*バカはバカ
結局、なんの説明もなく帰されたライカは車の中で依頼の件をどうしようかと思案していた。
「やっぱキャンセルするか」
スマートフォンを見つめて唸る。キーパッドに触れる直前で止まり、外を眺めてキーパッドを見下ろすを何度か繰り返した。
「……明日でいいかな」
誤魔化すように一人で苦笑いを浮かべポケットに仕舞う。ライカは、どんな理由をつけてキャンセルすればいいのか解らず先延ばしにした。
そもそも、嘘を吐いてベリルを捕まえさせようとした相手が悪いんだと腹立たしげにハンドルを握る。
それをそのまま話せば事足りるというのに、そこまでは頭が回らなかった。
──次の日、さすがに伸ばしすぎても問題だろうと、ライカは仕方なく電話をかけることにした。
「あれ? 出ないぞ」
いくら待てども着メロが鳴りやまず、留守電に伝えておこうとも考えたがこちらの怒りも伝えておきたくて何度もかけ直す。
「あ、やっと通じた。おい──」
<ライカか>
聞こえた声にギョッとする。
「ベリル!? なんであんたがいるんだよ」
<キャンセルは必要無い>
「……なんで?」
嫌な予感に生唾をごくりと呑み込んだ。
<FBIに連行される処だ>
「マジで!?」
いや待て、なんでFBIが出てくるんだ!?
<彼らは州をまたいでの麻薬密売組織だったようでね。殺人も何件か犯している>
「どうやって突き止めたんだよ」
基本的に連邦捜査局(FBI)は、州をまたいだ犯罪に動く警察機関だから捕まったんだろうというのは解った。けれど、ベリルはどうやってそれを知ったんだ。
<襟の裏に発信器を仕掛けた>
「えっ!?」
あの時に捕まえた奴に発信器を取り付けていたのかと唖然とする。それで何もしないで逃がしたのか。
ベリルは取り付けた発信器の信号を衛星を持つ(こっそり借りている)会社に辿らせ、そこから組織を調べあげて仲間を集め攻撃を仕掛けた。
<そういう事だ>
「お、おう」
鮮やかなベリルの行動に二の句が継げず、通話の切られたスマートフォンを手に呆然とした。
──それから数日後、ライカは次の依頼を受けるべく連絡のあった場所に訪れる。そこは、町外れの寂れたカフェといった具合の店構えだ。
他の町から来る車をターゲットとしたカフェレストランなのだろう。
「この男を捕まえて欲しいの」
すらりとした美女から渡された写真にライカは眉を寄せる。依頼主が女性のしかも美女だと知って心浮かれたライカだが、写真を見た途端に複雑な気分になった。
「理由を聞かせてくれないか」
その女性はライカの問いかけに見上げた目を潤ませる。腰までの緩くカールされた栗毛と、艶を帯びたグレーの瞳がライカを誘うように揺らめていた。
「この男は私の恋人に酷いことをしたんです」
「ベリルが?」
つい口にした言葉に女性は顔を上げる。
「知っているのですか?」
「いや、まあ。そんなに詳しいわけじゃないけど」
「あなたはこの男の裏の顔を知らないんです。自分に刃向かう相手には容赦なく攻撃する男です。私の恋人も少し反発しただけで──っ」
言葉を詰まらせて手で顔を覆う。
「そんな風には見えなかったけど」
ライカがぼそりと応えると、女は涙を拭い目を吊り上げた。
「あなたは騙されているんです。レンドルはまだこの男に痛めつけられた傷が癒えず、時々痛みで苦しんでいるんですよ」
再び顔を伏せて涙を流す。その涙が嘘とは思えず、ライカはどうしたもんかと頭を抱えた。
──さらに数日後
「またお前か」
「ごめん」
ばつの悪そうにしているライカにベリルは呆れて腕を組んだ。