*破られる事の無い約束
「奴が三十七だったか」
ライカはそれに十七年前かと考えを巡らせる。
「じゃあ、あんたが子どもの時に会ったんだな」
「あの時は三十だったと記憶している」
「は?」
「三十だ」
しれっと応えるベリルをしばらく見つめ、聞き間違ったのかと薄く笑った。
「冗談だろ?」
「本気だ」
「じゃあ今は五十だっていうのか」
「うむ」
「ふざけんなよ」
これまたしれっと答えたベリルに呆れるやらムカツクやらで眉間にしわを寄せる。
「セシエルは本当に約束を守ったのだな」
「約束?」
ぼそりと発した言葉にいぶかしげに返した。
「私は不死なのだよ」
「はい?」
こいつ、この期に及んでまだそんなことを言うのか。この流れなら信じてもらえるとか思っているならとんでもなく甘いぞ。
「ミッシング・ジェムという言葉は」
「それはタブーの言葉だとオヤジが」
「なるほど、そういう言い方をしていた訳か。意味は知っているか」
「……あんまり」
ベリルは小さく溜息を吐き出した。
「人類の歴史において、あってはならない存在の事だ。私は不死のミッシング・ジェムなのだよ」
「ホントに?」
諦めさせるためとはいえ、いくらなんでも突拍子過ぎて嘘を吐くような内容とも思えない。だからといってすぐに信じられるほどの信憑性もない。
「奴は決して口にしないと約束した。どうせ時間が経てば広まる話だというのに」
つぶやいたその表情は呆れながらも穏やかだった。
「──にしてもだ」
切り替えるように発しライカに向き直る。
「二年もハンターをしていて私の事を知らないというのは珍しい」
「え、あ~」
何も言えなくて誤魔化すように頭をかく。
「そうか、墓まで持って逝ったか」
ささやくように紡がれた言葉にライカは喉を詰まらせた。冷たい印象だったものがにわかに慈愛を帯びていく。
嘘だと思っていたものは全て真実なのだと知らしめるその面差しに、やるせなさを感じた。
「オヤジと仲が良かったんだな」
「さあ、どうだかね。顔を合わせたのは二度ほどだが」
「へ? 二回だけ!?」
たったそれだけでどうして二人はそんなに信じ合える仲になったんだ!? どうしてそんな懐かしむように話せるんだ。
自分の知らないセシエルとの絆がそこにある。俺はどこまでオヤジに信じられていたんだろう。俺は、どこまでオヤジを信じていたんだろう。
どうにもならない苛立ちが心の奥に積み重ねられていく。
「なんだってあんたを捕まえろなんて──」
そんな感情を振り払うように現実に戻す。
「不死の人間がいるのだ、調べたくもなるだろう」
「ああ、そか」
他人事のような口調に少々呆れながらも納得し、こなれた物言いに怪訝な表情を浮かべた。
「ずっと狙われてきたのか?」
「最近ではお前のような新米をその気にさせて寄越してくるようになった」
「俺は確かに一人前になったのはこないだだけど、十五の頃からオヤジとずっと過ごしてきたんだ!」
そこら辺の素人と同じにされたくないと鼻息を荒くした。
「側にいるだけでは知識を得た事にはならんよ。身につける意識が無ければね」
それは、落ち着いて静かだが厳しく言い放たれた。
「──っそんな、ことは」
否定したかった。けれど、それが出来るほどに自分は何かを得てきただろうか。解らない、無理だとオヤジに任せきりだったんじゃないだろうか。覚えようとしたことが少しでもあったんだろうか。
押し黙ったライカを見つめていると、バックポケットの端末が着信を振動で伝えた。
「ベリルだ──そうか。詳細はメールで頼む」
「どうした?」
車に向かうベリルに尋ねる。
「元を叩かんとな」
何かを含んだ言葉にライカは小首をかしげた。