールに従った、魔法使いとしての名前だよ」


「へー」


「その後は師に与えられた名前で活動していくんだ。

ランクが高い学校を卒業した者は、それなりに箔のある、強い名前を得ることが出来る。

だから、本名を使わなくても全然困らないんだ。尤も、本名は学校に属した時点で無い物にされるしね」


トムの言葉に、ダニーは目を丸くさせる。


「え、じゃあ学校に入ったらどうやって呼び合うんだよ」


「生徒としての名前を別にもらうんだ。流派の名前を入れた、準・魔法使い名」


例えばダン・リムリックとかね、とトムはダニーの名前と、流派の名をアレンジし、例えに出して説明する。


「魔術師の中では、本名は杖と同じで命と等しい。相手の本名を知ったら、相手を手に入れたも同じだから」


「え、あ?…ちょ、ちょっとまった、手に入れたも同じって?」


「…うん、実際そうだから。」


トムは神妙に、ダニーの瞳を見据える。


「自分を表す、一番の言葉は名前でしょ。で、それが本名なら、なおさら。名前が魂の本質を表すんだ」


「…ん?うーん…?」


「魔法使いに本名を知られたら、もうその人は魔法使いの思うがままだよ。呪詛をかけるのだって、祝福を授けるのだって、名前がわかれば簡単だから」


トムの言葉に、ダニーは「げ」と顔を歪ませる。

その表情を見て、トムの表情がふわりと笑った。


「だから魔法使いは決して本名を相手に悟らせないんだ。自ら進んで弱点を晒すような真似はしない。

魔法使いとしての後から作られた名前であれば、幾らでも防御が効くから、そこは公開しても問題ない。

…だから、世に知られている魔法使いの名前は、本名じゃないんだよ」


「そっか…あ、だからなの?」


自分の名前を晒さないばかりじゃなくて、俺の名前を聞かないのは、そういうことなの?とダニーは聞く。

きっと、"本名を知られたから呪詛をかけられるのでは"という、警戒心を抱かせない為のトムの配慮なのだ。


「うん。その仕組みを知っている人間は少ないけれどね、力がある魔法使いに、名前を知られるのを嫌う人物もいるのは間違いないよ。

だから俺はダニーの本名は聞かないし、知らなくていい。魔術を越えたところで仲良く出来るのが、一番嬉しいから」


その言葉を聞いて、ダニーは嬉しくなった。

自分の知らないところで気を回してくれていたという事は、トムも自分と仲良くなりたがっていたという事だ。

友情を寄せる想いが一方通行では無かったことが、これほどまでに嬉しくて、頬が緩んでしまう。


そんなダニーの笑顔を覗き込んで、トムは言った。


「ね、だから本名なんて知らなくていいでしょ?」


「うん。わかった。もう聞かない…けど、それだったら魔法使い名を教えてくれてもいいんじゃないか?」


魔法使い名だったら、いいんでしょ?というダニーの質問に、トムは舌をちろりと出して茶化した。


「それも秘密にしとく。だって、トムって読んでもらえるだけで充分だもの、俺」


「なんだよソレ自分だけ満足してんじゃんー!」


「まあまあ」


穏やかな笑い声が、雪景色の中の山小屋に溢れる。

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