第五話 とある少女の日常
忙しい朝の一幕
目覚めると時計は八時半を過ぎていた。
またやってしまった、琴子はピョンと跳ね起き急いで着替えようとするが
どうしてかこういう時に限って手間取ってしまう。
「リッリボンがぁー・・・」
ヘニャッと不格好なリボンを直したい気持ちはやまやまだが
このままでは遅刻大決定なので仕方がなくそのまま出かけることにした。
家から走っていけば十五分で学校にたどりつく、今日はいつもより余裕であろう。
そんなことを思って走っていたら目の前に見知った老人がいた。
「あっ、廣田のおじいちゃん。おはよっ!!」
「おぉ、琴ちゃん。朝から元気だねぇ。」
近所に住んでいる老人で一人暮らしをしており
琴子は顔見知りでよく家に遊びに行かせてもらっている。
「最近見てなかったけど風邪でもひいてたの?」
「いやいや、わしは健康そのものじゃ。ちょっと息子たちの顔を見に行ってたのさ。」
「あっーたしか永田町に住んでるんだよね。息子さん家族元気にしてた?」
「息子も嫁も孫たちも元気だったよ。それよりも琴ちゃん学校行く途中じゃなかったのかい。」
「あっー!!そうだった、またねおじいちゃんっ。」
ただの近所の仲の良い老人だと思い込んでいる琴子は手を振り学校への道を急いだ。
その老人がかつて日本の改革を行った総理大臣として名高く今でも政府に影響がある
人物だとは知らずに・・・・・
立ち話をしてしまったせいで時間がない、授業開始まで残り十分だ。急がなくては。
グゥ~
「おなかへったよ・・・。」
いつものことだが朝はご飯を食べる時間ももったいないため朝食抜きで学校へ向かう。
だがそんな彼女の前に女神が現れる。
「あら、琴ちゃん。おはよう、今日はサンドイッチにしてみたの。」
ここを通っているうちに知り合った通学路の途中にある大きな家の奥様である苑子から
新鮮な野菜にハム、卵がふんだんに使われたサンドイッチを受け取った。
「んーおいひい。やっぱり苑子さんの料理は最高。」
「琴ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ。音無、紅茶を。」
苑子の隣に控えていた執事・音無がいつの間に淹れたのだろうか
香りのよい紅茶を琴子に差し出した。
「音無さんもありがとう。」
ここの家の庭で朝食を摂るのがすっかりお決まりになってしまった琴子はこの時ばかりは
時間のことも頭の片隅においやってしまう。
なのだが、
「鷹野様、そろそろお出になりませんとお時間の方が。」
音無の言葉に現実に引き戻されて腕時計に目をやると
授業開始まで残り五分となってしまっていた。
「わっ!じゃっ行くね。ごちそうさまでしたっ!!」
「明日も待っているわ。」
お礼を言いお屋敷を後にすると猛ダッシュした。
「美味しい朝ごはんが食べれるのはいいんだけど、もっとゆっくり食べたいよ。」
毎度毎度のことながらもっと早く起きればいいだけのことだがそれが出来ないのだから苦労している。
そこの角を曲がれば校門というところでまたしても知人に出会ってしまった。
しかも泣いているものだからほっとくことができなかった琴子は声をかけた。
「樹くんどうしたの?怪我しちゃったの?」
琴子が声をかけた少年、樹は目を真っ赤にして泣いていた。
「琴姉ちゃん。あのねお母さんがせっかく買ってくれたハンカチが・・・」
樹の小さな手にあったのは元は白かったであろう黒く汚れてしまった布であった。
「大丈夫だよ、樹くん。あそこの公園の水道で洗おう。」
彼の手を取り公園まで歩いていき一生懸命にハンカチを洗う。
しばらくするとようやく元の色がはっきり分かってきて、
みると端に『ITSUKI』と刺繍が施されてあった。
「ほらっ見て!きれいになったよ。だから泣かないで。」
洗ってきれいになったハンカチで早速樹の涙を拭く。
「ありがとう。琴姉ちゃん大好き。」
元気よく走っていった樹を見送り自身も学校へ行く途中だということに気付く。
「あっーー!!時間っ。」
残り一分を切っていた。
急いで角を曲がり校門を駆け抜けて三階の教室へ向かう長い階段を上る。
キーーンコーーン カーーンコーーン
本鈴が鳴ると同時に扉を開けた。
「琴子、いつも通りだな。」
「あんにょんはせよ。」
「おはよう、琴子。」
これが朝の琴子の日常であった。